168話「魔女の棲む庭」
ヴェルトラウリ区の建物のひとつ、定期的に結界含めた設備観測のための詰所で、特務は一夜を明かす。
ガーネはなかなか寝付けずに何度か寝返りを打っては、小さく溜息を漏らした。
「さて、どうやってこじ開けようかね」
樹海は、魔女の領域である。
禁書庫の複雑怪奇過ぎる厳重な封とは、また難易度のカテゴリが異なる。
移動で一日使った。帰りのことを考えると、稼働可能時間は八日あるが、その時間を全て使えるわけではない。結界破り、樹海に入ってから、魔女探しとやることは多々ある。それを考えると、余裕を見て五日のうちに決着をつける必要があるだろうと考えた。
──── この遠征で、一体どこまで連中に俺を晒すことになるのか。
結界の問題とは別に、ガーネがあまり特務を伴いたくなかった理由のひとつでもある。
自分自身、完全に立ち直っているわけでは正直無い。しかし、現状『そう』であってしまってから19年の歳月が過ぎている。今更その事実は覆らない。
ふう、と大きく溜息が零れた。
「……まだ、嫌だな…」
小さく縋るように呟きながら、ガーネは無理矢理目を閉ざした。
翌朝、詰所で当座の食糧になるものを荷物に詰め込んでサイフィルとアメジで分担して担いだ。
「なんで僕らだけなの、なんでガーネは持たないの!?」
サイフィルの文句を背中に受けながら、ガーネはブーツの靴紐をきゅっとキツめに結び直した。
「……なんでって、逆に聞くけどなんで俺が荷物持ちなんて真似しなきゃいけねぇんだ。女にその荷物持たせるわけにもいかないだろ、ってなるとゴリラとパシリで分担するのが自然の摂理だろうが。頭使えバカ」
「えー!?」
「よし、行くぞ」
そもそも荷物の方が小さく見えるアメジと、荷物の方が大きく見えるサイフィルが先に行ってしまったガーネと女性陣を追いかけた。
昨夜と同じように足止めを食らった樹海の入口前で立ち止まると、ガーネはカルセの顔を見た。
「カルセ、念の為」
「はい」
カルセは小さく頷いてガーネの横で膝をついて、胸元の意匠を握り小さく祈りの言葉を呟いた。
数分祈りを捧げてはみたが、特に変化は起こらない。眉尻を下げて立ち上がると、申し訳なさそうに隣のガーネの顔を見上げた。
「申し訳ございません、やはり無理そうですわ」
「そうか、聖属性の理では開かない……と。次、ラズリ」
「こんな一人ずつやんないで昨日みたいにいっぺんにやればいいじゃない」
「いや、どの属性にどう反応するのか見たい」
「あー、ハイハイ。なるほどね」
ラズリはガーネの意図を理解すると、結界に手を触れて霊力を流し込む。表面だけ滑って、透過するような感覚は全く無い。ラズリは手を離してガーネを振り返り小さく首を振った。
「霊力も滑るのか。……フーン…おし、アメジ。最後かませ」
「はぁい」
アメジが愛用の杖を振り上げ結界に向けて振り下ろした。
ガン、と空間のどこからが物理的な音が聞こえた気もするが、フィジカル頼りに見えて杖にあしらわれた魔法石を媒介に魔力を注いで亀裂を作ろうとしていた。
しかしそれもまるで意味が無いように魔力が空間に散って行った。
ここまで『基本の理』が通用しないとなると、さすがに苛立ったように小さく舌打ちが漏れた。
「おい、退け」
ガーネは銃を樹海に向けて構えると、アメジとラズリは慌てて横に退けた。
「だからなんでアンタ突然IQ下がるのよ!」
「うるせぇ」
ラズリの声を無視して引き金を引くと、いつものように聞き慣れた銃声が樹海の中に反響するように響いた。
「危ねッ!」
何かに弾かれたように弾が跳ね返り、ガーネは慌てて身を逸らした。
「……あー、びっくりした」
「ほんとアンタ突然IQ3になるの嫌なんだけど!怖いんだけど!びっくりしたのこっちだから!!」
「…いや、待て。『通った』な」
「……え?」
ガーネが弾を撃ち込んだ箇所に、僅かに術式が露出するように滲んでいた。
「ほー、なるほど?俺の魔力には干渉を受けるか……開けるか」
「えっ、ガーネ、開けるって……どうやって?」
「ピッキング」
「え」
「ちょっと時間くれ、こじ開ける」
まずは結界の理論を晒して暴こうと、結界に触れて半ば無理矢理魔力を注ぎ込んだ。こういう時ばかりは無駄に魔力量が多くて助かったと他人事のように思いながら、ガーネは浮き出た術式を確認した。
「……読めない」
「アタシも」
無言になったガーネを一瞥してからアメジとラズリが術式を確認して眉を寄せ、この世界で一般流通している文字ではないとスメイラに視線を向けた。
「スメイラ、文字…読める?古語?」
「んー……、…いや、古語ですらないですね」
スメイラも小さく首を振り、念の為カルセとサイフィルへも視線を送るも、二人も同様に首を横に振った。
ガーネはそのまま空間に浮かんだ術式を指で一つずつなぞっていく。
「……ガーネ様?」
「わかった、認証式の術式だコレ」
「えっ?」
「認証して、認証外が来たら遮断……いや、こっちの式は排斥か。そんで……位相固定、侵入意思判定…と。基幹魔力じゃ通らんハズだ、そもそものこっちの理屈が通用しねぇ」
「……三分の一何言ってるかわかんなかったけど、どうするのガーネくん」
「三分の二理解出来たんなら十分だよ。『こっちの理屈』を通せばいいだけの話だ」
「魔女様の結界相手になに言ってるの、ガーネ様……え、どうしようラズリちゃん、あたしもしかしてとんでもないのと二人きりになろうとしてた?」
「そうよアメジ、今更気付いたの」
「ですがガーネ様、こちらの理屈を通すって…どのようになさるおつもりですの?」
ガーネはいつものように、悪いことを考えたような顔で笑みを浮かべた。
「うわ、出た。ガーネくんの『クソガキ顔』」
「なんだそのクソガキ顔って、わりと心外だな」
そう言ってガーネはその辺に落ちていた枝を拾うと、ガリガリと地面に理論を並べてメモをし始めた。
「……ガーネ、なにしてるの?なにそれ」
サイフィルがガーネの手元を覗き、他のメンバーも同じように地面に次々書かれていく魔法式を見つめた。
「さすがにこの複雑さは暗算じゃ無理だからな、基幹魔法ならイケるけど魔女の理屈には通用しない。まあでも任せろ、禁書庫ほど複雑じゃねぇ。三十分待て」
ガーネは一人ぶつぶつと呟きながら式の組み立てを行っていた。
その間、特務の人員は近くの草原で腰を下ろし、遠巻きにガーネを眺めていた。
「……魔女狩り、って言ってたけどさ。あながち嘘じゃないのかもね」
ラズリが小さくぽつりと呟き、木の幹に寄りかかった。
カルセも同じように隣に座りながら小さく頷いて息を漏らした。
「…魔女様に喧嘩を売るような真似、なさらないでいただければいいんですけれど…ああ、だから『俺を殺す人間が必要』と仰っていたんでしょうか」
不安そうに息を漏らしたカルセの肩を、ぽんとアメジが叩いた。
「大丈夫よ、なんのためにみんなで来たのよ」
そうこうしている間に、ガーネがおもむろに立ち上がった。
空間に手を翳し、指先で浮かび上がった術式の上から半ば無理矢理文字を書くような動作をし始めた。
それを見て全員、ガーネの元に駆け寄る。
「なにしてんの?」
「改ざん」
「……なんで、ガーネくんが言うといちいち不穏なの…?」
「うるせっての」
ガーネによって空間に書かれていく文字は、古語と古語ではない得体の知れない文字が混在していた。
「…俺の理屈と理論だ、さっさと『開け』」
見た目では、空間も景色もなにも変わらない。しかし、明らかに空気感が変わったのは全員わかった。
「よし、『俺の理』が通用してるうちに抜けるぞ」
そう言って、呆気なく樹海へと一歩進んでいくガーネを追いかけて全員で『ティエフ大樹海』へと侵入した。
ティエフ大樹海、ここは言わずと知れた『南の魔女の棲む庭』である。




