160話「盟約の詠唱」
「治安悪いなぁ」
スメイラの呟きを背に聞きガーネが視線を投げた。
「なにが」
「君が。だから『輩っぽい』って言われるんだよ」
「どこがだよ。俺ほど品行方正で穏やかで心の広い男、そうはいないぞ」
「え?どこが?」
「ガーネ様、ご冗談も程々になさってくださいまし」
「そうは言うけど、俺お前ら女には相当優しいと思うけど。理不尽に怒鳴ったことないつもりだし、サイフィルやアメジとは扱い全然違うだろ」
「………まあそれを言われたら、確かに?」
「待って!?僕相手には理不尽な自覚あったんだ!!?」
「まーな。俺、悪の力の権化だから」
「ごめんなさいってばぁ!!」
軽口を叩く程度に落ち着いてはいるが、どこからどう見ても相当苛立っているのはもはや付き合いの深さ故の空気感で誰もが理解していた。
苛立ってはいても自分たちにその苛立ちを『理不尽に』ぶつけないところはガーネの長所であるが、落ち込んだと思った次の瞬間の苛立ちへ舵を切る導火線の短さは短所としか言えなかった。
現場に到着するものの、想定外の人の多さに特務の一同は人混みをかき分けて前に進んだ。
「チッ、野次馬が多いな…おい衛兵!野次馬下げさせろ!」
「統裁官!い、今応援を呼んでおります!」
明らかに『邪教』と衛兵の対決をショー代わりにしている興味本位と、『特務』・『統裁官出動』による野次馬、女性見物人は大半がガーネ目当てであった。
僅かに黄色い声が上がる中、先程『穏やかで心の広い』と自称した男は苛立ちに任せて衛兵に怒鳴るも、内容は理不尽ではなく正論であった。
「初動が遅ェ、一般人巻き込みにする気か!特務に来る前に人員配備が先だろうが!…まあいい、状況は」
「均衡教徒三名です。制止に応じず、術式で足元を取ってきます。今は衛兵隊四名で囲ってますが、連中、逃げる気がありません。明らかにこちらを待ってます」
「随分舐めてやがるな。サイフィル、遺物・呪具・呪符の類」
「遺物無し、呪具は前衛・呪符は中衛と後衛!」
「…特務、お前らは応援の衛兵が来るまでここだ。どうせ野次馬下げた所でこんな見通しのいいところすぐ湧き出る、だったらせめて一般人に被害行かないように防衛しろ。アメジは万が一俺が取り溢した時に逃走経路含めて容赦なく潰せ、いいな。連中『犬を寄越せ』って喧嘩売ってんだろ、望み通り出て行ってやるわ」
「相手三人だけど、一人で平気?」
「誰に向かって言ってんだラズリ、舐めんな」
「ハイハイ、失礼しましたー」
自分が現場に入って一般人に被害が出た際の言い訳が効かない。
万が一の際に言い訳をするようなつもりは毛頭ないが、『こんなこと』でまた権限を剥がされ役立たずと言われるのは二度と御免だった。
「特務が引き継ぐ、お前らは周辺固めろ。ここから先は俺が出る」
「はっ!統裁官、妙な術を使います足元気を付けてください…!」
「やっと来たな、犬!待ちくたびれたぜ」
瞬間、ガーネはあからさまに苛ついた様子で眉間に皺を寄せた。
右手で銃を構え、敵に銃口を真っ直ぐに向ける。
民衆がいるのもあって、いきなり制圧にかかって要らぬ火種を増やさないように形だけではあるが最終警告を口にした。
「王命執行最高責任者兼異界対策統裁官として最終警告だ。武器を捨てて大人しく投降しろ。これ以上抵抗するなら、ここで容赦なく制圧する。民衆の前で恥を晒したくなければ従え」
「威勢だけは立派だな、女王の犬。王命執行じゃねぇよ、首輪付きが吠えてるだけだ」
「王命執行?笑わせるな。あんな玉座の飾り一人守って、犬みてぇに吠えてるだけだろうが」
「………ほー、…言ったな。その発言は、王に対する明確な不敬に当たる。今この場で処断されても、弁明の余地は無いと思え」
静かにそれだけ言うと、一気に目の色が氷点下まで下がったガーネは遠慮なく引き金を引いて発砲した。
乾いた発砲音が響くのと同時に一瞬しんと静まっていた野次馬の中から小さく悲鳴が聞こえたが、それをかき消すように銃声ではない破裂音がした。
「くそ、呪符か…面倒なモン使いやがって雑魚の分際で…!おい、一応聞くがお前ら序列は!」
「んなもん、これから死にゆくお前に教える義理はない!」
「犬のように吠えてんのはどっちだ…カルセ!コイツら序列持ちか!」
「いいえ!違いますわ!」
「雑魚じゃねーか!…ならお前らに用事はない、即刻始末する」
序列持ちであれば捕縛して色々と聞くこともあったが、序列も無いような下位の教徒に用事はない。
容赦なく連続で発砲するも、新水路が整備される前に使用されていた古い水路でただの川原に近いような場所で足場があまり良くない。発砲した弾は敵へ届く前に呪符の爆風で弾かれ、別の術式を用いてガーネの足元を拘束した瞬間に前衛の呪具持ちが近接で仕掛けてくる。
ガーネ自身は格下認定した相手はあるが、こういう『対・一般人』ではない敵の相手は衛兵にはさぞ戦いにくかっただろうと想像に難くない。
空になった弾倉を捨てて予備のものを乱暴に押し込み、どこから切り崩してやろうかと銃を向け直した。
野次馬の声が喧しくて騒々しい。「ガーネ様頑張ってー」という呑気な黄色い声に混じって、「なぁもしかして統裁官押されてね?」という声がガーネを余計に苛つかせた。
そしてこの瞬間、いつものガーネの悪い癖が発動した。
────ギャラリーも多い、都合がいい。
「…さっき読んだ本、せっかくだし試すか」
にやりと不敵な笑みを浮かべて敵を見据えた。
「丁度良い、お前らどうせ俺の『属性』の確認で派遣されたんだろ。ならいい機会だ、お前ら程度なら『下位地霊』で十分だな。まあ……きちんと上に報告、出来るといいけどな?」
先程ラズリが処置したばかりの左手を正面に翳す。
また怒られるんだそうな面倒くさい、とは思いはするものの『必要』なものであるため致し方ないと手を力いっぱい握り包帯越しの傷口に指先を食い込ませた。
深くはないが浅くもない傷口が遠慮なく開き、あっという間に包帯を赤く染めて地面にぼたぼたと血が滴り落ちた。
「盟約、ガーネ・ディーム・ロットの名において契りを命ず。地霊、位は下。────応じろ。来い」
短く簡易的に盟約詠唱を唱え、血に濡れた地面を軽くトンと靴底で踏み鳴らした。
瞬間、軽い地鳴りと共に足元に契約の紋が光り、足元の継ぎ目がぴし、と短く鳴った。
次いで地の底で何か重たいものが目を覚ましたように、低い振動が周囲一帯を這う。
砂埃がふわりと浮き、敵味方問わず全員の足元がわずかに沈んだ。
その反応は一点からではなく、旧水路沿い一帯の地面そのものから返ってきていた。
その場の空気だけが、不自然なほど重い。
地面の下に無数の目があるかのような、粘つく気配が足元から這い上がる。
下位の軽さではない。
その場にいた全員が、本能でそれを悟った。
「ガ…ガーネ様!下位地霊様ではありませんわ、中位…いいえ、上位の地霊様です!」
ガーネの詠唱では間違いなく『下位』を呼んでいたはずが、呼ばれた地霊の位は明らかに『上位』のそれであった。
カルセが顔を僅かに青くしてガーネに叫び、ラズリとアメジに視線を投げた。
「いけませんわ制御出来なければ危険です!結界を!」
カルセが必死に声を上げて、胸元の意匠を握り締めた。




