164話「衛兵長と統裁官」
その日の夕方、ガーネは珍しく机の上を早々に片付けた。
「悪い、今日は俺先上がる、適当にお前らも上がれよ」
「えっ」
こんな時間にガーネが退勤するなど、見たことがなかった。いつも大体一番にいて、一番最後に出ることが多かったからである。
「ガーネ様、お加減でも悪いんですの?」
カルセが心配そうに声をかけるも、ガーネは官服を脱いで椅子の背凭れに雑に投げた。
「デート」
「え」
「なんてな、嘘だよ」
「ガーネくん、どこ行くの?何かあった時に困るんだけど、城内にはいる?」
スメイラの懸念も尤もであった。しかし行き先は特に決めておらず、ガーネは少しだけ考えるように腕を組んだ。
「うーん…まぁ『なにか』あれば初報は陛下の耳にも入るし、多分今も俺の会話聞いてんだろ。ほんとに何かあれば、あの人が呼ぶんじゃねーの。多分。知らんけど。『呼ばれればわかる』から心配すんな」
「……ガーネくんと陛下のそれ、一体なんなの」
「知らん。魂座標固定された後から呼ばれたらわかるようになっただけだ。ま、犬だし俺」
じゃーな、とひらひらと手を振って立ち去るガーネを、唖然とした顔で見送った。
「…別に、早く上がるのは全然良いんだけどさ、…陛下のこと便利扱いしてない…?あの子なんなの…あんなに距離置いてる癖に…」
スメイラの呆れた呟きに、ラズリがスメイラの隣に立って小さく呟いた。
「アタシ思うんだけどさ、完全に好き避けじゃないのアレ」
「…やっぱり先輩もそう思います…!?」
衛兵詰所の扉を開くと、見知ったガーネと同年代の衛兵が気付いて声をかけてきた。
「統裁官様!お疲れ様です!」
「お疲れ。衛兵長いるか」
「はい、お待ち下さい…えーと、あ!衛兵長!」
「なんだ、…ってガーネ、じゃねぇ統裁官」
「はは、制服脱いで来てます。……飯、行きませんか。上がりでしょアンタ」
「なんで知ってるんだ」
「シフト入手したんで」
「抜かりねー小僧だな。ちょっとだけ待ってな」
ガーネと同じように制服を脱いだ衛兵長と共に、城下の個室のある居酒屋に入った。
「……お前まだ酒飲めねーの?」
「飲めますけど、まずいんで俺はジュースがいいです」
「んじゃ、生とオレンジジュースで。あと適当につまみ何品か」
店員に適当に注文を通し、ガーネはネクタイだけ雑に緩めた。
すぐに飲み物と一緒にお通しが配膳され、ガーネと衛兵長は適当にグラスを合わせて互いに一口中身を飲んだ。
「…げ、草…」
「まーだその好き嫌いの多さ直ってねぇのか」
「教官、これあげます」
「はいはい、…特務のオネーサンたち、大変そうだな」
ガーネに押し付けられた小鉢を受け取り楽しそうに笑いながらからかうも、すぐにガーネは渋い顔をした。
「…ウチの女連中、『お母さん』ですよアレ。やれ『手洗いうがいをしろ』だの、『好き嫌いするな』『すぐ喧嘩を買うな』『ソファじゃなくてベッドで寝ろ』だのと。口喧しいのなんのって。男連中はバカみてぇなことしかしないし」
「アハハ、楽しそうで何よりだ。ま、お前のこと信頼して慕って集われてんのは見てたらわかるよ。お前もそうだろ?」
「……そう見えますか」
ガーネはほんの少しだけ、不服そうな顔で目の前の男を見た。
自分の『部下』が、自分を慕っているとは到底思えはしなかった。しかし、嫌われているかというとそういうわけではないなということも最近うっすら理解したような心持ちもある。それは自分自身も同じで、基本的には人を信用も信頼もしないで生きては来たが、存外特務の人員に対して信を置いていたことは否定出来ない。
人を信用することで弱くなったな、と思ってしまい、そうしたくなかったのが本音であった。
「こないだの結界杭の公園の件もよ、更迭まがいの処分の話しから俺ンとこにも色々耳に入ってるよ。……ま、陛下の言い方はさておき、お前も昔から額面通り言葉受け取るからなぁ。……知ってるか、お前のこと寵愛人事って言われてんの」
「んなもんとっくに知ってますよ。だからこんなにあくせく働いて、くだらねーこと言わせないようにしてんだろ。……なのにあの女……誰を掴まえて更迭とか、…教官だから言いますけど、わりと落ち込んだんですよ俺。結構頑張ってたつもりだったんですけど、『役立たずだったのか』って」
ガーネは思い出して意外と腹に据えかねていたらしい感情を素直に吐露しながら、目の前に配膳された唐揚げをひとつ摘んで口に放り込んだ。
衛兵長も同じようにガーネに押し付けられた青菜のお浸しを口に運び、そのままジョッキを傾けて喉を鳴らして一息ついて目の前のガーネに視線を向けた。
「……だろうな、お前の性格考えるとそう思ってたよ。でも、お前がぶっ倒れて…特務のちっちゃいネーチャンが陛下に怒鳴り散らしてたのは把握してんのか?」
「あーまぁ、意識無かったんでうっすらですけどね。めっちゃ怒鳴ってたのはなんとなく。アレ、陛下相手に怒鳴ってたんスか。相変わらず気ィつえー女」
「そん時陛下、泣くんじゃないかってくらいの声で『妾が間違ってた、ガーネを死なせないでくれ』って訴えてたんだぜ」
「…………へぇ、そっすか」
────そんなことは、誰も言っていなかった。
ガーネは初めて知った事実に目を見開き、色々と漏れ出そうになった言葉を飲み込むようにグラスのジュースを飲んだ。
そして、女王の最近の態度のあれは『しおらしかったのか』と、そこでようやく理解した。
「ま、その後北門での不審者でお前が色々指示出ししてたな。アレには参ったぜ。やる男だとは思ってはいたけど、あれ程かって。多分あの場にいた全員そう思ったはずだ」
「あー、でもアレももう記憶断片的なんですよね。直前にラズリがめっちゃ怒鳴ってるなーってのはうっすら聞こえてて、『犬は臥せたか』でなんかイラッとしたのは覚えてます。…あと、教官の顔見えたのもなんとなく、それと……連中に俺のことストーカーさせねぇようにヴェルトラウリ区の結界閉じさせる命令したのも覚えてます。色々腹立ったんで」
「苦労が絶えない男だなーお前も、昔から。あのキレてヤンチャしてた小僧が一端の警察官になったと思ったら大抜擢大栄転だもんな」
「はは、まぁ、『寵愛人事』とか言われてっけど」
衛兵長が空になったジョッキを置いて二杯目を注文し、新しいものが届いて受け取るとそのまま半分ほど流し込むように一気に飲んで、どんとテーブルに乱雑に置いてガーネを真面目な目で見つめた。
「……んで?飯なんかに誘って、どうしたんだガーネ。愚痴言いたいだけじゃないんだろ」
「…さすが。……衛兵長。正式な調整はこれからなんですけど、しばらく王都留守にします。特務の方はグリウに任せてるんで、面倒見てもらえますか」
「なんだ、また更迭か。異界対策は俺には無理だぞ」
「更迭じゃねーよ。そこは抜かりなく。筆頭魔導師と筆頭巫術官にはもう話し通してあります。ただ、配置指示とかはウチのグリウの得意分野じゃない、建前はアイツで据えますけど……って言ったら、わかりますよね」
「ガーネ」
「なんすか」
「死ぬんじゃねーぞ、気を付けてな。留守は任せとけ」
「冗談でしょ。それウチのにも言われましたけど、死ぬ前提で行くなら行きませんて。俺もう少し生きていたいし死ぬの普通に怖いんで、嫌ですよ。俺は英雄でもなんでもないですし」
ガーネはいつもの挑発的な顔で笑って見せてから、焼き魚の乗った皿を衛兵長の前に置いた。
「教官」
「なんだ」
「魚の骨、取ってもらっていいッスか」
「……このクソガキが」




