170話「『ちょっとだけ』」
「クッソ…虫共のせいで日が暮れたじゃねぇか」
「妖精を虫呼ばわりするの、世界でガーネくんくらいじゃないかな…」
周辺が橙色に染まり始め、ガーネは小さく舌打ちを漏らした。
「仕方ねぇ、今日はここまでだ。野営出来る場所探すぞ」
「まだそんなに暗くないよ?夕方じゃん」
サイフィルが空を見上げ、まだ星も出ていない時分故にその判断をしたのが早いのではと不思議そうに首を傾げた。
「バカ野郎、暗くなってからじゃ設営も食料調達もなにも出来ないだろうが。死にてぇのか」
ガーネは真顔で返しながら、周辺の野営に適した場所を探すように川沿いを歩いた。
少し開けた平坦な場所を見つけると、ガーネは念の為周辺を見回してから指を差した。
「今夜はここで寝る。サイフィルは食えるモン探して来い、アメジは魚でも採っとけ。で、女どもは薪拾い。いいか、アメジの視界から外れる場所には絶対行くな。アメジ、コイツら視界から外すな」
それだけ端的に指示するとガーネは銃を握って弾丸の装填を確認した。
「はーい。アンタは?」
「俺は周辺見てくる、また魔獣でもいたらたまったもんじゃねーからな」
「結界でも張りましょうか?ガーネ様」
「いや、無駄なことすんな。ここは魔女の庭先だぞ。お前ら程度の結界、あの女にはシャボン玉みたいなモンだ。霊力も魔力も無駄遣いするな」
ガーネが周辺警戒に離れると、意外そうな顔でサイフィルが背中を見送った。
「なんかめっちゃ慣れてるね、ガーネ」
「とりあえず、さくっと薪拾いに行こう」
「みんな、遠く行っちゃ駄目よ」
ガーネの指示通り、女性陣は薪集め、サイフィルは食材探し、アメジは川に入り素手で魚を人数分以上と沢蟹や川海老などを捕獲していた。
少ししてガーネが戻って来ると、サイフィルとアメジによる思っていた以上の収穫に一同目を輝かせていた。
「食べるものいっぱいあってよかったよ、あ!ちゃんと『視て』るから、毒とか変な成分無いよ。安心して!」
「そこは誰も心配してねーよ。とりあえずその辺に薪くべろ」
ガーネがアメジに背負わせていた荷物からテントや調理器具などの野営用具一式を用意している間に、全員で薪をくべて調理スペースを含めて準備を始めた。
「……あれ、火つかない」
「貸してみ」
詰め所から持って来た着火用の魔法石を叩くも、湿気っていたらしく一向に火がつかない。ラズリとカルセで苦戦していると、荷解きを終えたガーネが背後から声をかけた。
手慣れた様子で薪をくべ直し、ポケットからジッポを取り出して火を灯す。先程周辺を回った際に拾ってきた松脂のついた小枝を混ぜ、ぱちぱちと火が大きくなるまで軽く扇いで火を起こした。
「すご、アタシ初めてアンタのことちょっと尊敬した」
「そらどーも。何かあった時にこのくらいは出来たほうが良いぞ、急に更迭されることもあるから」
「……その自虐ギャグ、あんまり笑えないんだけど」
「ははは、…さて、飯の支度でもするか」
ガーネの笑えない冗談はさておいて、純粋にラズリだけでなく全員がガーネの野営慣れした手際の良さを感心して見ていた。
そして食事の支度の声がかかると、女性陣が示し合わせたように顔を見た。
「アタシたちでぱぱっとやろうか」
「そうですわね」
「そうか、じゃあ俺はテントでも設営するからこっち任せた」
「ガーネ、僕もテント手伝う!」
女性陣とアメジで、きゃっきゃと楽しそうに食事の支度をしている声を聞きながらテントの設営を済ませたガーネたちであったが、ガーネは直後絶句することになる。
「………これは人の食い物か?」
どう見ても消し炭や、人が口にしていい色合いではない真紫色の謎の汁物、かつて魚だったと思わしき残骸が簡易机に並んでいた。
「ちょっとだけ失敗しちゃった」
「ほー。ならお前らこれ食えよ、責任持って。俺は死にたくないから食いたくない」
「ガーネ様。わたくし一生懸命作ったんです、このスープ」
「俺、真紫のスープ初めて見た、なんでスープが紫なんだよなに入ってるんだよ」
「アタシだってこの香草ときのこのソテー頑張って作ったのよ」
「そうか、加熱し過ぎかな。もはや原型留めてない炭じゃんこれ」
「まあ、みんなあんまり料理得意じゃないみたいだね。私も外で作るの初めてだから、魚ちょっとだけ焦げちゃったけど」
「お前がバツイチな理由がよくわかった、ケントと魚に謝った方がいいぞ」
「ガーネ様!あたし彩り良くしようと思ってお花添えたのよ!」
「炭に花手向けて供え物か?」
あんなに張り切っていた女性陣プラスアルファの料理の腕が壊滅的過ぎてガーネは頭を抱えた。いっそ一食抜いた程度で死にはしないが、野営慣れしていないメンバーのことを考えれば自分はさておいて食べられる時に食べさせておきたい考えが過る。
「サイフィル」
「なーにガーネ」
「お前、『毒』は一切効かないんだよな」
「?うん」
「じゃあお前はこの呪物の山を処理しろ、飯は俺が作る」
「えー、ガーネこそダークマター生成しそうじゃん、食材の無駄だよやめなよ」
「まず女どもにそれを言え!食材どれだけ余ってるんだ!?」
あからさまに不機嫌そうな顔でナイフを持つと魚の鱗を手早く削ぎ落として慣れた様子で数匹分三枚下ろしにし、サイフィルが拾ってきた大きめの香草に包んで火の中に入れた。舌打ちを漏らしながら残ったきのこ類と山菜類を刻んで沢蟹と炒め、同時に川海老とサイフィルが見つけてきた卵で汁物を作り、火の中に入れていた魚の蒸し焼きと共に机に並べた。
「わー!すごい!アタシ、あんなの食べなきゃいけないのかと思ってちょっとだけ嫌だったのよね!」
「わたくしも、ちょっとだけ失敗してしまったので一安心ですわ」
「私もちょっとだけ焦げちゃってどうしようかと思ってたのよ、良かったぁ、美味しそう〜!」
「ガーネ様の手料理食べられる日が来るなんて、エイミー感激しちゃう!」
「お前らが作ったモンだろが本来はお前らで責任持つんだよ!!なぁにが『ちょっとだけ』だバカ野郎どもが!!」
「でも女の子の作ったの、結構美味しいよ?」
「……一応聞くけど、お前らさ、俺のこと殺さないために着いて来たんだよな?なにこれ、暗殺集団かなにかか」
「わー、すっごい美味しい!」
「聞けよ!」
食事を終え、それだけで丸一日歩いた以上の疲労感にガーネはぐったりしていた。
さすがに食事の後片付けは問題なくこなす女性陣を眺め、深く盛大な溜息を漏らしながら魔力に惹かれて飛んできた害虫をライターで燃やして処理した。
「…今日はさっさと寝るぞ、女どもはテント使え」
「え、ガーネ僕は?」
「野郎はその辺にでも転がってろ」
ガーネは見通しの良さそうな場所に腰を落とすと、銃を右手に構えたまま腕を組んで休む姿勢を取った。
「…ガーネ様はお休みになりませんの…?」
「座ったまま寝る、心配すんな疲れたらサイフィルかアメジ起こして交代する。お前らもいいな」
「はぁい」
結局、ガーネは周辺を警戒して目を瞑ることはあってもほぼ一睡もせずに夜を明かした。
木々のざわめきが、酷く『わざとらしかった』からである。




