174話「アミュ・アティム・パシアフ」
膝に乗った狐が、頭を上げて少女の鼻先に顔を寄せた。まるで会話をしているように少女は小さく頷くと、ゆっくりと振り返ってからちょこんと立ち上がった。
背丈はラズリとほぼ同じくらいの小柄で、繊細な糸のように陽の光を浴びて輝く長い金髪と、大きな桃色の瞳。真っ白な肌と、対比するように少し褪せたような黒色のまるで喪服のようなクラシカルな膝丈ドレス。首元にはチョーカー代わりに、陽炎狐の尻尾に結ばれたものと同じリボンが結ばれていた。
「まあ、可愛らしい」
カルセがにっこりと頬を緩めて微笑み少女の姿を見つめた。
「ほんとぉ可愛い子!昔あたしが大事にしていたお人形さんにそっくり!」
アメジの『趣味』は幼少の頃のものからか、とガーネがやや引き気味に視線を向けながら、無遠慮に少女へと数歩近付いた。
「…お人形、ねぇ…そんな可愛いもんかよ」
「久しい、ガーネだ。60年ぶりだ」
「なんでお前ら長寿種って時間ガバなの?14…いや、もうすぐ15年振りくらいだクソババア、手間かけさせやがって」
「へぇ、昔はこん……っなに、ちいちゃかった。とつぜんでかい。でもガーネってわかった」
ガーネと見知った様子の少女が、ガーネを見上げながら人差し指と親指をくっつけて小ささを表現していた。ガーネも目線を合わせるためかしゃがんでその様子を見て、面倒そうに肩を竦めた。
「ちっさ、受精前かよ。魔女ギャグ?」
「ま、魔女…魔女様!?」
カルセとアメジが慌てて膝をつき頭を下げると、スメイラとラズリ、サイフィルもつられて頭を下げた。
「ガーネ、なにこのにんげんとゴリラ。ずっとうるさい」
「コイツらか?女とバカとゴリラだ。俺の下僕」
「フーン。ガーネ、おまえいくつになった」
「19」
「そうか、ならあれから14年経つのか」
「さっきもその話したよババァかよ、ババァだったな今年1400歳だっけ?」
年齢の話に一同がそっと顔を上げると、金髪の隙間から覗く特徴的な尖った少し長い耳が彼女がエルフであることを物語っていた。
少女、もとい魔女は狐を腕に抱いたまま少し興味深そうに特務の面々の傍に近寄った。
「このおんな、聖女だ」
「えっ」
「アミュ、あんまりビビらせんな。…お前ら、一応紹介しとく。このガキみたいなババァがこのティエフ大樹海で好き放題してる、…かの有名な畏怖の対象、『終焉の魔女』だ」
「はじめましてにんげん、終焉の魔女アミュ・アティム・パシアフ」
短く名乗ったアミュは、陽炎狐を片手で抱いたまま右手でドレスの裾を持ち上げ形式上のカーテシーのような所作をしてすぐに狐を両手で大切そうに抱き締め直した。
「はじめまして。聖女の位を仰せつかっております────」
「カルセ」
アミュが薄く口元に笑みを浮かべ、カルセの顔を見た。
少女の顔なのに、どこか大人びていて全てを見透かした目をしていた。
「おまえがアメジ、おまえはスメイラ、おまえはラズリ、おまえはサイフィル」
呆然とする一同を見て、楽しそうに笑う顔は、正しく魔女そのものであった。
その視線は、樹海に入った時に感じたものと全く同じである。
息を飲んで無言になった一同を一瞥し、ガーネは立ち上がってアミュを見下ろした。
「いい加減にしとけ、ビビってんだろ」
「ふふふ、180年振りのにんげん」
「お前さっき14年って自分で言ってたろ」
「でもアミュ、騒がしいのきらい。とくにこの頭が悪いのはうるさい。ころしたい」
「まあわかる」
「えー!!?」
ここでもとばっちりを食らうサイフィルにスメイラがやや同情的な目を向ける。
「ガーネおまえもはやくかえれ、昔からおまえもうるさい。昔蛇見て泣いてた時はすごくうるさかった」
「3つか4つくらいの時の話だろ!そんなガキが突然数千匹の毒蛇に囲まれてみろ泣くだろが普通に考えて!誰だよ蛇仕向けやがったの!!」
「アミュの妖精の羽、むしったでしょ」
「毟ってねーよまだ!大体テメェの虫が俺に石ぶつけて来やがったからだろうがその落とし前だ!」
「石ぶつけたなら妖精がわるい。でもアミュの蛇ころしたでしょ、火炎魔法と爆風魔法つかったから全部しんだ」
「こっちが死ぬとこだったんだろーがテメェ、ババァいい加減にしろよ!」
その場に胡座をかいて座り直したガーネが吐き捨てるように雑に言い返す。
世界の畏怖の対象である魔女の一人に、いくら顔見知りとは言えいつもの調子で対話するガーネに一同はヒヤヒヤする。
口を挟む間も無く繰り広げられる応酬を前に、どうしていいかわからず全員地面に膝をついた姿勢で固まっていた。
「ガーネうるさ。アミュ、もうおまえで遊びあきた。昔とちがってからかいがいがない。帰ればか」
そう言って喪服のようなドレスの裾を翻し城に向かおうとしたアミュにガーネはほんの一瞬眉間に皺が寄る。そしてその魔女に向かって、こともあろうに銃口を向けた。
「…なんのまね」
「お前、まじで俺が何しに来たかわかんねぇわけないだろ。ならなんで、入口の書き換えを許した。何故侵入を許した。どうしてわざわざ俺を迷わせて試した」
アミュは振り返って酷く妖艶な笑みを浮かべた。
とても子供のような容姿からは想像出来ない、艶めかしい笑みだった。
「そういう理屈っぽいところ、あの男とそっくりだ」
「そらどーも。…おら、さっさと出すもん出しな」
「あんなもの、どうするつもりだ今更」
「決まってんだろ。封印解く以外に用途あんのかあんなもん。あと二個、あるだろ。早く持って来ないとその可愛い顔に魔力込めた鉛玉撃ち込むぞ」
「ふふ、はは、あはは!…ばかみたい。アミュにそんなハッタリ通用すると思ってる?昔よりは多少できるようになったみたいだけど、アミュも魔女としてここで生きて魔女としてなまえを持ってる。おまえみたいな小僧に、そんなおもちゃでアミュはころせない」
「だろうな、まぁそりゃわかってはいたけど」
アミュはガーネに足を向け直し、勿体付けるようにゆっくりと足音を鳴らしながらガーネに近寄った。
そしてガーネの首元に顔を寄せると、すんと小さく鼻を鳴らした。
「…気に入らない。アミュの知ってる魂の匂いなのに、あの女の魂の強烈な匂いがする」




