163話「上司の顔」
翌朝、いつも通りのような朝が始まる。
ラズリはガーネに買わせるつもりで雑誌を眺め、強請るドレスを吟味しており、隣でアメジが「やーんこれ可愛い〜」といつものように『ガールズトーク』をしていた。
「ガーネ様、あたしもドレス買ってぇ〜」
「やだね、俺は顔が可愛い女には買ってやるけど野郎に服を買ってやる趣味は無い」
「……へえ。アンタ、アタシの顔可愛いと思ってんだ」
「は?普通に可愛いだろ」
「…………」
ラズリは面と向かってガーネが顔を素直に褒めて『可愛い』と言うとは思っていなかったらしく、雑誌を手から滑り落とした。
「ラズリちゃん、意外とガーネそういうのしれっと言っちゃうよ。スメイラさんのこともカルセちゃんのことも普通に『可愛い』『綺麗』って言ってたし。ねえ?」
サイフィルがガーネを見て首を傾げて問い掛けた。
ガーネも何がそんなに意外そうにされたのか意味が分からなそうに眉を寄せてペンを置いた。
「可愛い女に可愛いって言って何が悪いんだよ。まあ、ブサイク相手に『お前ブスだな』はさすがの俺も言わねぇけど……ラズリの顔はそこらのモデルより全然可愛いと思うけど?性格はクソババァだけど」
「うわ、アンタがそういう事女の子相手に言うの意外過ぎた。確かにアタシは可愛いわよ、そんなの自分で知ってる。けどアンタ女の子のことちゃんと褒めなそうでしか無いじゃない」
「あー、確かに。言わなそうだから私も容姿褒めてくれて普通にドキッとするよりちょっと引いた」
「なんでだよ」
スメイラも褒められたことを素直に受け取れなかったらしい過去をラズリにぽつりと漏らし、ガーネはますます意味がわからなそうに眉を寄せた。
「わたくしは可愛いとおっしゃって頂いて嬉しかったですわ」
カルセも室内の整頓をしながら思い出して照れたように顔を赤らめ呟くのを見て、何故かサイフィルまで張り合い始めた。
「ガーネ!僕は!僕は!?」
「雑魚。お前なんか可愛くもなんともねーよ失せろ」
「なんでー!!」
「ガーネ様あたしは?うふっ」
「ゴリラ」
「誰がゴリラだ!!」
オチのようにアメジが野太い声で返答をして、呑気に笑い声が響く中、ガーネは至って真面目な顔で品定めをするように一同を眺めていた。
「……アメジ、少し話がある。時間を取れ」
「?なにかしら」
「会議室来い。……スメイラ、少し頼む。緊急以外は戻るまで誰も寄せるな」
「わかった」
「……?」
ガーネが特務の誰かをこういった形で呼び出したのは初めてのことで、一同は不安と疑問に首を傾げた。
サイフィルのように喧しくはあれどしょうもないやらかしをするタイプでは無いため、説教という可能性も低い。
アメジは少しだけ不安を抱きながら、部屋を出て廊下を歩くガーネの後ろ姿を見つめた。
無人の会議室の扉を開き、いつもは適当に入口も奥も関係なく腰を下ろすガーネが珍しく真っ直ぐに奥の席へ進んで腰を下ろした。アメジは扉をパタンと閉めてから改めて室内を振り返る。
「座れ」
顎でしゃくるように自分の目の前の席を差したガーネに促されるまま、アメジは椅子に腰を下ろした。
普段とはまた違う『上司感』にアメジは若干困惑しつつも、普段のように茶化すことはない。
ガーネは真っ直ぐにアメジを見つめて口を開いた。
「近々に、数日俺は王都を離れようと思う。早急にやらなきゃいけないことがある、それの第一段階だ」
「……え?任務、それとも公務かしら」
「七割公務、一割任務、二割私用だ。本来であれば一人で行くつもりで支度をしてたんだが……連れて行くならお前だけ連れて行こうと思っている。俺の護衛は必要ない、お前には護衛を求めていない。……それがどういう意味か、理解出来るか」
「…………わかるわ」
「そうか。一応聞く、『出来る』な?」
「必要なら」
「…ふ、そう返して来ると思ってたよ。昨日の俺に苦言を呈して来た時点で俺も腹が決まった。正式な命令は各所調整がついてから下す。そういうつもりで、支度をしておけ。それまでは口を滑らせるな」
「わかりました。……ガーネ様、『そうならない前提』で、いいのよね?」
「当たり前だ。そうなる前提で動くならそもそも俺も行かねーよ、めんどくさいし怖いだろ」
「それ聞いて安心したわ」
連れ立って特務室に戻る廊下は無言だった。
アメジは『そうならない』ように、護衛はいらないとは言われはしたがいつもと同じでは駄目だと小さく心の内で決意を固めた。
特務室へ戻ると、サイフィルのいつもの調子の「エイミーちゃん説教!?」という野次が飛んだが、今日のガーネはそういう雰囲気を真っ向から壊した。
「スメイラ、次お前。今時間取れるか」
「……え?う、うん。はい」
「よし、じゃあ今来い。先会議室行ってる」
それだけ行って先に出てしまったガーネを追いかけるように、スメイラは慌てて机の上を簡単に片付けてから席を立った。
「な、なんの話…?」
「…わかんない、とにかく行ってくるね」
「…エイミーちゃん、なんの話だったの?」
「ん?うふふ。なーいしょ」
こんこんこん、とノックをしてスメイラは会議室に入った。
先程と同じようにガーネは先に奥の席へ座っており、無言で自分の前の席を指差した。
スメイラはそのまま着席して、ガーネをまっすぐに見つめた。
「今後の運用についての話だ。近々で、数日王都を離れる。留守番とその間の特務の指揮をお前に任せたい」
「……何日くらい?」
「まだ流動的だが、あまり長く空けるつもりはない。短くて往復の移動も込みで5日、長くて半月程度」
「同行者は?」
「今んとこ、連れて行くならアメジだけのつもりだ」
そこでスメイラは、先にアメジが呼ばれた理由を察した。少しだけ考えるように口元に手を当て、ガーネに視線を戻して口を開いた。
「…ふーん……追加同行者は?」
「……まだ検討中だが、ラズリ。ただ、こっちの運用と戦力考えると残しても置きたい、…かな」
「かなって。まだ確定してないの?」
「アイツは置いてった方が回るだろ。お前にまた泣かれても困るし」
「泣かないわよ!…正式に決まるのはいつ?」
「さてな、まだ各所調整もこれからだし、陛下に表面上の許可も取り付けてない」
「え、許可も無いのに勝手に言ってるの?」
「…俺はあの人の『王』としての力量は信頼してる。これは必要なことだ、却下はしない。だけど俺にも向こうにも建前はあるからな、それを全部やってからだ」
「……そう、わかった」
「アメジにも言ったが、俺から正式命令を出すまでは一旦胸の内にしまっておけ」
「…はい」
「衛兵含め、各所調整はしておく。安心しろ」
戻るぞ、と促されスメイラはガーネに並んで、無言で廊下を歩いた。




