151話「ドーナツの穴から僅かに覗く、確信のような何か」
全員で問題の棚付近へ移動し、件の封印札を確認する。
「……見たことない術式」
ラズリが札の術式を見つめ小さく呟きながら、同じように札を凝視するガーネの顔を見上げた。
「サイフィル」
「うーん…僕もわかんないけど、少なくとも呪いとかそういう嫌な気配は全く視えない。それは断言出来る」
「わたくしも、それは保証いたします。少なくとも『浄化対象』ではございませんわ」
「そうか」
ガーネは札の術式を見て考え始めた。
朝の現場でも感じたような、言いようのない既視感。
どこで見たのか、どこで聞いたのか、どこで感じたのかが思い出せない。自分の経験に基づくものなのかも定かではない。
アメジも同じように札の術式を見ていたため、念の為アメジにも確認を取る。
「アメジ、俺は魔法にそんなに明るくない。高等術式とかでこういうのはあるのか」
「んーん、禁術魔法とかならともかく、禁術って感じでも無さそうだしあたしの知ってる術式では無さそう。でも…なにかしら、見覚えはあるような…無いような…どこかで見た古い魔法なのかしら」
「スメイラ、遺跡・遺物関連でこういった術式は」
「見たことない」
「……城持ち帰るか」
ここで唸っても解決しないと、ガーネが札に手を伸ばし触れた瞬間、術式が反応した。
起動した瞬間に室内に『鈴のような金属音』が軽く響き、一瞬だけ空間が揺れる。
封印札の術式の文字が明確に浮かび上がり、ほんの一瞬ではあるが『盟』と文字が浮かぶ。しかしすぐにガーネの手の中で弾かれたように『保留』と文字が変わり、空間の揺らぎが静まった。
封印札も、元の『誰もが見慣れない術式』のそれに戻っていた。
「…ふーん?なるほど」
「ガーネ様…!」
青い顔をしたカルセがガーネの傍に寄り、大事ないか確認するようにそっと腕に触れた。
「平気だ。出るぞ」
ぽんとカルセの頭に軽く手を置いてから、封印札を持って外に出る。
一瞬とは言え中の異変に気付いた魔導師がガーネの元に歩み寄った。
「統裁官、無事ですか。一体中でなにが」
「さあな、俺にもわからん。これ『保管』して安置しろ。特務は引き上げる、一旦は『異常無し』だ。ただし衛兵、念の為周辺の警戒は継続。なにかあれば俺に報告上げろ」
「はっ」
「よし、お前ら城帰るぞ」
「はい」
「あーあ、またこの件も書類か…」
「スメイラさん、僕も書類手伝うよ!」
「悪いけど、仕事増やさないでほしいかな」
「えっ」
ガーネの様子も特に異変がないことで安心したように、いつもの様子で来た道を戻っていく一同の中で、珍しくアメジだけが少し何かを考えるようにガーネの背中を見つめていた。
「ドーナツ」
「……忘れてなかったんだ」
「そんだけ甘いモンばっか食べて太らないのほんと羨ましいわ」
「別に俺、甘党ってわけじゃねーけど。お前らいらねーなら俺自分の分だけ買うぞ」
店先のショーケースで自分の分としてシンプルなシュガードーナツを注文し、一応後ろを振り返った。
「じゃあ私もガーネくんと同じの」
「アタシもそれ」
「あーあたしこれぇ!このド派手で可愛い期間限定のやつ!」
「僕一番高いやつ!」
「はいはい、カルセは?」
「わ、わたくしは…ええと…では、こちらの、きらきらしたお砂糖のがいいですわ」
「じゃ、それでお願いします」
注文して会計だけ済ませると、商品を受取る前にさっさと歩き出してしまったガーネ。いつもの事であるが、財布は出すがこういう時の荷物は基本持つことはしない。
カルセがドーナツの入った紙袋を受け取り、大切そうに胸元に抱きながら城へと戻って行った。
特務室に戻り、早速カルセがお茶の用意をする。
「ガーネ様はココアでよろしいですか?」
「なんでもいい」
椅子に腰を落とし、腕を組んだガーネは深く溜息を漏らした。
「…スメイラ、休憩してからでいい。管轄の王城書記局記録管理室に行って、あの封印札があそこの管轄のものなのかといつからあるものなのか確認して来てくれ」
「わかった」
カルセがドーナツと共にココアを机に置くと、ガーネは無言でドーナツを一口齧って机の一点を見つめていた。
────明確に、俺の『性質』の方を探り始めたな。
さてどう勘違いさせておくか、どう動くか。
しかしこのまま行くと俺の方が後手に回りかねない。
「……フン、舐めやがって雑魚共が。……誰に喧嘩売ったか、よく思い知らせてやる」
ガーネが考え事をしているのをわかっていたために比較的静かに過ごしていた一同は、その呟きに一斉にガーネの方に視線を向ける。当の本人は口元に笑みを浮かべ不穏に目を光らせていた。
ガーネは手を叩いて払うとそのまま立ち上がってカップの中のココアを飲み干した。
「…ど、どこ行くの」
サイフィルがおずおずとガーネを見上げて問いかけた。
「陛下ンとこ、先に報告行ってくる」
「呼ばれたの?」
「いや。俺が普通に忙しいから、変なタイミングで呼ばれる前にさっさと済ませてくる。スメイラ、さっきの件頼んだぞ」
「うん」
ぱたん、と静かに閉まったドアと、しんとした室内。
「……こっわ…」
「…ね、あたし…気になったんだけど」
しばらくしてからアメジが、小さく珍しく控えめな声でガーネ不在の室内で声を上げた。
*****
自ら足を運んだ女王の執務室の前で立ち止まり、姿は見えていないながらも姿勢を正した。皮肉なことに、『中にいる』ことはガーネもわかっているが、それは女王も同じであった。
扉を三度、ノックして声を掛けた。
「失礼いたします、陛下。お忙しいところ恐れ入りますが、ご報告に参りました」
「入れ」
入室を促され、室内へと入り一礼する。
ヘルソニアの姿は無く彼女一人で、ガーネは少しだけ面倒そうに眉を寄せた。
女王は机上に王都周辺の地図を広げ、衛兵配置の報告の確認をしている最中の様子であった。
「……失礼いたしました。ご多忙のご様子ですので、頃合いを改めて参ります」
無意識に逃げるように頭を下げ、退室しようとしたところでディアマントが報告書を置いて立ち上がった。
「待て。構わぬ」
「……は、では、手短に」
姿勢を正したガーネが口を開く前に、ディアマントはソファに歩み寄り腰を下ろしてガーネを見上げた。
「座らぬのか」
「…ご命令でしたら」
「座れ」
「は」
少しだけ眉を寄せたディアマントが正面のソファを指差して短く返す。まるで犬相手の「おすわり」のような物言いに、ガーネは短く返事をして正面に腰を下ろした。
とは言え、報告書の類もなく口頭で要件のみ伝えてさっさと退散するだけの予定だったために、座らされるのは多少の誤算であった。
短く息を漏らしてからガーネは口を開いた。
「恐れながら、先に初報の上がっておりました先般の小聖堂跡事案に続き、旧記録庫事案につきましても併せてご報告申し上げます」
「聞こう」
「南区、閉鎖済み小聖堂跡の不審事案につきまして、現地確認の結果、微弱な座標の揺らぎ及び魔力残滓を認めました。しかしながら、遺物、呪具、術式の存在は確認されず、現時点で人的・物的被害もございません。通報内容との一致を裏付ける決定的要素は得られておらず、原因不明のまま経過観察に移行しております。引き続き周辺警戒を継続し、異常なき場合は警察へ引き継ぐ手筈にございます」
「そうか、先程の記録庫の件は」
「北区、旧記録庫の不審事案につきましては、現地確認の結果、通報内容を直ちに裏付ける顕著な異常は認められませんでした。古い封印札の一時発光及び接近時の異音については報告を受けておりますが、再現性はなく、現場に遺物・呪具・術式の残留も確認されておりません。実害は未確認につき、現時点では警戒監視を優先し、再発の有無を見極める方針としております。以上にございます、仔細は追って報告書にまとめます」
「…わかった、ご苦労。引き続きお前に任せる」
「はい。では、これで失礼をさせていただきます」
本当に要件のみで済ませ立ち上がろうとするガーネに、ディアマントも慌てて腰が浮きかける。
「ま、待て。妾も仕事で疲れておった。少し話し相手になれ」
「……かしこまりました」
ガーネの脳裏には、机の上に山積みにして来た書類やその他やることが多々あるため、正直『話し相手』などしている暇はない。しかし、『女王の命令』と言われてしまえば何も言いようも無く大人しく腰を落とし直した。
「何か飲むか、何が良い」
「いえ、お気遣いなく。…長くは居られませんので」
「そ、…そうか。…ガーネよ」
「はい」
「…身体の方は、もう良いのか」
「は。ご懸念には及びません」
「……食事は、取っておるのか。痩せたな」
「必要な分は問題なく取っております」
「……」
「……」
「……お前、何か変じゃ」
変、と言われ、ガーネも意味がわからなそうに少しだけ表情が変わった。
意図的に女王の顔を見ないように、ローテーブルの木目をなぞっていたばかりだったが、ここでようやく視線が女王に向けられた。
「…変、と…申しますと」
「上手くは言えぬが、以前と違う。妙によそよそしい。……いや、それだけではない」
「いえ、駒としての立ち居振る舞いをしているに過ぎません。ご命令ですので」
「わ、妾を見ろ」
「……拝見しておりますが」
女王の表情が一気に曇っていく。眉尻と、猫のようなアーモンドアイの目尻がわかりやすく下がった。
────あ、これだ。
ガーネは口元が緩みそうになるのを押さえながら、短く息を漏らして目を伏せた。
「恐れ入りますが、まだ処理すべき職務が残っておりますので、これにて失礼いたします」




