176話「手札切り札」
気に入らない。
納得がいかない。
そう、目が物語っていた。
ガーネも口元に笑みを浮かべ、勝ち誇ったような顔でアミュを見つめた。
「なにその顔。気に入らない。ちいちゃいころはもっとかわいい顔してた。そんな生意気な笑い方しなかった。…いや、してたか」
「はん、気に入る気に入らねぇの話じゃねぇんだよ。────お前は俺の言う事を聞く。封印解くのに必要なブツをさっさと用意する。以上」
「なんでアミュが、対価もなしにおまえの言うことを聞くのっ」
「くく、いい加減にしろよ『魔女』…この俺が、気付いていないとでも思ってんのか。対価ならもう十分過ぎる程に支払ってんだろうが」
「……なにも、もらってないもん」
ガーネは正面のアミュに向かって手を伸ばすと、顎先を指でくいと摘み上げて顔を向けさせた。
「視線が揺らいだ。指先に力が入った。そしてほんの一瞬ではあるが斜め下を見たな。瞬きの回数も少し増えた。…その辺の心理はエルフと言えど人と同じか」
「なに、ガーネこわい」
「今更カマトト振るんじゃねぇ。ウチの連中…アメジとカルセの魔力、ラズリの霊力。ごっそり持ってっただろ。タダで持って行っていいと思ってんのか?いいか、アレらは『俺のモノ』でもあるんだぞ」
「……アミュ、しらない」
「知らない?へぇ、なら全部出そうか。連中の霊力魔力でざっと見積もって30年分、俺の魔力を200年分くらいか。あー、まあでも森燃やしたからな、その火消しの分含めて80年分差っ引いて…」
「…おまえ、知ってたのか」
「舐められたもんだな。まあ、この樹海の空間が特殊過ぎて気付いたのは昨日の夜だけどな。…それでも、せいぜいあと10年生きるかどうか程度の俺の寿命以上の対価は持ってってるくせに、これ以上何が俺の魂寄越せだクソババァ」
「…にんげんの寿命、80年くらいあったはず。ガーネはもう70か」
「さっき19って言ったと思うんだけどな?もう忘れたのかババァ。…俺みたいな仕事してる人間が、そんな真っ当に長生きするなんて思ってねぇからだよ。下手したら明日死ぬかもしれない。恨まれることもしてる。…人を殺すってことは自分が殺される覚悟持ってるんだよ俺も」
「ふぅん。…ガーネ、やっぱりいい男になった。アミュやっぱりおまえほしい。よこせ」
「随分と舐めた返答だな。俺を誰だと思ってる。お前が俺に寄越すんだよ」
アミュの腕に抱かれた陽炎狐が、退屈そうに尻尾をふわりと揺らした。
まさに一触即発とでも言わんばかりの空気に、深紅と桃色の視線だけがばちばちと絡み合う。
「……いつからこんな傲慢になったんだ」
「さてな。で?どうするんだ。魔力返すのか、俺の欲しいもん寄越すのか。俺はお前と交渉をするつもりはない、最初から俺の勝ちは定まってるんだよ」
「アミュに会えなくてうろうろしてた癖に」
「お前を引っ張り出した時点で、────…いや、樹海の結界を突破した時点で、『俺の勝ち』だ。今なら大人しくさっさと引き上げてやる、言う事聞けねぇ場合は…そうだな、俺お巡りさんだし窃盗容疑は見逃せないからな、家宅捜索でもしようか。もう一度言う、俺はお前と『交渉』をするつもりはない。それにいくらなんでもお前も『女王』の命令には歯向かわないだろ」
「ディアマントの命令?」
「良いことを教えてやる。俺の今の肩書は『王命執行最高責任者』だ。俺は王の命令でここに来ていると言っても過言ではない。俺の命令は王の命令と思え、従わない場合は…視えてるだろう魔女、数日前に取り込んだばかりの比較的鮮度の良い女王の血が。よってそこそこ火力出るぞ、どうする?俺が『本気』を出して突っ込んでみろ、蛇の時の30倍は絞れる余地あるぞ。お前もタダでは済まないだろ」
アミュはガーネの半分ハッタリ半分本気の脅しに目を細め、面倒そうに溜息を漏らした。
「ちいちゃいころより、口が回る」
「口喧嘩で俺に勝とうとしないほうが良いだろうな」
「仕方がない、……今日はアミュが、譲ってやる」
そう静かに言うと、ガーネに言い負かされたアミュは腕に抱いた狐を地面にそっと置いた。陽炎狐はふわふわと尻尾を揺らしアミュを見上げたあと、ととと…と駆けて行ってしまった。
「ガーネ、でもやっぱり条件がある」
「なんだよお前往生際が悪いな。譲るって言ってなかったか」
「いいこと、ガーネ。『無駄に死んだら』、問答無用でアミュがその魂もらう」
「…いいぜ。『無駄に死んだら』な」
先程駆けていった陽炎狐が、口元に小さな円環を咥えて戻ってきた。
アミュは狐から円環を受け取ると、ガーネに投げ渡してから再び狐を抱き上げた。
「それ持って早く帰れ。うるさい。アミュ、おひるねの時間。おまえらのことからかって遊んだから、アミュつかれた」
「…これか?なんか『一個目』と形ちげーな。つーか俺二個寄越せって言っただろもう一個はどうしたクソババァ」
「アミュもリエーブからはそれしか引き受けていない。もういっこはちがう場所。アミュ、おまえにそこまで教えてやる義理ないもん。…でも、アミュはガーネのことかわいいから、ヒントだけおしえてあげる。『おまえのそばにずっとあるもの』だ、自分で見つけないと封印といてもどうせすぐ死ぬ。せっかくならアミュ、おまえがいっぱいあがいていっぱい泣いて、いっぱい苦しんで、いっぱい傷ついていっぱい呪われていっぱいいっぱい、いっぱい絶望したところが見たい。かわいい。ガーネだいすき」
「怖い」
「アミュこわくない。『嚆矢の魔女』のほうが、ずっとずっとこわいよ」
「ま、否定はしない。…よし、お前ら帰るぞ」
ガーネがアミュから受け取った円環をポケットに捩じ込みゆっくり立ち上がった。
それまで金縛りのように動けずにいた特務の一同は、ガーネの声でようやく身体が動くような気配を感じ、恐る恐る立ち上がった。
ひゅ、と誰かの喉が鳴った。
実際に息まで出来なかったわけでは当然、無い。
しかし、呼吸も心臓の鼓動も全て『支配』されているような感覚から、ようやく『許された』ように全員が詰めていた息を静かに漏らした。
「あ、アミュ」
「なぁに」
「『名前』で縛って殺されたくなかったら、帰りは最短最速で通せ。ついでに、いつでも入口は俺の認証を通せ」
「…………なんで、ガーネがアミュのこと知ってるの」
「はは、…お巡りさんだからかな」
「その手札、最後に持ってくるの?もっと早くにそれ使えばよかったでしょ」
「最上の手札は最後まで取って置かねぇとな。それに、『俺も使われたくない』カードだ、お互い様だろ」
「…その魂、やっぱりディアマントの匂いが強い。アミュのかわいいガーネだったのに」




