156話「警察官とピッキング」
「こっちが『解錠』…いや、ここ触るとこっちのトラップ触るか。ならこっちの式…ちげーな、ああクソ、ノイズがうるせぇ!」
呪物安置室に籠もって半日近く。視界が霞み目眩がして来た。
無視していた呪物特有の干渉や共鳴、雑音が酷く喧しく、耳障りである。
耐性があるとは言え、さすがに半日は籠もり過ぎたらしくシャツにぽたりと血が滴り赤く染まった。
「やべ、鼻血出てきた…さすがに半日が限界か」
体調の方に出てきては考えもまとまらない。昨夜の食べかけのチョコレートくらい持ってくれば良かったかと思いながらも、根本そうではないと今日の作業は諦めることにして荷物をまとめて扉を押し開いた。
特務室に戻る最中も目眩が酷く、溢れ出る鼻血を無理矢理袖で拭い袖口は真っ赤に染まっていた。
特務室に戻ると、当然ながら一同ぎょっとした顔でガーネを見遣る。
「アンタなにした!?」
ラズリが慌ててティッシュを持って駆け寄り、ガーネを椅子に座らせて鼻先にティッシュを押し当てた。
「熱、は…やだなに、微熱!?なにしてたの!?」
シャツを鼻血で真っ赤に染め、顔色も悪く目が死んでいるガーネの額に手を当てラズリが体温を確認した。
「禁書庫…呪物と半日一緒に過ごしてたら当てられた…明日からは半日未満にする…反省」
「呪物と半日!?アンタ反省の方向おかしくない!?スメイラ、禁書庫の呪物安置室ってどんな!?」
「わ、私も一回しか入ったことないんですが…特務室よりもう少し広い部屋に、所狭しと…多分数千」
「10分も無理でしょそんな場所!なにしてくれてんのよ!」
「だって、俺ちょっとだけ耐性あると思って。明日はもっと頑張ろうと思う」
「……なんでアンタたまにIQ下がるの?カルセ、とりあえず浄化」
「はい、ガーネ様失礼いたしますわね」
カルセがガーネの傍に歩み寄り、近くで膝をついて胸元の意匠を握るように指を組んだ。
小さく祈りの言葉を囁き、いつものように祈りの力をガーネに向かって循環させた。
「ん、うぅん…時間がかかりそうですわ、ものすごく纏わりついております…」
「げっほんとだ。悪霊と呪念の満員列車って感じ。よく半日もいたわね…スメイラ、氷嚢貰ってきて。サイフィルは宮廷医のとこ行って解熱剤貰ってきて、アタシの名前出したら貰えるはずだから。せっかく落ち着いてきたのに発熱させたくない」
ラズリが呆れたようにガーネを見つめながら肩を竦めた。
「うーん、プリン食ったら治ると思うな俺」
「治るかクソガキ!…アメジ!売店でプリン買ってきな!」
「明日は上手くやろうと思う」
「アンタ、全然反省してないでしょ!!」
「あ、待ってなんか目眩してきた」
「ガーネ!!」
カルセの浄化の最中、ガーネは人騒がせにそのまま倒れてしまった。
騒動の翌日、ガーネはすぐに禁書庫に向かうことは無く特務室で書類を睨んでいた。
「良かった。今日は大人しくしてくれて」
「いや、後で性懲りも無く行く予定。昨日あのまま倒れたから書類片付けられてねーからな」
スメイラが安心したように声を掛けるも、全く学習の色の見えない答えが返ってきて思わず顔が引きつった。
「性懲りも無くって自分で言っちゃうんだ君…反省してる?」
「してるしてる。寝不足だったのが良くなかったな」
根本そうではないと全員がガーネを呆れた顔で睨んだ。
「…まあ、仕方がありませんわ。ガーネ様言い出したら聞きませんもの、聞いて下さった試しも無いですし」
カルセが珍しく冷ややかに言いながらガーネの席に甘めの紅茶を置いた。
「それに、今日はちゃんと『対策』して行くし。そんなに時間かからねぇ」
「ガーネさ、禁書庫で何してんの…?」
「ピッキング」
「え」
「ピッキングだって」
「え??」
「…アンタ、警察官じゃなかった?」
「そうだよ。警察手帳見せてやろうか」
ほら、と胸元から取り出した警察手帳を広げて机に置く。
魔導転写されたガーネの警察制服姿の半身像と、『ヴェルーティン王国警察ノードースト警察署捜査局第一課 異常強行犯係 主任捜査官ガーネ・ディーム・ロット』としっかり記載されていた。
「げ、ホンモノの警察だ」
「げってなんだよ最初からホンモノだよ」
「しかも主任!?その歳で!?」
「まーな。首席だったから。あ、でも学術試験だけ凡ミスして配点でかい10点の問題落としたからそっちは首席じゃなかったな、満点逃したんだ」
そう言って警察手帳をいつものように胸元にしまい直し、作業の終わった書類をまとめてトントンと机の上で揃えた。
「サイフィルお使い。これを書記局の執務補佐室持って行け。で、帰りに記録管理室の方寄って旧記録庫の移転時搬出入目録借りて来い。連中ごねたら俺の名前出せ。ついでに物品庫で携帯用の魔法石何個か貰って来い」
「はーい」
少し冷めた紅茶を飲んで、禁書庫セットとなった紙袋を手にした。
女性陣はもう出かけるのかと警戒したようにガーネを一瞥したが、意外にも席を立つことは無くガーネは紙袋から用紙を取り出して机に広げてそのまま作業を始めた。
一番席が近いスメイラがちらりと机を覗き込むと、用紙が真っ黒に近いほどに書き込みの施された魔法陣にぎょっとして目を見開いた。
「な、なにそれ。なにか召喚するの?おどろおどろしいんだけど」
「魔法陣解析」
先日の食べかけのチョコを一欠片割り口に含み、ぼりぼりと咀嚼したガーネはそこから紙の上の魔法陣を見て眼差しを変えた。
ガーネが集中している時の視線と表情に、それ以上なにも言わずに横目で一同はカリカリとペンで書き込みを加えていく様子を眺めた。
カルセが隣の席のアメジにそっと耳打ちをした。
「エイミーさん、あの魔法陣、なんですの?おわかりになります?」
「んー、あたし論理魔法って苦手なのよね。もちろんある程度は当然わかるけど…アレは異次元よ。ぜんっぜんわかんない」
しばらくしてサイフィルが戻って来て、机に向かうガーネに声を掛けた。
「ただいまガーネ、貰ってきたよ」
「サンキュ、書類はスメイラに渡して。魔法石はそこ置いて。スメイラ洗い出ししとけ」
「はいはい」
ガーネは顔も上げずに指示だけすると、そこから二時間はたっぷり机に向かっていた。




