157話「禁書庫」
「…出来た。完璧」
ガーネは勝ち誇った顔で小さく呟きながらまるでこれから抗争でも仕掛けに行くかのような不穏な笑みを浮かべて立ち上がった。
「アメジ、銀ペン持ってるか。ちょっと貸してくれ」
「持ってるわよ、はい」
アメジから銀製の細い棒を受け取り、机に広げた紙を畳んで腰にナイフだけを刺して出かける支度を始めた。
「じゃあ出るから、緊急案件あったら呼べ。緊急じゃなかったらお前らで適当にやっといて」
「あっコラ!」
文句や小言を言われる前にそそくさと逃げるように特務室を出たガーネは、小走りで大図書館へと向かった。
いつものように管理指定図書区域に入り、呪物安置室に入る。
「約束通り三日だ、今日中にこじ開けてやる」
ぺろりと唇を舐めてから扉に鍵である指輪を翳す。
もはや向き合い過ぎてすっかり文字の配列まで覚えてしまった魔法陣を睨み、解析するために多量の書き込みをした用紙を紙袋から引っ張り出して床に広げる。
初見での見立てでは手順誤りにより発動する罠はざっと30と見ていたが、式を全て紐解いていくと罠自体にも何重に罠が仕掛けられており、手順を一つでも間違うと『扉そのもの』が消失して一生呪物保管庫から出られなくなったり、最悪解析者の命が危ぶまれる罠が張られていたりとある種の『見せたくない』という執念のようなものを感じた。その数、罠の罠の罠まで含め、108。
そして解錠手順は432。
「外周式360、方位と周天なぞる閉鎖陣に…中心が108の認証が四重の合わせて432式ね。厳重なこった。ここが禁書庫で間違いないな。さて、そこまでわかったらあとは俺の得意分野だ、見てろよあの女。────…いや、その前に」
あまりこの場に長くいると、昨日と同じように当てられて面倒なことになりかねない。宣言通り『対策』は先にしておくかと腰を浮かせて扉を背に、室内に向き直った。
アメジから借りた銀製のペンで床に境界線を描き、軽くトンと地面を踏んだ。
「エル・ティ・シーネス……イン・クニーサ」
ガーネの詠唱に呼応するようにただ床に書かれただけの線が光り、またも一つ勝ちを得たように口元に笑みが浮かんだ。
「この呪物の山も『罠』の一つなんだろうが、見縊りすぎだ。呪物ごときが俺の仕事の邪魔をするんじゃねぇ」
鼻で誰もいない空間を笑いながら、改めて魔法陣へと向き直る。
手順を誤らないように再度紙を見ながら銀ペンを手にし、元の魔法陣の文字を逆算して削って書き換え作業を開始した。
「────…えーと…ここで『認証者』の書き換え、んで次は…こっちの魔法式で書き換えして…で、これが最後だな」
魔法陣の書き換え工作を始めて早2時間。
長時間同じ姿勢でいた凝りをほぐすように立ち上がり軽く腰を捻ったり肩を回してから、腰のベルトの隙間に差したナイフを手にして刃を起こした。
躊躇いなくナイフを逆手に持ち替え、左手の親指の付け根に刃を当てた。
次の瞬間、浅く斜めに引く。皮膚が割れ、すぐに赤が滲んだ。
指先で済ませるには足りない。だが掌を潰すほど深くもいらない。
認証に必要な分だけ流せれば、それで十分だった。
「…ガーネ・ソフラト・グリーチェウト、我が血脈をもって認証する。解錠せよ」
ガーネは『真名』と『血』を使って魔法陣に手をあてがい、そのまま魔力を流し込んだ。
普段のように面倒な調整をするつもりはなく、最後は力押しのつもりであった。
数秒後、魔法陣の反応が変化して術式そのものが書き換わった。
「……フン、ざまあみろ。こじ開けて…ついでに書き換えてやったぜ」
手から流れる血を舐めて、ナイフの刃を閉まってベルトに差し直す。そのままゆっくりと扉を開くと、先程入ってきた管理指定図書区域ではない別の部屋が広がっていた。
「さて、ここまでして隠したモンは何かな」
想像していたよりも随分と狭く、目の前の棚に安置された少し古い書類の束を手にした。
表紙だけ後付で誂えたような束で、表紙からは中身が伺えない。
ガーネはそのまま表紙を捲り、中を1ページずつ検めていった。
一瞬、書類を持つ手に力が入り、紙にくしゃりと皺が寄った。
ばさりと投げ捨てるように床にそれを放ると、慌てて他の書類の束も同じように中身を検めた。
「…なるほどな、そういうことか。そりゃ、俺でも隠すわ」
ガーネはその場にしゃがみ込んで、手にした系譜図と血脈録を眺め小さく呟いた。
「……一応、人の心あったのかあの女」
自分の出自が、自分が把握していた以上に重かった。
そしてそれがまた、自分が均衡の連中と対峙しなくてはいけない『理由』として十分過ぎた。
『表向きの理由』だけでこれだけ重くて、女王の真の目的の方は一体何が隠されているのかと考えると、胸焼けがするようだった。
だが、これを知ったからにはますます後手に回ることは許されない。
「……良いだろう、全員思い知らせてやる。誰に喧嘩売ってんのか、よーくわからせてやらねぇと」
傲慢な呟きと共に、ガーネは瞳の奥に火を灯した。
*****
「────…フン、ガーネのやつ…ついに突破しおった」
女王の執務室で机に頬杖をついた女王が小さく呟いた。
「想定より、2年早かったですね」
ヘルソニアも少し意外そうに返答をしながら、少し前まで小娘のようにウジウジしていた様相が想像もつかない程、『いつも通り』の女王・ディアマントの顔で笑っていた。
「陛下」
「なんじゃ」
「私は貴女が『それはそれ、これはこれ』と分別出来て安心しました。ずっと小娘のような真似をされていてはどうかと心配しておりました」
「たわけ。…しかし、本当に宣言通りたったの3日で開けおった。妾は本当にガーネを見くびって、見誤っておったようじゃ。────…あの男、思っていたよりずっと聡いな…これほどとは思わなんだ」




