159話「異界対策の犬」
宣言通り、20分程度でガーネは戻って来た。
小脇には表紙が古語で記載された、また別の一冊が抱えられていた。
「……あのねガーネくん」
「なんだ」
「禁書庫ってね、図書館じゃないの」
「図書区域にあるんだから図書館みたいなもんだろ。何が違うんだ」
「全然違うと思うな。その本どうしたの」
「禁書庫からパクって来た」
「………」
ガーネはそのまま自席に腰を落として本を広げるも、非難めいた視線に眉を寄せてスメイラを見た。
「なんだよ。読み終わったら返してんじゃん、ちゃんと。借りパクはしてねーぞ俺」
「怒られても知らないから」
「残念だな、怒られるならもっと早くに怒られてるね」
そう言って背凭れに寄りかかり、足を組んで悠然と本を捲り読み始めたガーネに、スメイラは盛大な溜息を漏らした。
「あ、溜息ついでにスメイラ。古語辞典貸して」
「……はいどーぞ。というか、辞典だけで読めるなんて学者のプライドへし折られるんだけど」
「ちゃんとは読んでねーよさすがに。前後の単語拾った大体の文脈とニュアンスで『おおよそこんな事書いてるかな』程度だ。きちんと翻訳して内容一から十まで理解してるわけじゃない、大筋だ大筋。大体、訳し方わかんねー時お前にも聞いてるだろ俺」
「そうだけどそうじゃない。……先輩!」
スメイラはラズリに助けを求めるように視線を向けたが、ラズリの方はもはや諸々諦めた様子で、肩を竦めるだけで目すら合わせなかった。
「諦めなスメイラ。…明日は我が身、アタシこそ、そのうちこのクソガキが医療書読み漁って自分で縫合とかされそうで戦々恐々としてる」
「しねーよさすがに。自分で縫うの怖いじゃん。……いや待てよ、ありよりのありか」
「ほらね」
鼻で笑ったラズリが爪の手入れを始めると、触発されたアメジも少しだけ身を乗り出した。
「じゃあ魔導書も読み漁って魔法使えちゃうの?あたしの存在価値がこの華奢で可憐なボディから繰り広げられるちょっとだけ強いパンチしか無くなっちゃうわ」
「俺よりガタイのいいお前はあらゆる意味でちょっとだけじゃねーから安心しろ。……そも、今まで面倒だから『使えない』ってことにしてただけで俺は使おうと思えば使えんだよ。理論は全部頭入ってるしな。壊滅的に調整が苦手で事故るから『使わない』だけだ」
「……そのガーネの『調整』ってさ、僕イマイチピンと来てないんだけど…どういうこと?いつも言ってるけど。僕は魔法とかそういうの使えないからさ」
サイフィルの問いかけに、ガーネは開いた書籍に向けていた目をちらりと上げた。そしてどう説明したものかと少しだけ宙を眺め、言葉を探すように口を開いた。
「……例えばだけど…あー……タライに水が満タン入ってるとすんだろ。そのタライを抱えた状態で、零さずにストローの中に水を入れろって言われて出来るかって話だ。めちゃくちゃ集中してやれる環境ならまだしも、それを戦闘中にやれと言われても俺は無理だ。全ブッパした方が当然に楽、ただそうするとどうなるか…わかるだろ。ちゃんと測定した事ないからわかんないけど、俺の魔力量と霊力量はサイフィルが一番よく『視えて』んだろ」
その説明に、サイフィル以外もなんとなく納得したように小さく頷いた。
そして少し前の、劇場での均衡教徒『捕縛圧殺未遂』を思い返した。しかしアレは『調整が下手くそ』以前に完全に確信犯であったことも、全員わかっていた。
先程よりも幾分か落ち込みが落ち着いたような様子を見て、カルセがおもむろに口を開いた。
「ガーネ様」
「あん?なんだ」
「ガーネ様は聖典を読んで、聖なる祈りの力はお使いになれますか?」
「あ、なにお前。それ聞く?それは残念ながら使えねーな、聖属性魔力は特殊だから。それに俺悪の力の権化らしいし。な、サイフィル」
「謝ったじゃん!!ごめんってば!!!」
存外しつこく根に持つタイプなのか、相手がサイフィルだから遊んでいるだけなのかは定かではない。しかし執念深いのは事実として否めない。
そんな様子で一同が同情的な視線をサイフィルに向けたところで、特務室の扉がノックされて開かれた。
「失礼します、特務へ応援要請です。南区水路沿いにて不審者複数を確認。巡回中の衛兵が接触したところ、相手方が術式らしきものを使用、現在も衛兵隊が現場で足止めしております。通常犯ではない可能性が高く、特務判断を願います」
「負傷者」
「衛兵一名が軽症、民間人への被害は今のところありません」
「相手の数は」
「三名です。なお、そのうちの一人が『異界対策の犬を寄越せ』と発言したと」
「……あ?」
ガーネの目の色が、あからさま過ぎる程に苛立ちの色に塗り替えられた。
ぱたんと本を閉じると雑に机に置いて吐き捨てるように呟いた。
「……そんなにお望みなら、連中一体誰に喧嘩売ったのか…よーくわからせてやろうじゃねぇの。格下の分際で舐めやがって」
最初から捕縛をする気がないのか、珍しく武器は銃だけ手にして立ち上がった。
「行くぞ」




