152話「盟約ロジック」
ガーネが立ち去ってから少しの間、しんと静まり返った室内でディアマントはソファで佇んでいた。
少ししてから扉がノックされ、ディアマントが返事をする前に開けられる。
扉が叩かれる前から相手はヘルソニアであることはわかってはいたが、遠慮もなにもないその一連の動作に一瞬『ガーネか』と期待した自分が嫌になった。
唇をへの字に結んだディアマントの顔を見て、ヘルソニアは『直前までガーネがいたな』と察して目を伏せた。一番面倒なタイミングで来てしまったと、ガーネと同じようなことを思っていた。
ただ来た手前、部屋の主のその様子をあしらうことも出来ず、わかりきってはいつつも一応「いかがなさいましたか」と声は掛けた。
「…妾を、見なかった」
「はい?」
「あの男は、妾を見て、妾に従うべきじゃ!」
「お言葉ですが陛下、あの男は十分過ぎる程従っております」
「そうではない!!妾にあのような舐めた態度を取って許せぬ!!」
「どこがですか。不遜どころかお手本のような態度です。むしろ今までの方が舐めた態度でしたよ」
「ちがう!妾が欲しいのはそれではない!!」
「…痴情の縺れで小娘のようになるのはやめていただけますか陛下。根本今回は貴女が全面的に悪いです。確かにガーネも馬鹿正直で真面目過ぎた故のものはありますが、正直あの男の非はなにもありませんよ」
「わかっておる!だから妾は謝った!謝ったのに何が気に入らないのじゃあの男!!」
「…陛下。釘を刺しますが、これ以上あの男と拗れたくなかったら間違っても『嫌い』『顔も見たくない』ですとかそういったことは言ってはいけませんよ、もう私も擁護出来ません。今もしていませんが」
「ヘルソニア!!」
「はぁ、面倒臭い小娘みたいな…いい加減になさってください」
*****
「…盟約術?って、なに?」
ガーネが女王の執務室に向かったあとの執務室内にて、サイフィルがアメジの顔を見て首を傾げた。
「んーと、そうねぇ。どう説明したものかしら。前提としてあたしが使う魔法ってこの世界では当たり前の、区分的には『魔導術』って括りなのね。で、カルセちゃんのは『聖魔術』。根底は同じだけど、魔力の種類が違うのよ。それはその人の性質によるものね、ここまでオッケー?」
アメジがティースプーンを摘み揺らしながら噛み砕くように説明した。サイフィルが小さく頷くのを確認し、併せて理解度を確認するように周囲の面々の顔を見た。
「魔力には大きく分けて2つ、聖属性と基幹属性。一般的なのは基幹属性、ま、あたしみたいなタイプ。聖属性魔力が強い子はカルセちゃんみたいに聖職に就くのが一般的ね。余談だけど、ラズリちゃんみたいな霊力が強い子は巫術寄りの能力…まあ、呪術とか占術・陰陽術とか、そういう方面。ラズリちゃんは霊力だけじゃなく魔力もそこそこ長けてるから、彼女みたいなのは業界だととっても重宝される優秀ちゃん」
「盟約術、ってのは?」
そこまで理解したところで、話の冒頭に戻るようにサイフィルが問いかける。
「それが今回のお話し。さっきの封印札、一瞬だったけど文字浮かんだの、見えた?」
「…見えはしたけど、私には読めなかった」
「……『盟』と『保留』、ですわ」
さすが聖女なだけあり、カルセもアメジの話でなんとなく言わんとしたことを察した様子で短く答えてスメイラに視線を向けた。
「そもそもだけど、この前あたしの玉のような肌を傷つけてくれたクソ野郎も、ガーネ様の魔力吸えなかったじゃない。覚えてる?…あれって要は、『吸う対象』の魔力が基幹魔力だったからよ。基本的には人類の98%は基幹魔力持ちだしね。だけどガーネ様の魔力は違った」
「…聖属性では間違いなくないですものね」
「ガーネが聖属性ってのも解釈違い凄いけど。アイツ全然聖なる力より悪しき力の権化って感じじゃん、僕ガーネが聖属性だったら殺されるのわかってるのに指差して笑う自信ある」
「や、やめてよアンタ想像しちゃったじゃない」
真面目な話をしているのをわかった上でラズリが堪らず吹き出し肩を揺らす。
笑いを飲み込むように紅茶を飲んで、ふうと息を漏らしてから改めてアメジに向き直った。
「基幹魔力でもない、聖魔力でもない。そうなると、超ごく少数派の盟属性よ」
「…アタシ、その辺詳しくないわ」
「知ってる人なんてあたしらみたいな専門職くらいよ。だって超ニッチな属性だもの」
「その盟属性って、どんなの?どう違うの?」
サイフィルが身を乗り出すように肘をついて前のめりになった。
「魔導術は魔法の基礎。火、水、風、土、雷の力。聖魔法は聖の循環と悪の浄化。────盟約術は、別のものとの契約によって魔力を行使する」
「…えーと」
いまいちぴんと来ていない様子のサイフィルがカルセの顔を見た。
「例えばですけれど、精霊様ですとか、地霊様の類、ですわね。あとは高尚な方ですと…死者の魂との契約が出来ると。どこまで本当かは存じ上げません。お会いしたことがございませんので」
「そ、それでなんでガーネがその属性?単純に聖属性でも基幹属性でも無いから?」
「────…さっきの札だ。ロジックだけ言えば『盟』で俺の契約枠の空きの確認、『保留』になったのは『空きが存在しない』って判定になったんだよ。アレはただの盟約判定の試験札だ」
思いの外長く話し込んでいたらしく、ガーネが不在の隙に話していたにも関わらず本人が戻って来てしまった。
「…アンタ、気配殺して戻って来るのやめてくんない。どこから聞いてたのよ」
「『あたしの玉のような肌を』、からかな。随分楽しそうな話ししてんなぁと。…で?さすが国一番の魔導師のアメジさん。答えは出たのか」
どこか楽しそうに笑ったガーネが席につくと頬杖をついてアメジを真っ直ぐに見つめた。
「そうなんじゃないかしら、って話よ。でもそれで色々辻褄が合うかしらって」
「ほー、伊達にお前もタダのバカじゃなかったってことだな。安心したよ」
「じゃ、じゃあガーネくんその盟約術って…使えるの?」
スメイラの確認するような視線と言葉に、ガーネはまたも何かに勝ったような顔で笑いながら肩を竦めた。
「使えはする、否定はしない。…ただ知ってるか、アレって結構大変なんだぞ。契約した対象に契約中はずっと魔力提供し続けなきゃいけない、契約もわりと大掛かりだしミスると普通に事故る」
「へー…」
どこか機嫌の良さそうな様子のガーネはそれだけ言うと引き出しから筆記用具と明かり用の魔法石を取り出して立ち上がり、スメイラの背後に立って首元のネックレスのチェーンの留め具を軽く引っ張った。
「スメイラ、これしばらく貸しといて」
「え?なんで、…禁書庫?」
「そ。少し籠もる。何かあったら呼びに来い」
スメイラからネックレスを受け取ったガーネは再び部屋を出ていった。




