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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十二章『評定』

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182話「『三番』」

「あー、疲れた。俺、責任者評定初めて出ましたけど、あんなバチられるモンなんですか。めっちゃ集中砲火じゃん俺」

「いや、普段はもっと淡々としてるな。そもそもこんな『責任者』集められての評定なんざ、俺も城勤めになって衛兵長に昇進してからも数回だ」

評定の間を出て、ガーネと衛兵長は並んで廊下を歩いていた。

約一週間の遠征から戻った直後、睡眠も休息も食事もままならない状態であの会議に引っ張り出されたガーネは一層疲労が蓄積して深い溜息を漏らしながらネクタイを緩めた。

「…大体、あの女が外交とか。天変地異の前触れじゃないっすか。王城お手振りだって一瞬しか出ないくせに」

「まぁなぁ。でもこの案件も半月くらい前に持ち上がって、一週間前に正式決定したんだよ。その時点で俺らには通達はあったけど、お前は丁度樹海遠征に出た直後だからな。今日の評定はぶっちゃけお前の帰還待ちだったんだぞ」

「へー」

そこまで聞いてガーネは、『だから長くて半月と言ったのを十日以内に戻れと言ったのか』と察した。それにしてもこれから実際の現地確認含め、やることは山積みである。

「とりあえず、また何か相談します。お疲れっす」

「おう」


廊下の途中で衛兵長と別れ、特務室へと向かう。

ドアを開けると、待機を命じたカルセが一人で荷物の整理や片付けをしていた。

「ガーネ様、お疲れ様でございました。お茶入れますわね」

「アレがいい。前にお前が作ってたチョコのやつ」

「ホットチョコレートですか?」

「そうそれ。とにかく甘いのが欲しい」

「ふふ、お待ち下さいまし」

ガーネは自席に腰を下ろすと、深く盛大な溜息を漏らした。

会議資料を雑に机に放り、カルセの後ろ姿を見つめて声を掛けた。

「スメイラとアメジは向かったのか」

「はい、30分程前に」

「続報や応援要請は」

「今のところございませんわ」

「カルセ、お前『三番』は行ったのか」

そこで湯気の立つカップを持ったカルセが振り返り、小さく首を傾げた。

「…『三番』?」

ガーネは珍しく肩を揺らして吹き出して笑った。

「ふはっ、…いや、風呂。お前はもう行けたのか」

「?いいえ、まだですわ」

「そうか、なら行って来い。お前が戻ったら、樹海の報告に陛下の所に行く」

カルセはガーネの机にホットチョコレートの入ったカップを置き、頭を下げた。

「お言葉に甘えて、お湯いただいて参りますわ」

カルセが離席し、ガーネはツボに入った『三番』でしばらく小さく笑いながら報告書の作成に取り掛かった。


ある程度報告書がまとまったところで、一息ついたガーネはカルセの淹れたホットチョコレートの残りを飲み干した。

ふう、と小さく息を漏らし、先程の資料に手を伸ばしぱらっと中を捲る。

事前視察の調整が必要だなと壁にかかったカレンダーを確認する。出立は一ヶ月後、それまでの間にルートの調整、現地視察、避難誘導経路の確認などやることは山積みである。

やるからには、任されたからには、半端な仕事は出来ない。無論どの仕事もどの案件も手を抜いたことは一度もないが、今回は比にならない。

ガーネはうっすら胃が痛むような感覚を覚えながら、小さく息を吐いた。


「戻りました、ガーネ様ありがとうございます」

「おう、ゆっくり出来たか」

「ゆっくりはしてはいませんが、さっぱりはしました」

「そうか、じゃあまた部屋頼む。なにかあれば陛下の部屋にいる。全員戻ったら『待機』で、待機中はスメイラに判断させてくれ」

緩めていたネクタイを締め直し、まとめ終わったばかりの報告書を束にして手にするとガーネはカルセに留守番を託し特務室を後にし女王の執務室へと向かった。



*****



「失礼いたします、今お時間よろしいでしょうか」

「待っておった」

ガーネが女王の執務室に入ると、女王はすでに『いつもの』ソファに腰を下ろして座っていた。

ご丁寧に、ソファ前のローテーブルには二人分の紅茶と茶菓子のクッキーが用意されている。

ガーネは小さく鼻で笑いながら、敢えて立ったまま会釈をして報告書を手にした。

「お時間を頂戴いたしましたこと、恐縮に存じます。これより此度の遠征、ティエフ大樹海での一件につきまして、ご報告申し上げます」

「ま、待てガーネ」

「いかがなさいましたか陛下」

「何故また『そう』なのじゃ、座らぬのか」

「ご命令とあらば」

「……命令じゃ」

あんなに機嫌が良さそうだったディアマントの顔がほんの僅かに曇った。

ガーネは『命令』通り、ティーカップの用意されたディアマントの正面席に座ると、我慢出来ずに小さく肩を揺らした。

「……何を笑っておる」

怪訝そうにガーネを見つめたディアマントが組んでいた足を直して膝に手を揃えた。

「…ふ、いえ。可愛いなと。そんなに俺が戻るの待ち遠しかったんですか、どっかの犬の付けた歯型とどっかの男が寄越した髪飾り…これ見よがしに見せつけて」

ガーネは報告書を机に置いて差し出し、いつもの無遠慮な態度でテーブルに置かれたシュガーポットから角砂糖を3つ紅茶に落としてティースプーンでかき混ぜた。

「お前、性格が悪いと言われぬか」

「はい、非常によく言われますね。飼い主の躾の賜物かと」

「妾はそこまで躾けておらぬ」

ディアマントは報告書を手にし、改めて足を組み直してガーネが先程まとめたばかりの報告書を一枚ずつ丁寧に目で文字を追っていった。

ガーネはその様子を見つめながら、用意されていたクッキーを一枚頬張る。

「…お前、先程の菓子はやはり好きではなかったのか。手をつけておらんかったな」

「嫌いです。ナッツなんてただの種ですよ。今度からアレやめさせてください」

「ふ、子供よのう。…で、アミュはなにか言っておったか」

「あー、俺の匂い嗅いで『どうしてガーネからディアマントの匂いがするの』とご立腹でしたよ。俺の魂が欲しいと、随分駄々を捏ねられましたね」

報告書から目を上げたディアマントは、目を細めてガーネの顔を見つめた。

「…あの小娘。お前、なんと返した?」

「どっちが小娘だ。…そんなの、男の俺の口から言わせるもんじゃないですよ。ま、口喧嘩では俺の勝ちです。ただし…アミュには手札は全て開示させられましたけど。伊達に魔女じゃないですわあの女」

「ふん、そうか。まあ、お前に弁で勝つのはなかなか骨が折れるわ」

「陛下も俺に一回、言い負かされてますしね」

ガーネは言い負かした際の渦中の『木彫りの熊』が置かれた棚を顎でしゃくりながら勝ち誇った顔で笑った。

程よく冷めた紅茶のカップを持ち上げ、ゆっくりと数口喉に流し込む。小さく喉仏が上下し、ふうと小さく息を漏らしてソーサーに置き戻した。

「────…んで?なんですかあの出来レース会議は」

「そのままお前を護衛に組み込むと、『ああいうの』が沸くだろう。それにガーネよ、お前があの場で力量を見せつけ近衛長を論破出来なかった場合や、お前がそもそも大人しく引き下がった場合は特務もお前も『留守番』の予定じゃった。いずれにせよ、王都の守護の問題もある故な」


『留守番』と告げたディアマントの目に嘘の色は無く、あの場でガーネが押し負けたか主張しなかった場合はまた取り残されていたのかと、評定冒頭で蓋が開きかかったなにかを思い出しかける。ガーネはそれを誤魔化すように再度紅茶を一口飲み、ディアマントに視線を向けた。

ほんの一瞬、僅かに手が震えた。

それに気が付くと、手をぎゅっと力一杯握り締めて押し留めた。

「…なんじゃ、手を怪我でもしおったか」

「いえ」

「お前はすぐに怪我を隠す。見せよ」

「してねーよ怪我なんか」

不審そうな目でディアマントが立ち上がると、そのままガーネの右隣に移動して腰を下ろした。有無を言わさずガーネの手を取ると、無理矢理握った指を開かせようと華奢で小さな手がガーネの右手を掴んだ。

「…ちっせー手」

「は?」

「いえなんでも」

諦めたように握った手を開くと、ディアマントはその手に傷が無いか確認するように目を凝らした。

ディアマントが思っていたよりもずっと大きく、骨ばった『男の手』だった。掌や指の付け根にいくつか硬いタコができており、武器など握らないディアマントは思わずといった様子でそのタコを細く柔らかい指先でなぞった。

「これは、怪我か」

「あー、ガンタコか警棒タコじゃないですかね。そっち利き手なんで。怪我じゃないです」

「反対は、怪我はしておらぬか」

「してねーよ」

「見せよ!」

ガーネは少し面倒そうに左手を差し出すと、塞がったとは言えまだ真新しい親指と人差し指の間の切り傷を見つけてまるで鬼の首を取ったかのようにガーネを睨みつけた。

「怪我をしておる!また妾に報告しなかったな!」

「これは怪我じゃないです」

「ならなんじゃ!」

「えーと、……き、切り傷」

「…いつの怪我じゃ」

「いつだったかな、……あ、あれです。禁書庫こじ開けたときにあそこの魔法陣無理矢理書き換えたんで、その時に血が必要だったんで使いました。あとその翌日に盟約術使ったんで、再利用しましたね。そん時のです」

「…そうか」

禁書庫、と聞いてディアマントはそれ以上傷に関しては言わなかった。

なかなかどうしてこうしおらしくなったのか、とガーネは少しだけ伏せたディアマントの目を見つめ、右手を伸ばして首元にかかる髪を掬って髪飾りに触れた。

「これ、似合いますね。どこの男にもらったんですか」

「…妾自ら首輪を掛けた、妾の犬じゃ」

「へー。犬の躾、ちゃんと出来てますか。ディアマント様」

「……最近少しばかり甘やかし過ぎたようじゃな」

ディアマントの小さな頭を支えるように右手を添えたまま、ガーネは顔を寄せて唇を軽く重ねた。数秒触れ合うように唇の柔らかさを堪能してからゆっくりと顔を離し、至近距離で金色の透き通るような瞳を見つめて口元に笑みを浮かべた。

「ちゃんと十日以内に帰って来たのに、褒めてくれないんですか」

「…褒めてほしいのか」

「当たり前だろ」

ガーネはそれだけ言うと、再度唇を奪うように重ねてから座り直した。

「…はー、さてと。どっかの引きこもり女王様が珍しく外出するなんて言うから、まぁた忙しくなるな。下見に配置確認に指示書の作成と?頼むから均衡が出たら大人しくしててくれよ」

「妾を守るのがお前の仕事じゃ、番犬」

「はいはい、俺の可愛い女王陛下」

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