172話「知らない詠唱」
「なんでも良いなんか散らせ!」
ガーネの声を聞いて、アメジ・カルセ・ラズリは手当たり次第に詠唱をするもなにも発動しない。
結界が発動しないとあって、全員が絶望した顔でガーネを見上げていた。
ここが『魔女の庭』であると、改めて思い知る。
「チッ…仕掛けに来たな」
ガーネが銃を構え、数発茂みに向かって発砲した。
「アメジ!お前前出るな、女ども守れ!サイフィルはアメジの目!女は固まってろ!」
「わかったわ!ガーネ様後ろはあたしに任せて、気を付けて!」
「お前も噛まれるなよ!…暗い!明かり全部付けろ、火の後ろで固まれ!!魔法石全部使え!!」
「はい!」
ガーネ自身も少し後退し明かりの届く範囲で銃を向ける。後ろは川、正面は恐らく毒蛇の群れ。
南には存在しない、雪深い地域に群れを成して生息する魔性毒蛇である。
その毒は、少し噛まれただけで成人男性が即死するレベルの致死量の猛毒である。
いっそ魔獣の方がまだ戦いやすいと銃を撃つも、あっという間にカチカチと引き金が空打ちする音が響く。
「クソ!ラズリ弾!」
「投げるよ!」
ラズリがタイミングを図ったように荷物から取り出した予備弾倉を投げ渡し、ガーネは手早く弾倉を取り替えてすぐさま発砲する。
あっという間に明かりに照らされた範囲で蛇の死体が増えていくも、視認出来る蛇はまだまだいる。
カルセが震えながら無意識に胸元の意匠を握り締め、涙目でガーネの背中を見つめていた。
一同も、自分だけ矢面に立って魔物の群れに立ち向かうガーネに守られている状況は非常に歯がゆかった。しかし現状、アメジの魔法もカルセの聖魔法もラズリの霊力も効かない状態であれば、却って前に出ることでガーネの邪魔になることは目に見えている。そも、何も出来ないのも痛感していた。
「…ガーネ!2時の方向から群れ第二波!」
「数!」
「いっぱい!」
「弾足りねぇ!」
幸いにも蛇と言うことで、そこまで迫るまでの速度は遅くはない。
ただ、逃げるのはこの魔女の庭では意味を成さない。
前提として、『試している』ことは請け合いである。
基幹魔法も通らない、聖魔法も通用しない、霊力も弾かれる。
『入口』と仕組みは同じであることはわかってはいたが、ガーネは踏ん切りがつかない。
────せっかく、盟属性のお膳立てしたってのに…!
しかしここでそのくだらないことにこだわっていても、後ろの人員も自分も、蛇の毒で死ぬことは目に見えていた。
これで死んだほうが面倒臭い。
そう決意したガーネは後ろを振り返った。
「アメジ!全員囲うように、境界線引け!」
「え、えっ!?」
「さっさとしろ!」
ガーネは迫ってきた数匹に向かって引き金を引き処理をすると、近くに散らばった死体を蹴り散らした。アメジは意味がわからなそうにガーネの指示通り、全員を囲むように杖で境界線を引いてガーネを見た。
「ガーネ様、出来たわ!」
「いいか、命令だ。全員『この中』から出るなよ守りきれねぇ」
境界線を確認すると、ガーネは管理指定図書区域で呪物の干渉から自分を守るための『対策』として行使したものと同じ魔法を発動させるために、力一杯境界線を踏みつけた。
「エル・ティ・シーネス」
ガーネの詠唱に反応するようにアメジの引いた地面の線が光を放ち、まるで障壁のような魔力壁が発動した。
「ガ、ガーネなにこれ…!」
「うるせぇただの結界だ!調整する余裕ないんだから話かけんな気ィ散る!!」
明らかに調整の利いていない出力過多な結界に、ガーネは自分の魔力調整センスの無さを改めて垣間見て八つ当たり気味に舌打ちを漏らした。
話しかけられなくても上手く出来てはいなかったのを自分で理解していたからである。
しかし、逆を言えばここが『魔女の庭』であることである種の遠慮も要らないかと判断をする。
多少地形が変わったところで、悪いのは『仕掛けてきた』向こうである。
苛立ちから一気に開き直りに気分が転調すると、ガーネは銃をしまい改めて毒蛇の群れに向かって手を翳した。
「俺は悪くない、お前らの飼い主のせいでお前らは死ぬんだ。恨むならあの魔女を呪いな────ヅィ・リス・ロフェト!」
ガーネの詠唱とともに、一帯が一気に炎が立って激しく燃え上がった。
それから、燃え盛る木々を見て酷く冷ややかな目を向けて最後に一つ、小さく詠唱を吐き捨てた。
「トフュー・ティーゼ」
その声と共に、今まで全く風が吹かなかった樹海の中で突風が吹き付け、炎がそれに反応して激しく空気が爆ぜた。
数秒掛けて、風が炎ごと持ち去ったかのように辺り一帯は再びしんと静まり返り、風も空気の震えも、あれだけ激しく立っていた炎も塵も灰も残さずに、元通りの木々の鬱蒼とした光景が広がっていた。
再び周囲を警戒するように銃を取り出して構え直したガーネは、数歩歩いて『燃えた痕跡の一切ない木々の隙間』を確認した。
脅威である毒蛇の姿も、その死体すら無いことを確認してから、ようやく足で地面を叩いて結界を解除した。
「あー、…やべぇ疲れた…」
寝不足も相成って疲労たっぷりに掠れた声で小さく呟くと、ガーネはそのまま地面にしゃがみ込んで荒く乱れた呼吸を整えるように深く息を吐き出した。
「ガーネ様…!」
涙目のカルセが真っ先にガーネの元に駆け寄り、そっと背中に触れて不安そうに顔を覗き込んだ。
「お前ら全員、怪我ねーか」
「アタシらよりアンタだよ!」
「俺は疲れた…久しぶりにあんだけ魔力注いだ…結構持っていかれるなこれ」
いくら魔力量が多いとは言え、日頃使わないでいる人間がいきなりあれだけの規模で魔力を行使すればさすがのガーネも疲労の色が濃くややぐったりした様子で漏らした。
「…な、なに、さっきの魔法。あたしあんな詠唱、知らないわ」
アメジがガーネを見下ろして問いかけると、ガーネは口元にだけ笑みを浮かべて一同の顔を見上げた。
「…なーいしょ」
「それにしても…あれだけ破壊の限りを尽くす勢いで燃えてたのに、全然その痕跡ないじゃない。それもアンタの魔法?」
「あ?あー、いや、それは魔女の力だろうな。俺はそんな『修復』までしてやるほど優しくない。あのクソババァ」
ガーネは苛立ち混じりに吐き捨てると、ゆっくりと立ち上がって溜息を漏らした。
「疲れた。今日はもう寝るぞ」
「え、だい…大丈夫、なの?」
スメイラの心配そうな声を聞き、ガーネは何度も確認した『魔女のいる』方角に視線を投げた。
「大丈夫っつーか…あの魔女が本気なら、とっくに全員死んでるよ。俺もな」




