161話「雑な反省をして悪いことを考えよう」
ガーネの呼びかけに応じたはずの地霊は、ガーネに従う素振りも見せずに『格の違い』をみせつけるかのように暴れた。
足元の石畳が不規則に軋み、低い唸りのような地鳴りが辺りを震わせる。地面に亀裂が僅かに走り、明らかにガーネを威圧していた。
真名を使えば、もっと深く、確実に縛れた。
序列も無いような格下相手にそんな重い契約を切る気も、この場で特務にも明かしていない真名を使う気も、さらさらなかった。そも、『下位地霊程度』に真名など要らない。
しかし注いだ魔力が大きかったせいか、『自分の器』の問題か、想定よりも位の高い地霊が釣れたようでガーネはほんの少しだけ面倒そうに眉を寄せた。
戸籍上の名で済ませた分、盟約は浅く、地霊もまたこちらを値踏みした。
しかし、ガーネはそれをあしらうように鼻で笑った。
「地霊風情が、誰を値踏みしてやがる。召喚も契約も、主は俺だ。…頭が高い。勝手に暴れるな、俺はそれを許可してねぇぞ」
ガーネが上位地霊の圧を上回る圧で低く言い、本能的にまずいと悟って動けなくなった均衡教徒三人を悠然と指差して命令をした。
「盟約によって命ずる。上位地霊、黙って連中を始末しろ。俺に従え」
ガーネの『命令』によって、均衡教徒の足元が割れて一人の足を捉えた。反射的に逃げようとした残りの二人を、まるでからかうように地割れが追いかけ回し、その地割れによって崩れた盛土が地滑りのように残りの二人を捉えて押しつぶした。
生き埋めの二人は、確認するまでもなく圧死か運良く今の時点で生きていたとしても、じわじわと窒息死だろう。
足を取られただけの一人が真っ青な顔で歯を震わせてガーネと土の山を交互に見た。
「おーおー、随分趣味のいい制圧の仕方してんじゃん。ご苦労さん」
ガーネは言葉にしなくても『自分の意向』を読んで動いた地霊に満足そうに笑って労いの言葉をかけた。
「契りを解く。還れ」
低く告げると、足元を軋ませていた重圧が嘘のように引いていった。
直接言葉で命じた訳ではないが、ガーネの意向通り『女王を愚弄した』男のみ殺さず足を捉えさせたまま生かしていた。
こつこつと靴底で地面を叩くような足音が静かに響く。
いつの間にか野次馬も、近くで包囲していた衛兵も、特務の人員でさえ、誰も何も発さなかった。発せなかったのかもしれない。
ガーネは右手に構えたままの銃をゆっくりと男に向けた。
「…先の発言、王に対する明白なる不敬と認定する。よって、王命執行最高責任者兼異界対策統裁官として、貴様をこの場で処断する。異議、弁明、いずれも認めない。己が不敬を悔いたまま果てろ」
冷ややかな眼差しのまま、銃口を男の胸元へ据えてガーネは一切の躊躇無く引き金を引いた。
「…現場処理は衛兵へ引き継ぐ。死体の確認、所持品の検分、身元照会を行え。記録は均衡教徒事案として提出しろ」
「……は、承知いたしました」
「現場の封鎖はそのまま維持、野次馬も片付けろ。…おい特務、引き上げるぞ」
城へと帰る道すがら、カルセがおずおずとガーネの隣に立って声をかけた。
「…ガーネ様」
「どうした」
「な、なぜ…上位の地霊様をお呼びになったんですの…?」
ガーネはその問いかけに足を止めた。
それにつられるように全員足を止め、ガーネに視線を向けた。
「………間違えた?のかな」
「…え?」
「間違えたっつーか、注ぐ魔力量が『ちょっとだけ』多かったのか。その割に俺も真名で縛ってたわけじゃないから、まあ暴れられたわな。初めてやったんだけど難しいな。次はもっと頑張ろうと思う。反省」
「…ガーネ、アンタ…最近反省雑じゃない…?」
「反省した振りくらいしとかねーとウチの女連中皆おっかねーし」
特務室に戻ると、ガーネは少しだけ考えてから装備を片付け衣服の埃を軽く叩いて払った。
「案件が案件だからな、さすがに今日はさっさとこのまま報告行ってくる。追加報告上がってきたらスメイラ受けて処理しといて。あと全員スメイラの指示に従って後処理」
「わかった」
ガーネが特務室を出て女王の執務室へ向かうと、それぞれは後処理に動き始めた。
*****
こんこんこん、というノックを聞いて、ディアマントはドアを見て短く返事をした。
「……入れ」
「失礼いたします。ご報告に上がりましたがお時間よろしいでしょうか」
「構わぬ、聞こう」
ガーネが女王の執務室を訪れると、何故か女王はそのまま立ち上がりソファへ移動して来た。
着席したのを見計らい、また「座れ」と促される前にさっさと口を開いた。
「南区旧水路沿いにて不審者複数を確認。巡回中の衛兵が接触したところ、相手方が術式様の手段を使用し、現場にて衛兵隊が足止めを継続していたものの、通常犯ではない可能性が高いとして、特務判断を求める要請があり出動いたしました。現場にて均衡教徒三名と接触。連中は逃走の意思を見せることなく、私を名指しで挑発。数日前の旧記録庫事案につきましては、報告書において『私の魔力属性判定の疑い』として既に上げておりますが、今回の接触はその最終確認であったと見てほぼ間違いないものと断定いたします。連中は私の魔力種を盟属性と判断した様子でしたので、望み通り二名はその認識に沿う形で制圧。うち一名は王への不敬により、現場で処断いたしました」
「…ほう?ガーネよ、2,3聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「『望み通り』とはお前、何をした」
「言葉通りです。盟属性らしく、地霊を召喚しその場で契約、使役して制圧いたしました」
「ふむ、成程。ガーネお前、盟約の契りなど扱えたのか」
「初めて扱いましたが、『使える』と把握しておりましたので」
「ふ、そうか。何を召喚したのかついでに聞いておこうか」
「下位地霊を呼ぶつもりでしたが、少々手違いがございまして…上位地霊を」
「地霊使役は?」
「問題ございません。上位であろうが、地霊程度にこちらが飲まれるなど有り得ません。用が済んだら還しております」
ディアマントは口元に笑みを浮かべ、僅かに肩を揺らした。
「さすが、期待以上じゃ。……宣告通り三日で禁書庫を破るだけのことはある。妾もヘルソニアも、二年はかかると踏んでおったが」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
「で?……妾への不敬を処断したと」
「は」
ガーネの目を真っ直ぐに見つめ、ディアマントは目を細めた。
相変わらずよそよそしく、以前のように尻尾を振らない犬らしからぬ態度に多少の腹立たしさを覚えて足を組んだ。
「ガーネ」
「なんでしょうか、陛下」
「何故以前のように妾に媚びぬ。何故名前を呼んで、妾に尻尾を振らぬ」
「…私は貴女の臣下であり駒であり犬です。連中の『犬を呼べ』との要望で望み通り犬として現場で働きました」
「そうではない!お前は妾の犬じゃ!」
「存じております」
「…なら、犬。わ……妾にキスをしろ」
そこでようやくガーネの弁が途切れた。
しんとした室内に、ほんの数秒だけ沈黙が流れる。数秒のはずなのに、ディアマントにとっては妙に長く感じられた。
緊張で、ごく僅かに視線が揺れた。
「……陛下」
「な、…なんじゃ」
「それは『ご命令』ですか」
「…め……命令では、ない」
命令ではない、つまりこれは『オネダリ』だった。
それを自覚したディアマントが、ほんの一瞬だけガーネから視線を外す。
しかしすぐに視線を戻し、絡み合ったそれはディアマントの望んだ感情の色ではなかった。
「お戯れが過ぎます。…処理が残っておりますので、仔細はまた報告書にまとめさせていただきたく存じます。では、この場を辞させていただきます」
ディアマントの瞳は少しだけ揺れると、ガーネがそれを見てほんの少しだけ笑みを浮かべ敬礼をして去っていった。
ガーネはその足で、特務室では無く私室の方へ立ち寄った。
入口のドアを乱雑に閉めて、その扉に寄り掛かると、隠しきれない笑みを浮かべて片手で口元を覆って肩を揺らした。
「ふっ、……くくく、…あー、なるほどね、はいはい」
────もう少し、落ちて貰おうか。
少しだけ余韻に浸りつつ、腕を組んで部屋の中をぼんやりと眺めて気分が落ち着くのを待った。
このまま特務室に戻ったら、また『悪いこと考えてる』と言われるのは目に見えていたからだ。




