169話「ティエフ大樹海の眷属たち」
樹海に立ち入った直後は、空気感の違いに気付いた。
しかし、鬱蒼とした少し暗い入口を抜けて拓けた場所に出ると、景色が一変した。
「…………なに、……ここ」
樹海の中にも関わらず、妙に『手入れ』のされたような違和感。
風もないのに木は揺れて、道は踏み固められ、時折鳥の囀りのようなものは聞こえるが鳥の姿は見えない。
そして極めつけは、『ずっと見られている』ような閉塞感。
全員一様に、言いようのない恐怖感を覚えた。
「相変わらず変な場所」
空気感を知ってか知らずか、ガーネがさもなんでも無さそうな顔で小さく呟いた。
「……ガーネ、アンタ来たことあるの?」
「ガキの頃に二回だけな。サイフィル、荷物」
「え、あ、うん」
サイフィルが背負った荷物を下ろすと、ガーネは中から持参した地図とコンパスを取り出し、近くにいたスメイラに手渡した。
「ひっ!ガーネくんっ!大変ッ!!」
「あ?なんだよ」
「こここコンパスが…!!磁場が…!!」
「あー、こんな入口で狂うのか。使い物になんねーな」
スメイラが青い顔で手にしたコンパスを奪い取るとくるくると方角を探すように回るのを見て雑に鞄に放り込み直した。
「アンタどうすんのよ、方角わかんなきゃ迷ったら終わりよこんな森の中」
「大丈夫だろ方角くらい」
何故そんなに楽観的でいられるのかと突っ込みたい気持ちと絶望感とが絶妙に入り交じった感覚で、しゃがんで鞄の荷物を漁るガーネを静かに見下ろした。
視線を感じたガーネが怪訝そうに眉を寄せ、一同の顔を見上げる。
「…なに、俺囲まれてリンチされんのこれ。こわ」
「なんでそんな冷静なのよ!」
「だって別に方角なんざわからなくても死にゃしねーし。日が出てるうちは時計見れば南は取れるし夜は星を見て方角はわかる。…大体、俺を誰だと思ってんだ。位相管理官・律衡家の息子だぞ。俺が座標も結界も読んでるところ、散々見てんだろお前ら」
ポケットに押し込んだ懐中時計を取り出し、全員に見えるように太陽に短針を向けて文字盤をとんとんと指を差した。
「いいか、短針と12時の真ん中が南。となると必然的に反対が北」
「……へぇ」
「凄いですわガーネ様!どこで覚えられたんですの!?」
スメイラとラズリが感心したように小さく声を漏らし、カルセが感激したように目を輝かせた。
「一応警察とは言え衛兵の応援で遠征とかもあったし、野営もすることあるからな。このくらいは知ってる」
改めて荷物から簡易観測具一式を取り出し、座標と地図と先程確認した方角を確認する。
しかし、ここでガーネの眉が寄った。
「……地図の方が当てにならねぇかもしれねぇな」
「…と言うと?」
「昔と地形が変わってる。地図とちげぇ。……とりあえず、方角と大体の場所はわかる。日が暮れる前にある程度進むぞ」
ガーネはそのまま荷物を鞄にしまい直すと、改めてサイフィルに荷物を押し付け直した。
「ねえ重たい!ガーネ、交代で持たない?」
「持たない」
雑に吐き捨てるようにあしらいながら、ガーネはベルトの隙間に挟んだナイフを取り出して刃を起こし、入口近辺の一番大きな木に目印の傷を刻んだ。
一同は、踏み固められた道らしき道を進んだ。相変わらず音も無く、独特の閉塞感が続いていた。
ふと、川のせせらぐような音が聞こえ、さらに少し歩くと小川が見えた。
川の脇には樹海の外ではあまり見たことのない種類の花や草が茂っており、いかにも『異世界』のような雰囲気を纏っていた。
「わ、すごい!絶滅種の花!これも!」
さすが鑑定士らしく、サイフィルが川の傍に寄って珍しそうに草花を眺めた。
「…少し休憩すっか」
「そうね」
歩き始めて3、4時間は経過していた。
ガーネは休憩地点でも念の為木に目印の傷を刻み、周辺を見回した。
スメイラが敷物を敷き、その上に全員腰を下ろし一息つく。
「わたくし、おやつにクッキー用意してありますわ」
「あら美味しそう、これ駅前の話題のお店のやつじゃない、あたし食べてみたかったの」
カルセが敷物を敷いた真ん中にクッキーの包みを広げた。
「遠足かよ…」
そうは言っても多少の疲れはあり、ガーネもクッキーに手を伸ばして一枚頬張った。
「あ!またアンタ手も洗わないで」
「こんな外でどこで洗うんだようるせーな。あ、これ美味いじゃん」
クッキーを咀嚼しながら、あまり役に立ちそうもない地図を眺める。
果たして何年前のものなのかはわからないが、女王が『念の為』と持たせたものである。
ガーネ自身も基本一度通った道は覚えているため、余程のことが無い限り迷うことはないとは言え、樹海全体が魔女の管轄となれば話は変わる。
幼少の頃に一度だけ母に連れて来られた時と、母が『死んだ』時に来た以来の景色ではあるが、当時の足でも半日はかからずに南の魔女の居住する家には辿り着けていたはずであった。
ガーネは地図を畳んで小さく息を漏らし、空を仰ぎ見た。
「あ!まぁ!妖精ですわ!」
カルセが川の畔で浮遊する妖精を見てはしゃいだように声を上げた。一同それにつられるようにそちらを見ると、確かに妖精がいた。
「へぇ、珍しいな。都会じゃ見ねぇもんな」
「わたくしも拝見したのは200年ぶりくらいですわ、…ふふ、おいで」
そういえばコイツは360歳だったな、と改めて色々詐欺のような容姿を眺め、カルセが手を伸ばした先に誘われるように妖精が近寄ってきた。
「聖属性に惹かれてんのか、あんまり寄せ過ぎんなよ魔力吸われるぞ」
「はい、多少でしたら大丈夫ですわ。…うふふ、可愛らしい」
「えー!僕も僕も!妖精見たい!」
サイフィルが立ち上がって近寄ろうとするのを見たガーネは、むんずとその首根っこを掴んで阻止した。
「ぐえ!なになに!」
「お前はだめだ」
「なんでさ!」
「妖精が穢れる、可哀想だろ」
「なんでさ!!!」
「あーうるせぇ、ほらそろそろ行くぞ。日が暮れたら身動き出来なくなる」
ガーネが立ち上がり移動再開を促すと、カルセは妖精にクッキーを一枚差し出してから同じように立ち上がった。
「妖精って人間の食い物食うのか」
「ええ、魔力ですとか土地のエネルギーが主食ではありますけれど、木の実やきのこ含めてわりとなんでも召し上がる雑食ですのよ」
「へぇ…あんま餌付けすんなよ」
歩き始めてものの十数分後、異変が起き始めた。
「わっ!!」
「あ、…ぶねぇな、気を付けろ。なんで何も無いところで転ぶんだよ」
スメイラが突然何かに躓いた様子で転びそうになると、ガーネが慌てて手を差し出して身体を受け止めた。
「わ、わかんない…ごめん、ありがと」
スメイラ自身も首を傾げながら躓いたと思わしき箇所に目を落とすも、特になにも障害になるものはない。
「きゃん!」
続けてアメジの気の抜けた悲鳴が響き、ガーネはさも耳障りと言った顔で振り返った。
「今度はなんだ気色悪い声上げんな!」
「なんか頭の上に木の実降ってきたのガーネ様ぁ、エイミー頭怪我しちゃったぁ」
「心配すんなテメェの頭はずっとぶっ壊れてるよ!」
とは言ってもアメジの頭上に木など存在しない。
ガーネは眉根を寄せながら周囲を改めて見回した。
「きゃ…!」
「ラズリはどうした!」
「ブラジャー外された!」
「お前そんな平らな胸でブラジャーなんかしてたのかそっちの方が俺は驚いたよ!」
「アンタ殺されたいの!!?」
服の上からスメイラがラズリの下着を直してやりながら、得体の知れない阻害に不安そうに眉を下げてガーネを見た。
「ガーネく、うわ!」
「いて!」
狙ったように小石がガーネの後頭部目掛けて飛んできた瞬間、ガーネの目の色が変わったのをスメイラは見逃さなかった。
「落ち着いて!」
あからさまに苛立ったガーネが周囲を睨むと、腕を伸ばして何かを捕まえた。
「…え、よ、妖精さん…?」
カルセが驚いたように声を上げ、ガーネに捕らえられた妖精を見つめた。
「テメェらか、あぁ…そういやお前ら妖精は南の魔女の眷属だったな」
小さく舌打ちを漏らしたガーネと、ガーネに鷲掴みにされて怯えたように口をぱくぱくさせた妖精と、まさか仲間が『人間に』捕まるとは思っていなかった他の妖精が動揺したように周囲を浮遊した。
「なんで妖精がこんな悪戯を…?」
サイフィルが不思議そうに首を傾げると、他の妖精はサイフィル目掛けて花の種をぶつけて攻撃をして来た。
「いたたたた!なんで僕だけちょっとアタリ酷くない!?」
「おい」
ガーネの低い声が響き、妖精の動きがぴたりと止まった。
「お前ら妖精風情が、誰に舐めた態度取ってやがる。羽毟るぞコラ」
明らかにガーネの手元で『ぴゃっ!』と小さな悲鳴が響き、怯えて小さく震え始めた。
「お前は俺に石をぶつけたな。お前からわからせてやろうか、誰が上なのかを」
「ガ、ガーネ、その辺にしときなさいって」
ラズリがおずおずと小さな声で言うものの、もはや無駄そうなのは一目瞭然でかなり控えめであった。
「おいお前。毟られたくなかったら俺の命令に従え。魔女に伝えろ、『ハイチェラの息子が来たぞ大人しく通せ』ってな!」
苛立ち任せに鷲掴みにしていた妖精を投げると、周辺にいた妖精は一目散に飛び立っていった。
「…ったく、舐めやがって」
「僕…魔女よりガーネが怖いかな…普通妖精ぶん投げる…?」




