153話「管理指定図書区域」
「…でも、色々考えるとこれで『辻褄が合う』わね。あのガキ、異常に身体の治り早いのよ。単純に律衡家の生まれ故の霊力の高さで身体補正してるのかと思ったけど、それにしては魔力数値も異常だし。それが盟約でなにかとすでに契約しているとかなら、そこからの力で身体の修復に力使ってるってのも納得できる」
「じゃあさ、あの尋常じゃない先読み能力もその盟約のおかげなのかな」
ラズリの言葉にサイフィルも言葉を重ねたが、カルセは少し首を傾げて肩を竦めた。
「それは、ガーネ様の本質だと思いますわ。精霊にはその性質の力、地霊にはその土地の力はございますが、それを持って盤面の先読みは難しいかと。ですが先程わたくしがお伝えした『死者と契約している高尚な部類の術者』であった場合はわかりかねます。ただ…『死者が、未来を見れるか』は…疑問ですわね。ご自身が死したあとに、人や土地の未来が読める自信、ございませんでしょう?」
「…褒めたくはないけどアレは普通に勉強してるわよ。まあ、その溜め込んだ知識をどこで適切に使うかまでの脳内采配含めて完全に地頭が良い証拠だけどね。…先読み能力云々で言ったら『予知』だけど…それはどちらかと言うと駆使するのは霊力の方だし、それに長けてるのは女王陛下よ。けど、その能力も使おうと思って使えるものじゃない」
「…札が『保留』で空き枠なし、って言ってたってことは、『既に何かと契約済み』ってことだもんね。何と契約してるんだろう」
「魔王・死神・閻魔大王・悪魔・鬼」
ラズリの容赦のない即答に、一同はそれ以外の想像が出来なくなり考えることをやめた。
*****
王立大図書館、一般蔵書施設の奥の一角にある入口は、相変わらず魔法陣で封が施されている。
国での基本的な権限はほぼ保有しているガーネだったが、未だ女王からはこの禁書庫入室の権限は与えられていなかった。
以前、「禁書庫の鍵が欲しい」とねだったこともあった。しかし、「お前にはまだ早い」と一蹴されたままである。そも、それ以降直接ねだることをしてはいないので、今ねだったところでくれるかと言われると定かではないが、ガーネの想定では『くれない』一択である。
「ま。『まだ早い』ってことは、いつか寄越すつもりはあるってことだろ」
────なら、いつか見るなら今見ても問題ない。
いつものように都合のいい自己解釈をして、スメイラから預かったネックレスのダイヤもとい禁書庫への鍵を魔法陣に翳す。以前と同じように、魔法陣が反応して鍵がわざとらしくかちゃりと開く音が鳴る。扉を押して中に入ると、相変わらず薄暗く陰鬱な雰囲気に空間が淀んでいる。
それもそのはずで、禁書庫らしくこの場所は黒魔術魔導書や禁術書を含めた『管理指定図書区域』である。
この区画までは、スメイラの鍵だけで入ることが出来る。
管理呪物の類が安置されている区画はガーネの指輪と併せて必要であり、ここまでは以前と全く変わらなかった。
持参した魔法石を壁に打ち付けて明かりを灯し、どこまで入れるかを丁寧に確認をし直し、蔵書の一覧や配置含め全て確認し記録していく。
相当数の蔵書や安置物・区画があるため、今日一日で目的を果たせるとは到底思っていない。
今日はあくまでも、ガーネにとっては『様子見』に過ぎない。
蔵書棚からいくつか目星を付けて雑に引き出し、床に積んでいく。それなりの山になったところで床に座り込んでパラパラと中身を改めていき、必要な本と戻す本に再度分類をし、不要な本はまた棚へと戻す。
しばらく書籍と格闘していたが、懐の時計を確認し、棚に凭れ掛かって息を漏らした。
書籍の方は、蔵書数が多すぎて果てしない。
「…禁止にして隠してる本多すぎだろ、エロ本かよ」
それなりの時間籠もっていたこともあり、疲れたように小さく欠伸を漏らして身体を伸ばすと思い出したように微かに脇腹が引きつる。軽く手を伸ばして擦ってはみるも、痛みはほぼない。たまに無茶に身体を捻ると腹の奥の方で神経が攣るような痛みを感じることもあるが、ラズリの言う通り『無茶』をしなければ大きな問題はない。
多少体重も戻ってきたとはいえ、まだ自分の一番動きやすい重さではない。重すぎると力はあるが動きが遅れ、軽すぎると速くはなるが圧倒的に踏み込み含め力が足りない。
勝手にトレーニングでもしようものなら怒られそうなのは承知しているが、筋力も落ちている自覚があるために色々と心許ない。
休憩がてらぼんやり考えながら、管理指定図書区域の一角の自分の鍵とスメイラの鍵の両方必要な場所へと目を向けた。
────何故、あの場所だけ鍵が二つ必要なのか。
自分の鍵ではそもそも、この区域に入ることは許されていない。なのに、許されていない区画の先の一角に、何故自分の鍵が必要になる?
「…まさか」
ガーネはそれに気付くと慌てて立ち上がり、呪物安置の区画に自分の鍵とスメイラの鍵を翳した。
以前、均衡教徒に呪詛返しを企んだ際に立ち入った場所であり、中も以前と同じように呪物の類が安置されている。
室内をくまなく目を凝らしていく。しかしこれだけの呪物がある中、多少なり耐性はあるとは言えあまり長居はしたくない。
「くそ、うるせーし邪魔だな!」
呪物特有のノイズのようなものに若干の干渉を受け苛立ち混じりに舌打ちを漏らし広い室内を練り歩く。
こつ、こつ、とガーネの靴底の触れる足音だけが小さく響き、『絶対に何かある』という執念だけで目を凝らし、時折しゃがんで床を確認したりと何度も往復した。しかしそれらしいものは感じられず、眉間に深く皺が寄る。
────絶対に、ここにある。でなければ『俺』が認証対象になる説明がつかない
そして、何往復かして踵を返した瞬間、ガーネは一番の見落としに気が付いた。
まさしく自分が入ってきた『扉』そのものであった。
開けっ放しの入口をそっと閉じると、目張りされた窓からほんの僅かに差し込む外光とガーネの手元の魔法石の明かりが室内に広がる。
閉じた入口の扉を再び開くと、問題なく先程までいた『管理指定図書区域』に繋がり、一角に自分が雑に積んだ書籍が床に山になっている。
もう一度、扉を締めた。
そして今度こそ、『違和感』を確認するように扉の内側から『自分の鍵』を翳す。
「……ビンゴ。これだな」
『どう見ても巧妙に隠した』扉の痕跡と、それを隠匿するための魔法陣を睨みつけて全ての式を書き写した。
「厳重だな、『ここが本物の禁書庫です』って言ってるようなもんじゃねーか、あの女。……三日でこじ開けてやる」
ペン先でトントンと紙を叩き、漏れなく書き写した魔法陣を睨みつける。
余程隠したいものがあるのかと思うほどに、複雑にいくつもの式を絡ませ必要以上に複雑化させたものであった。
「さて、俺がここ触ってんの気付いてるだろ。叱り飛ばして『命令』してやめさせるなら、今のうちだぞ『女王陛下』」
果たして、城内ではない大図書館の更に奥の管理指定図書区域、『禁書庫』の手前。ここでのガーネの『声』が聞こえているのかは定かではない。
しかし、先程までの女王の様子から自分を確実に追っているのは理解していた。
その感情の理由までは、知る由もない。




