165話「弱くはない、それは強くみせるために」
「た、大変です!大変ですわ!!ガーネ様が、衛兵の方と、け、決闘を…!!」
「え!?」
朝、売店に新しい茶葉を買いに行ったはずのカルセがパタパタと走って特務室に飛び込んできた。
「け、決闘、ってなんで?」
「存じ上げません!衛兵の方数名と、剣を持って!物々しい雰囲気で!!助けてくださいまし…!!」
泣きそうな顔で訴えるカルセと共に、ガーネが衛兵と共に向かったという訓練場に全員で走って向かった。
大広間から抜けて一番近い訓練場のドアを開くと、見物席のようなスペースに出る。状況がわからないので一旦は全体を見渡せるところの方がいいとスメイラの判断でそこから訓練場へと入った。
どういう戦い方をしているかわからない以上、万が一巻き込まれでもしたら事である。
ガン、と鈍く堅い音が響き、カルセが小さく悲鳴を上げた。
「ガーネ、踏み込み甘い!」
「ハイ!」
「脇締めろ!ガラ空きだぞバカタレ!」
「あッ…ぶね!」
「…え、あれ?」
「……ガーネと…衛兵さん、だよね?」
スメイラが決闘とは程遠い雰囲気に首を傾げて場内を見下ろした。サイフィルも同じように首を傾げ、様子を伺った。
シャツ一枚で訓練用の剣を握り、衛兵の一人と剣を交えている。
傍には衛兵長が腕を組んで見守っており、スメイラたちの視線に気付いた様子で顔を上げると笑いながら手を振っていた。
「おら!どうした、昔のお前はもっとえげつなかっただろー、が!」
「う、る…せぇな!!」
ガツン、ガン、と連続して剣がぶつかる。剣幕に少し怯んだカルセがスメイラの袖を握って不安そうに視線をガーネへと向けていた。
「…あれ、決闘では無さそうじゃない?」
アメジが小さく呟きながら、ガーネの様子を見下ろした。
「おーいガーネ、まぁた左脇お留守だぞ、右脇庇いすぎだ」
衛兵長が欠伸混じりにガーネのクセを指摘しながら野次を飛ばし、特務のメンバーに向けてこっちへ降りて来いとでも言うように手招きをした。
スメイラたちは顔を見合わせて、階下である訓練場内へ降りていって衛兵長の隣へ並んだ。
「お、おはようございます」
「おー、おはようさん。なんだあのガキの見物?」
「いえ…あの、決闘と聞いて…」
スメイラがカルセをちらりと見て勘違いを暗に訴えると、衛兵長は人の良さそうな顔で笑った。
「ハハハ、決闘はよかったな。…ほらガーネ!左!んな振り方したらすっぽ抜けんぞ!」
「ハイ!」
衛兵長の声にガーネの短い返答が戻り、それとほぼ同じく再び堅い音がぶつかった。
そこから数分打ち合った後、衛兵長の声掛けで静かになった。
「…ハー、しんど…お前どこが鈍ってんだよ、まぁ鈍ってると言えば鈍ってるけど」
「そっちこそ、昔より腕落ちたんじゃないっすか」
「なーにをお前」
「…ありがとうございました」
「いやぁ、お前の太刀筋変わんなくてある意味安心したよ、クソガキ感強めで」
「うるせっての、なんだよクソガキ感って」
珍しく息を切らせたガーネがシャツの袖で汗を拭い、握っていた訓練用の剣を控えていた新兵に渡して衛兵長の方を見る。
「なんでお前らまでいるんだよ」
「カルセさんが『ガーネ様が決闘してますわ〜』って」
スメイラがカルセをからかうように肩を竦めて言うと、顔を真っ赤にしたカルセがぽかぽかとスメイラの肩を叩いた。
「だ、だってガーネ様のお顔怖かったんですもの!」
「そりゃ地元のゴロツキ半殺しで病院送りにするキレた少年時代過ごすだけあるもんな、ガーネ」
「うるせーよ先輩」
ガーネと打ち合っていた衛兵、役職は二番隊長の男が笑いながらガーネを小突いて煽ると、ガーネは彼に対し『先輩』と返していた。
どうやら衛兵長と同じく旧知の仲らしい。
「じゃ、俺戻るんで。先輩、教官ありがとうございました」
「あんまり無茶すんなよ、脇腹気にしてんのは良いことだがそこのちっちゃいネーチャンに俺まで怒鳴られたくないからな」
「俺だって嫌なんだけど、コイツおっかねーもん」
ガーネは脱ぎ捨てた官服とネクタイを拾いカルセに向かって放り投げると、すたすたと特務室に向かって歩き出した。
「し、…失礼します」
一同はペコリと頭を下げてからガーネを小走りで追いかけていった。
近くの水道で頭から水をかぶったガーネは、雑に手で水を拭ってから小さく息を漏らした。
「アンタなに急に『決闘』なんて」
「ら、ラズリさんまでやめてください〜!!」
「なんでカルセは決闘なんて思ったんだか」
特務室に戻り、ラズリからタオルを受け取り頭を軽く拭いながらカルセを見た。
「もうやめてください…!」
カルセが勘違いをいじられると顔を真っ赤にして持っていたガーネの官服で顔を隠した。
「ま、これがカルセじゃなくてサイフィルの勘違いだったらぶち殺してたけどな、うるせーから」
「とばっちり!!」
カルセからネクタイと官服を受け取り身なりを整えると、どっかりと腰を下ろした。
「あー、しかしマジで身体鈍ってたな。めっちゃ疲れた」
怠そうに足を組んで背凭れに寄りかかり、右腕を軽く振って若干の打ち合いの名残のような痺れを誤魔化した。
「で、ガーネくん。またなにかあったの?」
「またってなんだよまたって」
スメイラの言葉に些か顔が引きつったガーネだったが、丁度全員が揃っているタイミングだし丁度いいかと小さく息を吐いた。
「ちょっと旅に出ようかと思って」
「……ハァ?」
何を言っているんだと言わんばかりに呆れた声を漏らしたのはラズリである。
スメイラは前日の話しかと察し、ちらりと一瞬だけアメジを見た。
アメジの方は意外にも、珍しく無言で手元を眺めていた。
「ま、旅は冗談だ。…諸々の調整が済み次第、暫く王都を離れる。お前らは留守番」
「……なんでですの?どちらに行かれますの?いつから、どのくらい?いつお帰りになりますの…?」
「順にちゃんと話す。全員座れ」
不安そうに目を揺らしたカルセとサイフィルが互いに目を合わせ、ラズリはどこか不機嫌そうにそれぞれ着席した。
「いつから行くかはなるべく早めに、調整が取れ次第すぐ。期間は早くて五日、長くても半月では帰って来たいとは思ってる」
「ガーネくん、行き先は」
「…国境付近、南・シュデン区。ティエフ大樹海」
「ティエフ大樹海…!?そんなところ、何しに?」
「お前らも知っての通り、均衡の連中が俺の属性判定をして来た。幸いギャラリーも大勢いた、連中の耳にも俺の盟属性は届いてんだろ。次に仕掛けられる前に先手を打つ必要がある。遅れを取って怪我もしたくないし、怪我をさせたくない。そのために必要な第一段階だ」
「それがなんで樹海なんて行く話になんのよ、アンタあそこがどういう場所かわかってんの?」
「おう、よく知ってる。まずは第一段階に必要だから行くんだ。同行者はアメジのみ」
そこで初めてガーネはアメジへ視線を向けた。いつもの茶化した態度ではなく、真面目な顔で頷いた。
「ね、なんでエイミーちゃんだけ?僕は?なんでみんなで行かないの?エイミーちゃんだけの理由は?」
「万が一、俺が制御不能になった時に『俺を殺せる』のがコイツだからだ」
しん、と室内が静まった。
昨日の『面談』はこれだったのかと、全員がそこで理解した。
「聞いてない!私、そこまでは聞いてない!」
スメイラが珍しく声を荒らげて机を叩いて立ち上がった。
「話してねーもん。…俺を殺せるのは、アメジかラズリだけだ。スメイラもカルセもサイフィルも、出来るのか」
「そ、それで、ラズリ先輩の名前を出したの?昨日」
「そうだ。だがラズリは特務の運用には必要だ、だから置いていく」
再び室内が静寂に包まれ、実際に聞こえる訳ではないもののそれぞれの鼓動の音が響くかのように体内で大きく脈打っていた。
「…認めない」
「スメイラが認めなくても決めたことだ」
「陛下は!?なんて仰ってるの!?私に話したあとちゃんと許可もらったんでしょうね!!」
「さぁな、まだ話してない」
「話してないのに、こんな大事なこと独断で決めてるの!!?」
「昨日も言っただろ。ここで均衡の連中に対して遅れを取る方が、国にとって問題だ。あの人はその判断は違えない。俺はあの人の『王として』の力量と判断は信頼してる」
スメイラは頭を抱えて深く溜息を吐きながら座り込んだ。
何度目かわからない静寂に、カルセが切り込んだ。
「…ガーネ様、確認ですが…『死にに行く』おつもりですの?」
「バカ言え、んなわけあるか」
「死にたくはないんですわよね」
「当たり前だろ」
「でしたら、わたくしも同伴いたします。死にたいのであればお止めしません、死にたくないのであればわたくしは必要なはずです。ガーネ様は一番よくわかっていらっしゃいますわね」
「……」
黙り込んでしまったガーネの隙をついたように、カルセに続いてラズリもきっぱりと口を開いた。
「ならアタシも行く。アンタ、アメジに殺させるのはいいとして、死体の保存は?運搬中のアメジの警護は?怪我とかで済んだとした場合の生かして帰る役は?アメジ一人じゃ無理」
「なら僕も行くよ、だって道中のトラップとか僕の目が必要になるでしょ?あんなに僕の目あてにしてるんだからさ、いないと困ると思うよ」
「…そうね。あたしも、よく考えたらガーネ様のこと殺せたとしても絶対無傷じゃ済まなそうだし。エイミー怪我で樹海で死ぬのなんて怖くて耐えられない、みんないた方がいいわ」
「ガーネくん。…分散した方が、危険だってわからない?そんなの聞かされたら、私も行かないわけにはいかないよ。ガーネくんが使い物にならない時、誰の頭が必要?私の頭は必要でしょ」
────だから、嫌だったんだと自覚した。
人を信用すると、自分が『弱い』と実感する。必死に強がっていた虚勢が全て剥がされそうになる。まだ、そういう姿は誰にも見せたくない。
全員の視線が妙にぬるくて、ぬるま湯に落とされたような感覚にうんざりする。
自分は決して強くはないことは知っている。だからこそ、『弱くはない』と自分に言い聞かせてきた。
思わず胸の奥が詰まりそうな感覚に支配され、声が詰まった。
「…みんなで行くよ、ガーネくん。いいね?異論は認めません。君を一人にしたら、何しでかすかわかんないんだから」
「………ああ、もう…好きにしろ」
深い溜息と共に吐き出した言葉は我ながらわかりやすく震えていた。
それが溢れないように、わざと天井を眺めてもう一つ小さく溜息を漏らした。
ほんの少しだけ泣きそうになったことを、誰も茶化しはしなかった。




