167話「ご機嫌と不機嫌」
南方面へは、以前使った軍用路線が通っている。
途中駅までは通常線であるが、途中から乗り換えで比較的早く南へは向かえる。
出立の謁見のあと、それぞれ着替えや最終の支度を揃えてから駅へと向かった。
ガーネは普段の官服ではなく黒のシャツに上着、細身のパンツとブーツ。スメイラは普段とさほど変わらないながらもいつもより少し動きやすそうなパンツスタイル。カルセは普段より少し裾の短い聖衣に編み上げブーツ。ラズリも普段のゴスロリスタイルは変わらずとも、いつもよりパニエで膨らむスカートのボリュームは抑えめで代わりにフリルのあしらわれたドロワーズを着用し、アメジとサイフィルは通常通りであった。
一車両丸々特務で貸し切りとなっており、一般客はいない。ヘルソニアから『いつまでも一等車とは言え通常車両を使うな、女王が安く見られる』と叱られ、それもそうかと押さえた席は、車両丸ごとが一つの個室のようになっていた。上級車両である。
広いソファ席で快適に一人で足を伸ばして寛ぐガーネに、一同無言で視線を送った。
ここ数ヶ月で見たことが無いほどに、機嫌が良かった。
「ねぇガーネ、機嫌いいね!」
相変わらず空気を読むのか読まないのかわからないサイフィルが、遠慮も容赦も無く特攻した。
一同は『やめろ』という気持ちと『良いぞ聞け』という気持ちが混在して無言で耳を傾けていた。
「あ?あー、普通じゃね」
そうは返したガーネだったが、表情こそいつもと変わらないながらも一緒にいる時間が多すぎてわかる。どこからどう見ても、ご機嫌そのものであった。
「なんでそんな機嫌いいの?ねぇなんで」
「うるせーな、野暮なこと聞くんじゃねーよ」
「…野暮!先輩聞いた?野暮って言った、野暮って言いましたよ」
スメイラが小声でラズリに訴えた。日頃淡々としている割に、わかりやすくゴシップ好きであった。
「聞いた、野暮って一体どこまで野暮ったのかしら」
ラズリも聞きたくない反面やはり興味には抗えずになんでもない顔をしつつ耳を傾けている。
「もしかして女王陛下のこと…、……抱いた……?」
────聞いた!
そうスメイラとラズリは顔を見合わせてワクワクしながらガーネへと視線を向けた。
当の本人はわかりやすく鼻で笑い、サイフィルにマウントを取るような目で視線を投げた。
「抱いてねーよ。まだ」
「待って!!抱いてないのに首があんなことになってるの!?なにしたの!?」
スメイラが我慢出来ずに声を上げた。興味関心には抗えなかった瞬間であった。
「しおらしかったからな、ちょっとわからせてやっただけ。……今食うのは勿体ないだろ」
「あの、陛下の首がどうされたんですの?」
一人だけ意味がわかっていないカルセがよりにもよってサイフィルに問いかけ、ガーネは壁に身体を預ける形で足を伸ばして寝る体勢を取っていた。
「で、ガーネ。樹海に何しに行くの?」
ラズリがおもむろにガーネに問いかけると、ガーネはラズリを見て小さく笑った。
「魔女狩り」
「え」
「はは、嘘だよ。……そも、会えるかどうかもわかんねぇ、リミットもある。会えなかったら帰る。あんまり王都空けらんねーしな、ヘルソニア様に託したとは言え」
本人は嘘とは言ったが、ガーネのこういった不穏な発言は往々にして冗談に聞こえないどころか大体事実になる。
本格的に寝る体勢で目を瞑ってしまったため、一同は既についてきたことを若干後悔し始めた。
魔女に会って、一体何をしようというのか。
機嫌の良いガーネと相反して一同の心はみるみる曇っていった。
夜に王都を発った一同であったが、ヴェルトラウリ区の駅に到着した頃にはすっかり翌日の夕方になっていた。
そこからは歩いて樹海へ向かう必要があるため、一同は遠くからでも視認出来る大樹海を目指して歩き出した。このままここで一夜を明かして朝に向かっても良かったが、期限もあるため一旦向かうだけ向かってみることにした。
「ヴェルトラウリまで軍用路線あるなら樹海まで通して欲しい…なんでヴェルトラウリなのさ、中途半端だよ…」
サイフィルの情けない訴えにガーネはちらりと振り返った。
「ヴェルトラウリには軍事拠点があるからな」
「…へえ、そんなのあったんだ。知らなかった」
「軍事拠点つっても、正確には位相観測拠点だな。俺の実家…実家っつーか、生家の設備のひとつだ。ヴェルトラウリはそれを隠匿する為の、疑似集落」
珍しく自分の出自に関わることを一つ漏らしたガーネに、一瞬しんと静まった。
「…ご実家のことを聞いて恐縮ですが、今は位相観測…どなたがなさってらっしゃるんですの?」
「さぁ?本家であるウチが死んでるんだから、ウチの分家の連中じゃねーのか。今は俺も姓が変わってるから詳しくは知らんしあんまり興味もない。やたらと歴史古いだけで、別に貴族でもなんでもねーし」
「そう、ですか…」
なんとなくそれ以上聞けずに、無言になった。
「あ、ねぇねぇガーネ様!ここ、あたしとガーネ様の運命の出会いを果たした場所ね」
「あー、なんか俺どこぞの変態に襲われそうになったわ。怖かった」
「あたしガーネ様に掌底一発で伸されたんだけど!!」
「人間脳みそは鍛えようがないからな。ま、お前はゴリラだけど」
「誰がゴリラだ!!」
もはやお家芸のようにアメジの地声での突っ込みが響き、空気が若干軽くなった。
しかし、相反して足取りはどんどんと重くなっていき、ついに樹海を前にして立ち止まってしまった。『あの時』と、全く同じであった。
「……まぁた結界かよ!ふざけやがってクソババァ…!」
目に見えない壁を力任せにガンと蹴りつけ、あれだけ機嫌の良かったガーネの機嫌が目に見えて悪くなった。
「お、落ち着いてガーネくん…」
「フン、まあいい。……お前ら、わざわざ着いてきたんなら存分に働け。ラズリ、アメジ、カルセ…念の為お前ら解除出来るか試せ。ついでにサイフィルも視ろ」
サイフィルの目で見て、穴らしいものは一切無し。
ラズリの霊力で突破、アメジの魔力で解除、カルセの祈りで浄化は一切出来ず、いきなり文字通りの壁にぶち当たってしまった。
「……いずれにしても、こんな深夜に樹海に入るのは自殺行為だ。入り方はちょっと考える、今日は一旦ヴェルトラウリの施設で一泊すんぞ」
「わかった」
深夜、月明かりに照らされた木々が、風に揺られてさわさわと音を立てていた。




