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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十二章『評定』

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178話「第一回王城責任者評定」

胸元にしまった懐中時計を見て、指定された時間よりはやや早いことを確認する。

ほんの少しだけ遠回りをして歩きながら、無駄に髪を掻き乱して完全に乾ききっていない髪を無理矢理自然乾燥を試みる。幸いにも、遠回りとは言いつつショートカットをするように突っ切った中庭で吹いた風が髪を撫で、ある程度は乾いたように感じた。

ガーネは近くのガラスに反射した自分の顔を眺め、手ぐしで髪を整えた。

あまり眠っていないのと食事も特務のメンバーを優先させたためほぼ食べていないに等しく、空腹感と眠気と疲労に顔が死にそうであった。

招集された会議の内容もわからないが、『責任者』を招集されたのはガーネが王城務めになって初めてのことであった。

ふう、と小さく息を漏らし、顔の疲労の色を誤魔化すように気持ちを切り替えた。実際にそれで誤魔化せているわけではないが、気休めである。

ガーネは改めて指定された『評定の間』へと足を進めた。


「統裁官、お待ちしておりました。皆様お揃いです」

「そうか」

入口に控えた近衛が扉を開く。一歩中に進むと、一気に視線が注がれた。

自分が最後か、と多少のやり辛さを覚えつつ一礼すると、進行役らしく奥の席に座るヘルソニアがいつものように薄く笑みを浮かべて空席を指差した。

「帰還直後の招集済まないな。ガーネ、其方の席はそこだ」

「はい」

指定された席に進み、着席して視線だけ周囲に投げて面子を確認した。

位置的に斜め前にヘルソニア、正面には衛兵長。隣にはあまり接点はないが顔だけは良く知っている近衛長が、どこかガーネを値踏みするような目で見つめていた。

その他、魔導師長、巫術官長、侍従長、女官長、輸送・厩舎責任者、宮廷医師長、政務官長、文官長が同席していた。


────やりづら…

ガーネは目の前に事前に用意された茶菓子であるナッツの砂糖漬けとグラスの茶を睨み、ほんの少しだけ短く息を漏らした。

本当に『責任者』だらけの中で、自分も一応責任者の立場ではあるもののどう見なくても一番若い。次いで若いのが近衛長が恐らく二十代半ばから後半くらいであろうが、十代なのは明らかに自分だけであった。その中でどう考えても上座に指定され、落ち着かない様子で正面の衛兵長に視線を向けるが、呑気に茶菓子をぽりぽりと頬張っていた。

何が一番やり辛いと感じたかと言えば、隣の席の近衛長からやたらと視線を向けていたことである。一番最後に来た一番若いのが一番上の席に通された、という苛立ちなのかもしれないと考えはしたが、さすがにガーネも理由まではわからない。

ガーネはそもそも彼とそんなに接点がない。挨拶程度に二、三会話をしたことはあれど、それ以外に接した記憶が皆無故に、向けられる視線の意味がわからずにほんの少し苛立ちを覚えた。

その感情を押さえるように茶を一口だけ飲むと、グラスを置いたタイミングで扉が開かれた。扉の僅かな隙間から女王の姿を視認すると、反射で席を立ち頭を下げた。一同もガーネの所作で入室したのが女王だと判断すると一斉に起立し女王に向かって礼をした。

侍従が椅子を引き、女王が着席する。ヘルソニアもそれに続くように着席し、静かに声を掛けた。


「着席を。これより、評定(ひょうじょう)を始める」

その声に全員静かに着席し、ヘルソニアと女王へと顔を向けた。

「議題は、陛下の辺境伯領訪問に伴う外出公務と、その警護体制について」


議題を聞いた瞬間、ガーネの頭上に疑問符が浮かんだ。

「どうしたガーネ」

ヘルソニアが先程までと異なり、どこかわざとらしい口調と声色で名指しで声を掛けてきた。

「あの、大変恐縮ですがもう一度議題を」

「陛下の辺境伯領訪問に伴う外出公務と、その警護体制について」


ガーネは思わず首を傾げながら女王に視線を向けた。

数日振りに見た女王の顔はどこか機嫌が良さそうであり、それは恐らくではあるがガーネが『言いつけ通り、約束の期限の十日を待たずに帰還した』からであると想像が出来た。そしてハーフアップに結わえた髪の隙間から覗く首元には、相当薄くはなったが、よく見るとどこぞの男が刻みつけたキスマークと歯型がしっかり残っていた。極め付きは、その横髪をまとめた髪留めである。ものすごく見覚えのある髪留めと顔から、機嫌が良いことは伺い知れた。

ガーネと視線の合ったディアマントは、悠然と足を組みながら口元に笑みを浮かべた。


「なんじゃガーネ。遠慮なく申してみよ」

「確認ですが、外交ですか」

「そうじゃ」

「…どなたが」

「妾じゃ」

「外に?出られるんですか?」

「そうじゃ」

「引きこもりが?『日が悪い』とかわけのわからない理由で外出を拒んで俺に名代をさせたのに?外に出る?」


ガーネは驚きを隠せずに捲し立てるように確認の単語を羅列した。

それを受けてヘルソニアは隠しもせずに肩を揺らして笑い、隣のディアマントへ視線を投げた。

「ふっ、ほら陛下。やはり驚くに決まっているでしょう」

「あれは妾に不敬を働く輩が沸いて出ると予知した故じゃ。それに『統裁官』に任じた直後のお前の『働き』も見ておきたかった」

「………いえ、大変失礼いたしました。続けてください」


一体どういう心境の変化で外に出る気になったのかと不思議でならなかったが、ガーネはその言葉を飲み込んで姿勢を正した。隣からごく小さく舌打ちが聞こえ睨むような視線を感じたが、今のは仕方がないとガーネは聞こえなかったふりをして前に向き直った。


「此度の外出公務は、辺境伯領にて執り行われる国境交易路安定化の共同宣言、および近隣諸領・対外使節に向けた王権の承認表明を目的とする。長年にわたり辺境伯家が維持してきた国境防衛と交易統制は、単なる一領地の功績に留まらず、王国全体の安寧と対外関係の安定に寄与するものである。ゆえに本件は、辺境伯個人への恩賞ではなく、王国の統治と外交姿勢を示す公務として、陛下ご自身の臨席が望ましいと判断した」


ヘルソニアの「資料を」の声で、手元に資料が配布される。

「出立は一ヶ月後。辺境伯領到着は翌日、式典本番はその翌日を予定している。今回は私的訪問ではなく、王権による正式臨席として扱う。よって随行は最少ではなく、公務に相応しい規模とする」


資料を受け取って全員、中をパラパラと確認した。

移動ルート候補地、中継地案、そして会場の簡易見取り図。

それを眺め、ガーネの顔が少し渋く曇った。


「女王陛下に随行するのは、近衛・衛兵・侍従・女官・必要最低限の文官。及び魔導・巫術両系統の責任者とする。…ただし、護衛体制の中核については、本評定(ひょうじょう)で決める。問題は道中と現地の双方にある。王都外への移動そのものが危険であることに加え、式場には外来の使節と商団、さらに地元有力者が集まる。人流、視線、術式、いずれも王都内とは条件が違う。…以上を踏まえ、本評定では陛下外出公務における護衛主体、現場指揮系統、ならびに事前視察の要否を定める」


羅列された随行予定者の中に、最後まで特務は挙がらなかった。

────何故、『俺』が呼ばれた?

驕っている訳では無いが、ガーネの役職は『王命執行最高責任者兼異界対策統裁官』である。この場に呼ばれ、挙げ句上座に座され、随行予定に名前が挙がらない。意味がわからず、視線を手元の資料に落とす。


また、『役立たず』のレッテルを貼られたのか、どこかで間違えたのか、その見せしめだったのか。

無理矢理忘れようと蓋をした不安と名の付く感情が顔を出しそうになったところで、隣の近衛長が挙手をして立ち上がった。


「陛下の護衛及び周辺警備に付きまして、職務内容通り『近衛』で受け持つのが妥当と存じます」

そう名乗りを上げ、ガーネに視線が向いた気配がした。

しかし、ヘルソニアがその言葉を制した。

「なので、それをこれから決める。着席せよ」

「…失礼いたしました」

ガーネはそれを受けて視線をディアマントに向けた。

酷く楽しそうに笑っているのを見て、ガーネの抱いた不安とは別の『なにか』を企んでいることだけは理解した。


理由はわからない。しかし、なにかに体良く巻き込まれていると察したガーネは、手を伸ばしてグラスを掴みもう一口茶を口に含む。それから喉を揺らしてごくりと飲み下した。

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