155話「執念」
明け方になり、窓の外から日が差し込み始めた。
元々そんなに長く眠るタイプではないが、それにしても何故こんなに連日睡眠時間を削っているのかとガーネは自分自身にうんざりしながら窓を眺めて盛大な溜息を吐いた。
机に残ったもう一つのおにぎりに手を伸ばし、一口齧る。
ようやく目処のつき始めた書類を一瞥してから、禁書庫から別の紙に書き写してきた魔法陣の魔法式を見た。
「ざっと見ただけでトラップが30か。見せる気あるのか無いのかどっちだよ」
こちらは落ち着いてから腰を据えて見てやろうと引き出しにしまい直し、おにぎりの包み紙をゴミ箱に放り投げた。
一旦頭を切り替えようと、着替えとシャワーだけ済まそうかと立ち上がって私室に戻る。
シャワーを浴び、着替えを済ませ、奥の部屋の整えられたベッドを眺めた。
出来れば今すぐ飛び込みたい。
そして寝たい。
正直、そうしても何も問題はない。しかし、連中の探りの舵取りが把握出来た以上は何としても先手は打ちたい。後手に回ってまた怪我をするのは御免だった。
────あとで仮眠だけ取ろう。
そう切なく思いながら、特務室に戻って残りの書類を処理し終わる頃合いにようやく全員が部屋にやって来た。
「……おはよう」
「なにアンタ、徹夜?」
「結局完徹しちまった…眠い…」
両手で顔を覆うように机で肘をついて、深い溜息を漏らした。
「わ、あの量全部終わらせたの?」
スメイラが机に積まれた処理済みの書類の山を見て感心したように言いながら机の空き缶をゴミ箱に捨てた。
「気合と根性…悪いけど、それ選り分けて提出だけ頼む…それとしばらく書類はスメイラとラズリで分担して、俺のサイン必要なやつだけ分けといて。夜にやる。…一時間だけ寝るから一時間経ったら起こして」
ネクタイを外して机に投げたガーネは、そのままソファの座面に転がって寝る体勢を取った。
「…ガーネ様、お部屋のベッドで寝たらいいじゃない。あたしお部屋まで運んであげましょうか?」
「触るな妊娠する、俺が」
「しねーよ!」
突っ込みの際に発せられるアメジの地声が特務室に響き、喧しそうに眉を寄せる。
「ベッドで寝ると一時間じゃ駄目だ。寝心地の良くないところで一時間だから仮眠に丁度良い。いいか、静かにしてろ。騒いだらわかってるな。特にサイフィル、テメェだけは確実に息の根を止める覚悟しとけ」
「僕まだ今日なにも言ってなくない!?」
サイフィルの『悪しき力の権化』発言を未だ根に持っているのか、当たり強くあしらいながら座面で肘掛けに頭を乗せて目を閉ざした。
「…とりあえずじゃあ、サイフィルくんはこの書類出してきて、それとこっちは警察署の方。で、エイミーちゃんはこれお願い。衛兵長のサインも必要なやつだから、衛兵のとこ持っていけば大丈夫だから。あとこれは魔導師棟に持っていってね」
「はぁい、行ってくるわね」
スメイラの絶妙な采配で『ガーネの仮眠の妨げ』になりそうな面子に体良くお使いを頼み、部屋が静かになったところで自分たちも仕事に取り掛かった。
*****
「ガーネ様、一時間経ちましたわ。もう少しお休みになりますか?」
「んー…いや、起きる…なんか冷たいのくれ、できれば水」
「はい、ご用意いたします」
ガーネの指示通り、カルセが一時間後に声を掛けた。
軽く揺り起こされ目を擦ると気怠げに身体を起こし欠伸を漏らした。
ほんの少しだけぼんやりと窓の外を眺めてから身体を伸ばして立ち上がる。
「あーあ、さてと出かけるか…」
一旦自席に腰を下ろして再度欠伸を漏らしながら小さく呟き、机に置かれた水を飲み干した。
「ガーネ様どちらにお出かけですの?」
「ここ」
寝るためにボタンを外して少し開けた襟元から覗く、首にかかったスメイラから借りたネックレスを指先に引っ掛けて『禁書庫』と暗に示した。
「えー!!エロ!!なにそれなんでそんな女物のネックレスしてんの!!?」
「サイフィルお前騒いだらぶち殺すと言ったはずだが」
「寝起きで一層容赦ない!!」
「なにってスメイラのだよ、借りてんのにポケット入れてたらなくすかチェーン絡まるかしそうじゃん。これ女王からの御下賜品だぞ、雑に扱うわけねーだろ……ふぁ…寝足りねぇ…」
眠そうに欠伸を漏らしながら机の引き出しを開けて出かける支度を始めたガーネは面倒そうに言い返した。
「だからと言ってガーネ様、そんな鎖骨の上に女性もののネックレスなんてしてちゃ破壊力バツグンよ。セクシー過ぎてエイミー興奮しちゃう」
「知るかようるせーな。お前ら女連中の言う事良く聞けよ、なにかやらかしたらちゃんと俺の耳に入るんだからな。じゃあ禁書庫いる、スメイラあと頼んだぞ」
「はいはい」
昨日と同じように筆記用具の束と魔法石を適当な紙袋に詰めて席を立ったガーネを見送った。
王城を出たガーネは大図書館へ向かい、まっすぐに管理指定図書区域へと歩いた。
入口前で首元のネックレスを外して翳し、解錠するとそのまま中へ立ち入る。
昨夜床に積んだままの書籍の山を一瞥するも、優先順位はこちらであると呪物安置室に足を向ける。
自身の鍵とスメイラの鍵を併せて翳し、解錠。そのまま扉を押し開け、室内に入って魔法石を叩いて明かりを灯してからゆっくりと扉を閉める。そして、自分の鍵を扉に向けて翳して魔法陣を浮き上がらせる。
自分の鍵はあくまで『開けるための物』ではない。『開けることを許可する認可証』にしか過ぎない。
ガーネは床に胡座をかいて腰を下ろすと、目の前の魔法陣と書き写した魔法陣を見比べて一つずつ魔法式を確認し、手元の紙にがりがりとペンを走らせて解読をし始めた。




