177話「終焉の魔女」
ガーネが獣道や踏み固められた道を進んでいくのを追いかけるように着いて歩いた一同は、誰も言葉を発さなかった。
『終焉の魔女』の元を離れてからおおよそ30分程度で、見覚えのある鬱蒼とした木々とガーネが付けた目印が目に入る。
無言のまま樹海を抜け、ようやくあの言いようのない、得体の知れない、筆舌に尽くし難い明確な『恐怖』から解放された一同は深く深く溜息を漏らし、ラズリが地面にへたり込んだ。
「こ、……怖かった…」
「ラズリでもそんなビビるのか」
意外そうに呟いたガーネをラズリは隠しもせずに涙の滲んだ目で睨みつけた。
「怖かったに決まってるでしょ!全員、息の仕方も忘れて一切の身動きも取れなくて!!」
「なにがだよあんなチビ。それに女王の方が次元も理も違う、あんなの怖いうちに入れるな」
「本気で言ってる!!?」
「そう思ってないと、こっちが飲まれる。実際お前らは飲まれた」
「…え」
そこでようやくガーネも深く息を漏らして軽く目を伏せてから再度ラズリだけでなく全員に目を向けた。
「俺が持てる『手札』を全部使わされたのは初めてだ。アレで駄目だったら、全員生きて出られなかったかもしれない。殺されないにしてもあのまま飲まれて精神壊しかねない。アレが『終焉の魔女』だ。……な?だから言っただろ。『最悪の場合に俺を殺せる奴が必要だ』とな」
全員、無言で改めて息を飲んだ。
そういうことか、と、ガーネの言っていたことが最後の最後で腹落ちして魔女の恐怖を刻み込まれた。
魔法を扱い、それを生業とする『魔導師』と似て非なる存在、『魔女』。
この世に『たった二人しか存在しない』魔女は、その圧倒的な存在感と格の違いを明確な恐怖という形で全員の精神に爪痕を残した。
ガーネはポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「16時過ぎか。ヴェルトラウリに戻って帰りの調整しねぇとな、早ければ明日の15時には王都に入れるか…ラズリ、立てるか」
「む、むり、ちょっとだけ休ませて」
地面に座り込んだまま動かないラズリに視線を合わせるようにしゃがんだガーネだったが、本当に腰が抜けているらしく小さく息を漏らすと有無を言わさずラズリの膝裏と背中に腕を回して横抱きに抱き上げた。
「わ、ちょ、ちょっと!」
「とりあえずさっさと帰りたい。少し我慢しろ、落とさねぇから心配すんな」
翌日夕方前、ようやく一向は王都へと帰還した。
出立から、六日目のことである。
「あー…きもちわる…」
行きではマシだった汽車酔いも、疲労が強かったせいか顕著に顔を青くしてガーネは汽車を降りてすぐ蹲った。
「馬車の時程じゃなくて良かったわ、でも汽車でも酔うならほんと少し色々考えないとね。酔い止めの薬、いいの調合出来ないか考えておくわ」
ラズリがガーネの背中を撫で、カルセが買って来た冷たい水をガーネに手渡す。
「いや、でもアレだ…またあの時の鎮痛剤いっぱい飲めば寝れて楽になるんじゃねーかな…まだ数錠残ってたはずだし…」
「アンタ用法用量を守って使うってこと出来ないの?」
いつもの空気にようやく戻り、ガーネの乗り物酔いが少し落ち着いたところで王城へとたどり着いた。
「特務、統裁官以下五名。任務より帰還しました、詳細は追って上申します」
城門の衛兵に短く伝えると、顔見知りの衛兵が酷く疲れた顔の一同を見て驚いたような顔で敬礼をした。
「はっ、帰還確認しました。お疲れ様です、直ちに上へ上げます」
帰還の報告だけ簡易的に済ませ、荷物を置きに特務室へと向かった。
とりあえず着席したガーネが装備を外すと、どっと疲れが湧き出た様子で深く盛大な溜息を漏らした。
「はぁー、疲れた。とりあえず風呂入りてぇ無理すぎ…腹も減ってるけどそっちのが優先度高い」
ガーネがたまりかねたように小さく漏らした。
「同意、髪洗いたいし全身五回くらい洗いたい」
「皮膚剥がれそうだな」
「あたしも今日は念入りにトリートメントしなくっちゃ」
「ではお風呂に入って、皆様でお食事にでも行きましょうか」
「いいね、ガーネが肉食べさせてくれるって言ってたもんね」
「…いや、まあ…別に良いんだけど」
満場一致で全員が『まずは入浴』という流れになっている最中、特務室の扉がノックされてガーネは身構えた。
帰城してたったの20分で特務案件か、と警戒したような顔で応答した。
条件反射で外したばかりの装備をすぐに付け直そうと手をかけると、開いたドアの向こうには衛兵ではなく女王付きの侍従が姿勢を正して立っていた。
「失礼いたします。統裁官ガーネ殿。陛下のご下命により、責任者評定が招集されました。一刻後、評定の間へご参集ください」
「……承知いたしました」
ガーネは短く返答を返すと、室内の時計に目を向けた。
「…責任者会議?」
「……めんどくせぇなぁ…風呂…、いや、急げばいけるか。お前ら悪い、風呂順番にしてくれ。とりあえず俺支度してくるから、誰かは部屋残っててくれるか。さすがにこのまま行けない」
「了解、ガーネくん急いで行ってきて」
ガーネは多少の申し訳なさを感じつつも、急ぎ足で私室へと向かった。
数日振りにシャワーを浴び、髪が多少濡れているのは無視して侍女が整えてくれていた着替えに袖を通す。ようやくさっぱりした、と一息つく間も無く、髪の水気を雑にタオルで拭いながら特務室へと戻って行った。
「じゃ、悪い。あと頼んだ」
時計を確認し、タオルを放り投げてネクタイを結び官服を手にした。
樹海から帰って疲れが酷く残っている中、招集された評定の間へと歩を進めていった。




