171話「存在しない毒」
翌朝、それぞれ身支度を終え設営撤去を特務に託しガーネは方角や座標を確認していた。
間違いなく、ここから歩いて一時間圏内の『座標』にはいる。
その確信は持てるのに、歩いても近づいている感覚がまるでない。
昨日からわかっていることではあるが、確実に『遊ばれている』。もしくは、試されているのかもしれない。
「片付け終わったか、行くぞ」
近くの木に、『二日目』である証として傷を二本バツ印で刻んでから、ガーネたちは歩き始めた。
「ガーネ様、結局あたしのこと起こさなかったわね」
「まあ、何もなかったからな」
「寝た?」
「10分だけ、うとっとしたくらい」
また徹夜か、という台詞は無言で飲み込んだ。明らかに眠そうで疲労感は隠せていないが、この男はこういう男であるということを、全員痛いほどわかっているからである。
適宜木に傷を刻みながら歩くガーネの背中を見つめ一同は着いて歩いていたが、二日目の疲労故か早い段階で息が上がった。
「…少し休むか」
さすがのガーネも少し疲れたような顔をして小さく呟くと、木陰に腰を落として汲んでおいた水を飲んで休憩した。
「魔女様のところって、遠いんですのね」
カルセがハンカチで汗を拭いながら小さく呟く。
ガーネも少し考えたように、わざとらしく踏み固められた道を見つめてから息を漏らした。
「…ガキの頃…母親と来たことがある。その時の足で、半日はかからなかったと思う。朝に入って昼過ぎくらいには着いてた記憶があるからな。2回目に来た時は、ここの魔女に連れられて来た。そん時は体感30分くらいだった。まぁ、ガキの頃の体感だから定かじゃないけど」
「え、えーと…入る場所、間違えたとか?それか道間違えたか」
「大樹海とは言え、地図の縮尺で考えたら西から東に直線で突っ切ったとしても半日かからない大きさだぞ。つまるところだ、わざと『迷わされてる』ってことだ」
ガーネは見たくなかったものを見つけてしまったと、盛大な溜息を漏らしながら自分の目の前の大木を指差した。
大木には、昨日付けた真新しい『一本の傷』と、その傷の横に『バツ印』が刻まれていた。
同じ木に、隣に傷を刻めばさすがにわかる。
つまり、そういうことだと全員が息を飲んだ。
しん、と静まった周辺に、こちらの様子を見透かしたように風もないのに木々がざわめいた。
「…ど…どうするの」
「うーん。…脅してみるか?」
「え」
ガーネはポケットからジッポライターを取り出すと、立ち上がって傷の入った大木に歩み寄った。そしていつもの『悪い顔』もといスメイラ命名の『クソガキ顔』で笑みを浮かべると、ジッポのフリントホイールを親指で弾いて乾いた火花を散らせた。
そのままあろうことか、大木にその火を寄せて樹皮を炙り始めた。
「わー!!!山火事!!!」
「うるせぇサイフィル、ここは山じゃなくて樹海だ」
「そういう問題!?お巡りさんが放火なんかしていいの!?」
「放火じゃねぇ、火炙りだ。そこんとこ間違えるな」
「ねー!!スメイラさんラズリちゃん叱って!!コイツ怖い!!」
「ごめん、アタシもスメイラも、IQ3になったクソガキには関わらないことにしたの」
そんな雑な会話をしていると、炙られた樹皮が捲れて逃げるように木の精霊が飛び出した。
「あ、逃げた」
「逃げるでしょ!?精霊様だよ!!?」
「でも俺の方が偉い」
「ごめんもう僕ガーネがわかんない!!」
一同は浮遊して周辺を飛び回り、あからさまにガーネを警戒するような様子の精霊を見上げた。
「遊ばれてるな、腹立たしい。お前もわからせるぞあの妖精みたいに。…まあ、妖精より上の存在だしなぁ、アイツはどうしてくれようか」
「君ほんといちいち治安悪いよね」
威嚇するように飛び回る精霊を無視して歩き出し、あまり意味が無いことを理解しつつも念の為ナイフで木に傷を刻んで印を付けて歩いた。
「ガーネ様の盟約術で、精霊様と契約して道案内のお願いは出来ないんですの?まあ…あの先程の精霊様はガーネ様が怒らせてしまったので難しいかと存じますが…誠心誠意お詫びすれば、なんとかお許しいただけないでしょうか」
「アレが怒ろうが泣こうが、精霊ごときに俺が頭を下げる理由がわからん。何度も言うけど精霊よりも地霊よりも、序列は俺の方が上だ。…とは言っても、樹海の生き物は全て魔女の支配下だ。そういう意味では使役も盟約も無理だな」
そして諦めたようにガーネは時計を見た。時刻はあっという間に16時過ぎ。そろそろ野営の設営をしないと、あっという間に夜が更けてしまう。
「…今日もここで終いだ、野営の準備だ」
昨日と同じように食材確保をし、女性陣には食事の用意を一切触れせずにガーネが夕飯の支度を整えた。
前の晩よりも些か質素に、焼き魚と簡単なスープのみの食事ではあるが、湯気の立つ食事に一同文句など一切なかった。質素になった理由は、昨日よりも食材が揃わなかったことと、サイフィルもアメジも敢えてあまり遠くには行かせなかったことが要因である。
食事を終え後片付けも済ませ、焚き木の周りで一同無言で佇んでいた。
二日目の疲労が顕著なのか一同暗い顔をしている。
ガーネは小さく溜息を漏らして呟いた。
「……やっぱり一人で来たほうが良かったな、しんどいだろ野営慣れしてねぇのに」
すかさずむっとしたのは、意外にもラズリであった。
「…あのね、舐めないでくれる?アタシらがアンタに着いて来るって決めて来てるのよ」
「そうだよ、それに体力オバケの君と一緒にしないで。私たちか弱い女の子なんだから」
「ババァが何を言ってやがる」
「そうよそうよ、ガーネ様あたしのこと抱っこして」
「ゴリラを抱く趣味はないと何度も言ったはずだぞ」
「ガーネお腹空いたよぉ」
「テメーはほんとうるせーな、お前なんかそこらの虫か蛇でも食ってろ」
いつも通りの返しに、どこか安心したのはガーネの方であった。
しかし、視界に入ったカルセの耳が揺れているのに気付いた。何かの音を拾っているのかとカルセに視線を向けると、カルセも不安そうに頭頂部の耳を垂れさせてガーネを見た。
「…なにかいます…」
カルセが音のした方向に視線を向ける。
まだ完全に日は落ちていないが、周辺は薄暗くなっている。
ガーネは銃を構えるも、入口の時と同じように弾かれた時のリスクを考えベルトに差したナイフに手を掛けて刃を起こして指先に挟んだ。
「スメイラ、明かり」
「わかった」
鞄から魔宝石を取り出し、軽く叩いて周囲を照らした。
かさかさと少し奥の茂みから音が聞こえてくると、ガーネは迷いなく音の方向にナイフを投げた。
「きゃ…!」
カルセが小さく悲鳴を上げてアメジの腕を掴み、アメジも杖を構えた。
「…へ、蛇?」
ガーネの投げたナイフの刺さった蛇が一匹死んでいたが、ガーネは慌てて立ち上がった。
「結界張れ!南にいる種類の毒蛇じゃねぇ!凍土蝮だ!!噛まれたら即死するぞ!!」
「と、凍土蝮って雪国にいる猛毒の蛇じゃん!一匹いたら百匹いるんでしょ!!?」
「群れが来る前に早くしろ!なにやってやがる!!」
ガーネが弾かれることも覚悟で、まだ音がする茂みに向かって銃を構える。
しかし、一向に結界が張られる気配が無い。慌てて振り返ると、カルセとアメジとラズリが真っ青な顔をしてガーネを見上げた。
「…け…結界が、…発動いたしません…!」
カルセのか細い悲痛な声が小さく響いた。




