175話「魂の献上先」
────あの女の魂の強烈な匂い
そのワードに、無性に腹が立って脅しで向けていた引き金を本当に引いた。
パン、と妙に軽い音がしたと思った次の瞬間、ガーネは後頭部に堅く発砲直後の熱を帯びた銃口を押し当てられていた。
右手に握っていたはずの銃は、いつの間にか背後にいたアミュによって奪われ、容赦なく命を奪う脅迫をされる立場に入れ替わっていた。
しかし、ガーネも元々『こう』なることはわかっていた上で初めから銃口を向けていたので、特に取り乱した様子も驚いた様子も見せずにわざとらしく溜息をついていた。
殺すつもりなら、ガーネが発砲する前に殺されていたからである。
そんな勿体つけて命を脅しに使う女ではないことは、ガーネが一番良く知っていた。
「こわ。魔女かよ」
「魔女だよ。『ハイチェラ』が泣くよ」
「泣かねーよ、多分。知らんけど」
「アミュもわかんないけど」
「ははは」
「ふふふ」
ガーネが銃口を向けられている姿など見たことのない一同は、本格的にまずいと気配だけは察する。しかし、金縛りにかかったように誰の身体も動かなかった。
本当に術にかけられているのか、単純に魔女から発せられる圧倒的な格の違いに恐れ慄いたのかは、定かではない。
「ねえ、なんでガーネの魂、ディアマントのところにある?」
「さーな。でもアミュ、『それ』がどういう意味かわかってんだろ」
「わかってるから気に入らない。わかってるから、アミュ怒ってる。アミュ、にんげんはきらいだけどリエーブとガーネのことは可愛がってた」
可愛がり、と思い返して幼少の頃の地獄のような経験が脳内にフラッシュバックしたガーネは思わず顔を引きつらせた。
「…へー?…毒蛇数千匹仕向けたり、毒草のシチュー食わせようとしたり、妖怪液の風呂に沈めようとしてたのに?アレで俺のこと可愛がってたの?まーだ女王の方が人の心あったぞ、多少」
「アミュは遊んであげて、ごはんあげて、からだのよごれおとそうとした」
「ババァ、普通に俺は人間だから毒蛇噛まれたら死ぬし毒草食ったら死ぬし妖怪液浸かったら死ぬんだよ」
「アミュも蛇の毒ぴりぴりするし、草もおなかぎゅるぎゅるするし、おふろ肌どろどろになる。だからガーネとおんなじ」
「それ全部毒に当てられてんじゃん」
「でもディアマントより、アミュの方が可愛い」
「でも、の意味がわかんねーよ。あー、でもどうだろうな。俺幼女趣味じゃねぇから」
「昔はアミュのこと、『かわいいまじょのおねえさん』って呼んでたくせに」
「お前がそう呼べって脅したんだろ!バカでかい食人植物の鉢抱えて!俺を縛り付けて!!怖かったんだよ普通に!!忘れねーからな!!!」
会話のテンションだけはまるで久しぶりの再会を懐かしむような雑談のノリで繰り広げられるが、要所要所で彼女が本当に『魔女』であることを思い知らされるようであった。
空気だけが、ぴりっと締まるような重く刺さる雰囲気を纏っていた。
アミュは深い溜息を漏らし、銃をガーネの手元に放り投げる。
ガーネはその銃を受け取ると、肩を竦めて肩口のホルスターにそれを納めた。
「もっかい聞く。『あんなものどうするつもり』だ」
「封印を解く」
揺るぎなく真っ直ぐな声で返答するガーネの正面に移動したアミュは、腕に抱いた狐に顔を埋めるように抱えながらしゃがみ込んで目線を合わせた。
「といて、どうする。死にたいのか」
「死にたくないね」
「なら、だめ」
隠すことなく舌打ちを漏らしたガーネが目を細め、メンチを切るようにアミュの顔を見つめた。
「死にたくねーから、こんなとこまで来てんだろうが。バカかお前は何年生きてんだ、わかったらさっさと持って来い。本気で殺して家探しするぞ」
真っ直ぐに、ガーネの深紅の色の瞳を覗き込む。
その目はどこからどう見ても本気そのものの眼差しで、アミュは一瞬押し黙るがすぐに肩を揺らして笑った。
「ふふふ、うふ…あは。いいだろう。ガーネ、条件がある」
「なんだ」
アミュは唇をぺろりと舐めてから人差し指をガーネに向け、わかりやすく唇をその細く華奢な指先でなぞった。
指先は唇から顎先に降り、そのままなぞるように喉仏に触れてから鎖骨に滑る。
それからゆっくりと、左胸を差した。
「気に入った。ガキのころのおまえより、ずっとずっといい男になった。アミュおまえが欲しい。ガーネがしんだら、おまえの魂はアミュのものにする」
その言葉を聞いて、今度はガーネが笑い出した。
「ふっ、ははは、っはー………駄目だ」
「なんで?魔女からただでなにかもらえると思うな。対価が必要、おまえだってわかってるから、アミュに要求してきてる」
「駄目なもんは駄目」
「どうして、死んだら魂なんて、にんげんには意味がないでしょ。わかんないでしょ。痛くないし、くるしくない。アミュはただおまえの魂が欲しいだけ」
「駄目」
「なんでっ」
ガーネの目がゆっくりと細められ、真っ直ぐにアミュに向けられた。
挑発的な笑みと共に、ガーネのよく通る低い声がまっすぐ迷いなく発せられた。
「俺の魂はもう、たった一人に捧げてるからだ」




