180話「論破」
「近衛長」
ガーネの低く通る声が、評定の間に響いた。
「なんだ、統裁官」
「貴殿の言い分、理解した。その上で問うが、均衡が外遊先で仕掛けてきた場合の対処についてはいかがするつもりでしょうか」
「その際は、近衛で指揮を執る。魔導師・巫術官と連携を取り、必要であれば衛兵長にも協力を要請し連携を取る」
「特務に関しては、どうお考えですか」
「先も伝えた通り、王都の守護をすべきだ。均衡が『来るかもわからない』のに人員を増やすと現場の統制が混乱しかねない。もしも…どうしても随伴したいと仰せであれば、万が一の際に特務は遊撃を」
「貴殿の意見、私ももっともだと思う」
そう返しながら、ガーネは手にした資料を捲ってどこかあしらうような物言いで返答を返したが、肝心の近衛長はそれでガーネを言い伏せたとどこか得意げに女王を見た。
しかし、女王は相変わらず笑みを浮かべたまま腕を組んで目を伏せ、ただ会話に耳を傾けていた。
何も言い返さないガーネに近衛長は視線を向け直し、どこか勝ちを確信したように小さく鼻を鳴らした。
「────…成程。私は貴殿にもう一つ問うておきたい。その『連携』を取る時点で…初動が遅れる懸念は」
ほんの少しの沈黙を破るように、ガーネが口を開いて近衛長に問いかけた。
「…まずは、陛下の身の安全確保を第一に」
「……ハッ」
堪らず漏れたガーネの笑い声に、魔導師・巫術官両名は今後の展開を想像して視線を正面へと向け直した。
「………なにが、おかしい?」
「いや、失敬。勘違いしているようだが、俺は第一前提として均衡が『攻めてきた場合にどう連携を取るか』の話がしたいんじゃない。近衛長の言う『王都』の守りも当然だ、だが均衡は『王都ごとき』に興味関心を持っていない。狙うのは間違いなく『陛下』だ」
わざとらしく整えていたガーネの口調が、完全に切り替わった。
完全に言葉で潰しにかかったのを見て、正面の衛兵長はまるで一種のショーでも見るように笑みを浮かべながらグラスの茶を飲んで背凭れに寄りかかった。
「何故断言できる」
「俺が均衡教徒なら、陛下を殺すなら間違いなくこの好機は逃さないからだ。ガチガチに固められた加護結界の利いた王城に引き籠もった女が、何十年か振りに外に出るんだぞ。この機会に殺さずいつ殺す。まして『犬』である俺が傍にいないだと?そんなもん、近衛の飾りを纏って『どうぞ殺してください』と献上するようなモンだろうが」
「な、…貴様」
「ついでにもう一つ。特務はただの異界対策じゃない、それを率いる俺も、ただの異界対策部門・均衡対策担当の長じゃない。忘れたのかどうかは知らんし近衛長の『感情』もどうでもいい。いいか、俺は『統裁官』である前に『王命執行最高責任者』だ。つまるところ、均衡の脅威、対策に関しての指揮系統は俺が優先される。俺の命令が通る。お前がいちいち形式上の『連携』だのを吐かす前に、そこの衛兵長も魔導師長も巫術官長も、勿論お前ら近衛も、『俺の命令』によって各部署を動かすんだ。この意味、わからない程バカじゃないだろ」
女王がゆっくりと目を開き、ガーネと近衛長に視線を向けた。
近衛長は女王の視線が注がれると、わかりやすく姿勢を正してガーネへと向き直った。
「しかし、それでも『均衡が来るとは限らない』だろう!」
「来なかったら来なかったで構わない。そこになんの問題がある。俺は『来る前提で来た場合の対処』の話をしているんだ。この議論で連中の動向予想を話して解決するのか」
「なので、来た場合は近衛と各部署で連携を」
「それじゃ遅ェって言ってんのがわかんねぇのか。お前は来ないかも知れないの楽観で陛下を危険に晒すつもりか」
「なら尚更、近衛が陛下のお傍をお守りするべきで」
「ンなもん当たり前だろうが。誰が守るかだと?そんなの、『同行する全員が陛下の盾』に決まってるだろうが。俺は『誰が守るか』の話しじゃなくて『どう守るか』の話しをしているんだ。……仮に、お前の言う通りの盤面で初動が遅れて陛下の身体に掠り傷ひとつでもついてみろ。俺はお前を殺すぞ」
「……言葉が過ぎるぞ統裁官」
「お前が話しているのはそういうことだ。別に俺は、陛下に随行出来ないことに拗ねているわけでもなければ、随行して近衛の下に付くことに文句を付けているわけじゃない。初動の遅れが全て陛下の危険に繋がる。お前は近衛として、均衡の対策・術者判断・制圧が陛下の護衛をしながら出来るのか」
「…ならば、均衡が現れた際に特務が出動すれば」
「馬鹿か貴様。王都から辺境伯領までどれだけ時間がかかると思ってやがる」
衛兵長が姿勢を直して座り直した。
他の部署長も、小さく息を漏らして視線を女王とヘルソニアへと向けた。
「特務随行のメリットは!」
「おーおー、随分噛みつくねぇ。じゃあ一つずつ潰そうか、まずはウチの魔導師。コイツは一級認定魔導師で女王陛下特別認定者、陛下曰く魔法の扱いは筆頭魔導師に匹敵かそれ以上。次、巫術官。魔障・霊障専門特級指定統括特別医の認定。王命付特務医の役職も兼ねているが霊力の扱いは並の巫術官より長けている、筆頭巫術官のお墨付き。鑑定士はとにかく目が利く、呪物も術式も視ればわかる、結界の穴も視れる、毒も一切効かない耐性持ち。次、俺の側近である聖女は言わずもがなだな、万が一の際は巫術・魔術で対応の出来ない『浄化』が出来る。ついでに言えば、半亜人だから耳が異常に利く。…最後に俺の補佐役だが、これはとにかく頭がいい。分単位での記録だけでなく状況判断とあの異色だらけの特務を使う頭がある、遺物に関しての知識も深い」
「な、ならば!統裁官、君は何が出来る、日頃偉そうに…この場でも御託を並べて。特務の人員が優秀なのは理解した。であれば、特務は私が代わりに引き連れよう。君は王都の警護が妥当だと思わないか」
「それは許可しない、連中は『俺の』部下だ。それに…いい事を聞いてくれた。俺に何が出来るかだと?…『全部』だ」
「……は?」
「いや、全部はさすがに言い過ぎか。聖なる祈りと鑑定はさすがの俺も出来んな。それ以外は全て出来るが?状況判断、術式判定・結界監査・指揮・機動・制圧・霊術・魔法一通り。『全て』だ」
「……だ、だが……いや、本当にそんな、並べ立てるだけならば誰でも出来るだろう!」
「現場での指揮統制、制圧に関しては衛兵が…いや、俺の官職課程時代の教官である衛兵長がよく知っているだろう。霊力の扱いに関しては陛下ご側近のヘルソニア様に直接御指南頂いている。魔法に関しては先日の案件で披露させてもらったが、見たいのならばこの場で適当な精霊でも捕まえて使役して見せてやっても構わないが?」
ガーネは最後に近衛長に向き直り、さも傲慢な態度で笑みを浮かべてトドメの言葉を吐き捨てた。
「そも、俺は女王御自らが首輪を付けた『女王の犬』だ。俺が行かなくて、一体誰が行く」




