173話「陽炎のみちしるべ」
「アメジ、サイフィル」
「なーに」
「……悪い。二時間だけ寝たい。見張り任せていいか、さすがに疲れた」
サイフィルとアメジは顔を見合わせて、すぐにガーネに向き直った。
「なぁに言ってんのよ、二時間と言わず朝まで寝なさいよガーネ様」
「そうだよ、僕も夜目利くし!」
「いや、二時間でいい。何かあったら叩き起こして。いいか、火は絶対絶やすな」
そう言って、ガーネは近くの少し開けたテント近くの草地に座り込んだ。それを見て「テント使え」と言われていた女性陣も、サイフィルたちと同じように顔を見合わせてガーネに傍寄った。
「ガーネくん、テントで寝なさい。君昨日も寝てないんでしょ」
「そうよ、別にアタシもスメイラも徹夜は慣れてるし。研究者と医者よ?」
「わたくしも大丈夫ですわ!夜ふかしできます!」
「いいから、黙ってテント入れ。こういう時は男を立てるもんだぞ」
渋々といった様子で女性陣がテントに入るのを見届けてから、ガーネもそこでごろんと横になって目を瞑った。いずれにしても熟睡はできないにせよ、横になって目を瞑るだけでも大分異なる。
サイフィルとアメジは焚き木の近くで時折薪を焚べながら小声で雑談をしていた。
「…ガーネの魔法?うーん…魔力の流れ的なのは、エイミーちゃんたちと仕組みはおんなじ感じに見えたよ。でも僕もさすがにどういう魔法なのかとかそういうのは視えないかなぁ」
「そうよねぇ」
「あれって、盟属性の人の魔法だったりしないの?だってほら、カルセちゃんも聖魔法使う時って魔法の詠唱じゃなくて祈りの言葉みたいなの言って発動させてるし。盟属性の魔法使える魔導師ってあんまりいないんでしょ?」
「そうね、少なくともあたしはガーネ様が初めて。だから情報はほとんどないわ」
ちらりと横目で、草地に寝転んで寝ているのかどうなのかわからないガーネを見つめた。小さく溜息を漏らしながら、腑に落ちない思いを飲み込むようにカップの中の紅茶を啜った。
きっかり二時間後、起こしもしないのにガーネは身体を起こして焚き木の元に歩み寄った。
「…寝た?」
「おう、熟睡はしてないけどな。俺もなんか甘いのくれ」
サイフィルは粉末のココアをカップに入れ、焚き木で沸かしていた鍋の湯を注いでガーネに渡した。
「サンキュ、…はー、しかしこの森ン中でお前らの魔法使えないのはしんどいな。弾もかなり無駄撃ちしたし…俺ももう少し加減しながら使えりゃそんな消耗しねぇんだけど」
「でも、前みたいに鼻血出て倒れなくて良かったよ」
ガーネはそんなことあっただろうかとココアを啜りながら考え、サイフィルの言っていることが劇場で均衡教徒の女相手に霊鎖を試し撃ちしてみた後に女王の前で倒れたことを思い出した。
「あー…アレは魔力じゃなくて霊力の方使ったからな」
「…なんかそれって違いあるの?」
「……うーん…魔力は外に出して使う。霊力は自分の芯を通して叩きつける。だから反動もデカい。…あってるかアメジ」
「雑な説明ね。…ま、大体そんな感じかしら」
「俺も感覚で使ってるから詳しく何が違うのって言われると説明出来ねぇ、こういうのは多分ラズリのが詳しいし説明上手いと思うぞ。…ほら、寝とけ。朝早くに叩き起こすぞ、朝飯の材料調達係なんだから」
ガーネはアメジとサイフィルを寝かせてから、焚き木の火を見つめて疲労感たっぷりに息を漏らした。
未だに疲労で手が僅かに震えていたが、先程よりは幾分かマシであった。
「おい、開けて平気か」
翌朝早朝、ガーネはテントの中に向かって声を掛けた。
「なぁにー、起きてるわよ」
一番入口に近かったラズリがテントを開くと、大鍋に沸かした湯を持ったガーネが立っていた。
「なにそのお湯」
「風呂代わり。女だし入れてないの嫌かなって。今サイフィルもアメジも食材調達行かせたから、身体拭くくらいしか出来ないだろうけど使うなら今のうちに使え。熱いから気を付けろよ」
テントの内側、入口付近に鍋を置いたガーネを、ラズリは目を丸くして見上げた。
「…?なんだよ。あ、悪い。もしかして余計だったか」
「……ううん、ありがとう」
「ありがとうガーネくん、正直すごく助かる」
「気を使わせてしまって申し訳ございません」
余計なお節介をしたかと多少バツの悪そうな顔をしたガーネに素直にお礼を告げた女性陣は、その言葉と配慮に甘えるようにテントの中で身体を拭いた。
「…アタシ、意外過ぎて言葉出なくなっちゃった…あれをしれっとやるのはわりと反則だと思う」
「いや、アレは…うん。…そこまで気を使えるのもある意味才能かもしれない…だからモテるんだろうね…」
「…なんだかわたくしたち、ガーネ様をお守りするために着いてきたはずですのに…結局守っていただいて、配慮までしていただいて…なにかでお返し出来れば良いんですけれど」
朝食を作っているらしく、食欲を唆る匂いがテント内まで漂ってきた。
「…お食事作りも、『ちょっとだけ』失敗してしまいましたし」
「そうね、『ちょっとだけ』焦げちゃったし」
「うん、『ちょっとだけ』難しかったね」
「ガーネ、朝飯足りなかった」
「うるせーよお前は一人で食いすぎなんだよ、初対面の時は全然食わなかったくせに。大体その細い身体のどこにそんなに納めてんだ、お前は石ころでも食ってろ」
「この森の石、あんまり美味しくなかったよ」
「え、キッショ」
「ラズリちゃん酷くない!?」
多少休んで幾分か体力の戻った一向は、再びガーネに続いて樹海の中を歩き始めた。
昨日同様、意味があるのかないのかわからなくなった木への目印は三本線になった。
「今日で結果を出せなきゃ帰る」
「いいの?」
「いいのっつーか、最初に言った通り時間制限もある。王都へ帰る時間とこの樹海を抜ける時間を考えたら遅くても夕方前には見切りを付ける」
「…樹海、抜けられなかったりして」
サイフィルの空気の読めない冗談が、冗談ではない温度で響いてガーネは銃口をサイフィルへと向けた。
「お前殺すぞ」
「ごめんなさい!!あ、キツネ!キツネだよ!!陽炎狐じゃない!?」
サイフィルが慌てて獣道の奥を指差すと、灰白色の狐が一匹、こちらを見て尻尾を揺らしていた。
「陽炎狐?砂漠種の魔獣じゃないの?樹海の中に砂漠でもあるの?」
ラズリが珍しそうに視線を向けて首を傾げる。
「ね、ガーネあれ捕まえて食べようよ」
「お前エキノコックス症にも耐性あんのかよこえーよそこまで行くと」
「駄目よサイフィルちゃん、魔獣はむやみに食べたら毒耐性あったとしても魔障とか受けるかもしれないわよ。王都に戻ったら美味しいお肉食べに行きましょう」
アメジがひもじそうに狐を見つめるサイフィルの肩を叩いてなだめるも、諦めきれないサイフィルは縋るようにガーネに視線を送った。
「んな目で見ても駄目だ。大体獣肉はめんどくせぇ、シメて血抜きして皮剥いでってしないとまともに食えないだろ。日が暮れる。王都戻ったら肉でも何でも食わせてやるからもう少し頑張れ。…あの狐に着いて行きゃ、魔女に会える」
名前の通り、時折ふわりと熱気で輪郭が揺れ、蜃気楼のように姿を眩ます砂漠に棲む魔獣の一種・陽炎狐。
そのふわりと揺れる尻尾を追いかけるように、ガーネが小走りで獣道に入って行った。
特務の面々もはぐれないようにガーネを追いかけた。
尻尾の根本には、誰かの目印かのように黒いレースのリボンが結ばれていた。
十分程追いかけ、不意に獣道が途切れて空間が拓けた。
まるでそこに空間を移設したかのように、不自然に現れた石畳で整備された地面と花や薬草の植えられた花壇、庭と思わしき場所には東屋と小ぶりなガーデンチェアとテーブルのセット。奥にはちょっとした城のような屋敷が鎮座していた。
庭先の噴水の縁に腰を下ろした金髪の少女に向かって、狐が駆け寄っていく。
少女は狐を抱き上げると、柔らかな手つきで膝の上に乗せて頭と尻尾を撫でていた。




