179話「出来レース」
ヘルソニアが改めて全体に視線を向け、薄く笑みを浮かべた。
本題を切り出すため、涼やかな声で口を開き近衛長へと目を向ける。
「では改めて。陛下及び周辺警護について意見を聞こう。…近衛長から」
「は」
指名された近衛長が短く返事をして起立すると、小さく咳払いをしてから姿勢を正した。
「女王陛下の身辺警護は、本来近衛の任にございます。式典会場における主護衛も近衛が担うべきです。指揮系統は明確であるべきで、複数部署が主導権を持つのは混乱を招きます」
「ふむ、…では次、衛兵長。意見を」
ヘルソニアの視線が近衛長から衛兵長へと移ると、衛兵長が立ち上がり入れ替わるように近衛長は着席した。
「…外周と道中の警備に関しては、衛兵の領分。近衛だけでは不足ではないでしょうか。道中警備、街道封鎖、通過地点の整理は衛兵が担うのが妥当。群衆整理や野次馬対応は近衛より衛兵の方が慣れている。式典会場周辺の外周警備も衛兵が主になるべきだ。現場の実働としては、道中と会場で警備の性質が変わる。陛下の直近護衛は近衛でよいが、それだけでは全体警備は回らない…と、俺は考えております。いずれにしても、近衛だけでどうこうするべきではない。衛兵も、魔導師も巫術官も…どの部署も必要で、その為の連携が必要です」
衛兵長はそこまで言うと、ちらりとガーネを一瞥してから静かに着席した。
「よし。次、魔導師長」
「魔導師の立場から申し上げますと、式場や宿泊先の事前魔導検査が必要とお伝えをいたします。呪具・仕込み術式・魔力残滓の確認をすべきです。会場内外に簡易結界や警戒術式を敷く必要もございます。群衆や来賓の中に魔導的脅威が紛れる可能性も想定すべきでしょう。最終的には会場の構造と導線を見て判断したい所存にございますが…巫術官との連携は必須でしょう」
「そうか。…では、巫術官長」
「概ね、魔導師長と同意見です。我々としては霊的・呪詛的・異界的な危険への対策についての進言を。不浄・呪詛・穢れの持ち込みに備える必要。女王陛下が外に出る以上、地脈や土地の相の確認は不可欠。会場だけでなく道中の中継地にも、霊的確認が必要であり…術式・呪物・媒介物の持ち込み警戒も必要だ」
「女官長」
「はい、私といたしましては、陛下のご公務としての見栄えと身支度を乱さず…安全確保は勿論でございますが、人前に立つ場で過剰な警備は見栄えを損ないますわ。ただし、見栄えを優先して危険を増やさないでいただきたいですが…至近距離に入る人員は最低限に。お召し替えやご移動の度必要以上に過剰にぞろぞろされては、陛下の格が損なわれますもの」
輸送・厩舎責任者は「移動手段について」、宮廷医師長は「陛下及び随行者の隊長不良の対応に関して」、政務官長は「この外遊は政治的に失敗が出来ない、警備は万全であるべきだが外向きは整然として見えなければならない」、文官長は「決まったことを実務として回せる形にして欲しい。各部署の責任範囲を明文化すべき」。
どの部署の長も、言っていることは全て正論であった。
ガーネはそれを黙って聞き、三口目の茶を口に含んで飲み込んだ。
「各部署の意見はわかった。では最後、ガーネ。異界対策統裁官、意見を」
「はい」
この順でヘルソニアに話を振られ、ガーネはようやく何をさせたいのかを察した。
身辺警護『だけ』に限って言えば、近衛長の言う通り近衛が担うのが筋である。周囲からのガーネに対しての印象や『寵愛人事』の評価が未だあることも理解はしているつもりである。その上で、女王とヘルソニアはガーネをこの外交の警備体制に特務、ひいてはガーネを組み込むに当たって『論破しろ』という含みであろう。
ガーネはそこまで理解すると、小さく息を漏らして起立した。
「率直に。『均衡が来る前提』で動くべきかと存じます。…先程も申し上げた通り、陛下は何かと理由を付けて外に出ない、私の記憶している範囲でも外交は80年振りでしょうか。その陛下が王都の外へ出る時点で、均衡が仕掛けて来ない方が不自然です。その事実が、脅威を呼ぶかと」
「…失礼、よろしいか」
近衛長が再度挙手をして、ガーネの話しを割った。
「統裁官、良いか」
「はい」
形上ヘルソニアがガーネへ確認を取り、拒む理由も無いためガーネは了承する。
近衛長は先程と同じように値踏みするような視線をガーネに向けてから口を開いた。
「統裁官の言う、『均衡が来る前提』…そうだな。君の言う通り、『その可能性』も視野に入れるべきだ。であれば尚の事、指揮系統は明確に。近衛が護衛、有事の際は衛兵・魔導師・巫術官で連携を。特務こそ、王都で留守を守り守護すべきでは?王都を空ける以上、王都側にも異界対策戦力を残すべきかと」
ガーネは近衛長の言い分を聞き、頭の奥が妙に冷えていくのを感じて視線を周囲に投げた。
女王は目を伏せて腕を組み口元に笑みを浮かべ、ヘルソニアはいつも通りの感情の読めない薄い笑み。
他部署の長はことの成り行きを見守るように真顔でガーネと近衛長に視線を向けており、衛兵長に至っては物言いたげに半笑いであった。
わずか2秒程ではあるが返答を返さないガーネに畳み掛けるように、近衛長はさらに口を開いた。
「陛下の傍に置く者は、実践能力だけでなく礼法・護衛儀礼・近習作法も要する。君は陛下に対し態度がよろしくない。そういった意味合いでも、『特務』としての外交に当たっての警備体制への『意見』は私も積極的にご教示願いたい、が…随伴は話しが変わる」
要するに、『特務、特に統裁官は女王の護衛中核に入るな』ということを言いたいことは先程からガーネも理解はしていた。
なので黙って意見を聞いていたが、どうにも『特務が』気に入らないというよりは『ガーネが』気に入らないというように聞こえて仕方がない。
────なるほど。『出来レース』か。




