149話「コネクション」
「あー、疲れた」
深夜、ようやく書類の目処が立ちガーネは軽く背伸びをした。
「…でもまだこんなにあるよ…」
「そっちは明日でいいだろ。ったく、くだらねー案件ばっかで嫌になるわ」
そう言ってガーネは官服を脱いで財布だけを持って立ち上がった。
カルセ、サイフィル、アメジの三人は書類仕事において全くと言っていいほど役に立たない為さっさと上がらせたので、特務室に残っていたのは三人である。
「腹減った、飯行くぞ」
「アンタの驕り?」
「そのつもり。行かねぇの?」
「やった、行く行く」
「あ、私行きたい店ある」
珍しい組み合わせの三人での食事の運びとなり、スメイラの希望の鍋料理屋へと足を運んだ。
「適当に好きなの頼め」
「アンタ一番年下の癖にこういう時上司感出すわよね」
「そうか?」
半個室の座敷で胡座をかいて座ったガーネがネクタイを緩めながらメニューをスメイラとラズリに差し出す。
「まあでも、三人でご飯来たって知ったらサイフィルくんうるさそうだよね」
「アイツは何してもうるせーだろほっとけ」
少しするとスメイラが頼んだ鶏鍋が運ばれ、ガーネは鍋の中を覗き込んだ。
自分の食べられそうなものを吟味するためである。
「ガーネくん、なに食べる?」
「ネギはいらん、春菊もいらん、きのこもいらん。えのきだけ許容範囲。豆腐はまあ食っても良い、白菜も許す。肉は今はいらん、鶏団子でギリ。しらたきとうどんは食う。草の系統は入れるな」
「え、めんどくさ」
「なんでもいいわ、食べれるもん食べれるだけ食べてちょうだい。ある程度身体回復するまでは好き嫌いしないで欲しい以前に『食べて欲しい』もの」
「おいスメイラ人参入れんな」
あまりワイワイと会話の盛り上がるタイプの三人ではないため、淡々と食事が進んでいく。時折ガーネが「うどんくれ、3本」などと面倒な要求をスメイラにして本当に面倒そうな顔をされる程度である。
「…ていうかさ。アンタ、あの女…なに」
締めに雑炊を作って盛り分けたタイミングで、ラズリが満を持したようにガーネに声をかけた。
「あの女ってどの女。つーか『あの女なに』って聞き方は誤解生むからやめてくんないか」
「陛下よ陛下。見舞い断るし、積極的に行かなくなったじゃない」
女王の話題を出された瞬間に、ガーネの視線が突然冷えた。
その目の色に、スメイラとラズリは一瞬だけびくりと肩を揺らした。
「陛下ね。…いいか、俺は『駒』で『犬』なのは変わりない。あの人がそういう線引したんだ、俺はそれに『従ってるだけ』。何か問題でも?」
「……ガーネくん、自分がいまどんな顔してるかわかってる?」
「爽やかで人当たりのいい笑顔」
「本気で言ってる?」
ガーネは確かに笑っていた。
しかし、その顔は『獲物が罠にかかるのを待っている捕食者』の笑顔であった。
「アンタ、ほんとドSよね」
「そんなわけねーだろ、俺は『ほんとドS』じゃなくて『それなりにドS』だよ。……でもまあ、女には優しい方だろ、俺」
「表面上はね」
小鉢に盛り分けられた雑炊を食べ終わり、ガーネが食器を置いた。
「あー食った。腹いっぱい」
「……そうね、いつもよりは食べれたわね。まあ良いでしょう」
「好き嫌いなく食べればもっといい子なのに」
「…お母さんかよお前らは」
*****
明け方にほど近い時間。退院後、渋々戻ることにしたガーネの『私室』の扉が、遠慮がちながらも少し強く叩かれた。
「お休みのところ申し訳ございません、統裁官様」
「……どうした」
珍しく早めにベッドに入り休んでいたところを起こされ、ガーネは怠そうに身体を起こして扉を開いた。
「特務案件です」
「状況は」
「王都南区、閉鎖済みの小聖堂跡にて不審事案です。発光、異音、人影消失の通報あり。現場確認済みの衛兵からは『気味が悪いが正体不明』との報告。今のところ負傷者なし、封鎖も不要と思われますが、呪具か術式の類の可能性ありとして特務判断待ちです」
「わかったすぐ行く。サイフィルだけ起こして来い、他は寝かせておけ」
「は、すぐに」
ガーネは面倒そうに欠伸を漏らしながら目を覚ます為に顔を冷水で洗い、着替えを済ませて特務室へと向かった。
サイフィルが来るまでの間にいつも通り装備を整え、場所を確認するように地図を開いて再び欠伸を漏らした。
「おはよぉ〜…」
「おはよ、行くぞ」
眠そうに目を擦ったサイフィルが部屋に来ると、地図を畳んでサイフィルを伴ってすぐに部屋を出た。
「ガーネ眠い…」
「心配すんな俺も眠い。あとで朝飯好きなの奢ってやるから少し頑張れ」
報告のあった南区の現場に到着した頃には、日が登り始めていた。
「……座標の『揺れ』みたいなのは感じるな。魔力残滓もある。サイフィル、異変無いか視て回れ。俺は座標見る」
「わかった、じゃあ先外側から視て回るね」
「おう、何かあれば呼べ」
サイフィルは礼拝堂の周辺を、外壁や植え込みに至るまで細かく目を凝らしている最中、ガーネは近くに待機していた魔導師から観測具を借り受け、座標の揺らぎを確認する。
「……?揺れ自体はあるが…揺れたっつーか『わざと揺らした』感じだな。…聞くが、座標が揺れるのは一般的に起こり得ることなのか」
ガーネが魔導師に質問を投げかけると、魔導師は意外そうな顔でガーネを見た。
「なんだよ」
「いや、統裁官は座標観測が出来るから何でも把握しているものかと思い込んでいた。そういう質問が来ると思っていなくて、驚いただけだ」
「俺だって全知全能じゃねーよ。そも、座標観測も完全に見様見真似と独学だ。教科書丸暗記知識だからそこからの応用は専門外だしさすがにわからん。まあこれを期に少し勉強しとくよ」
「…先程の質問の解答だが、一般的に起こり得るかと言われれば、ない。地震やらの災害でも座標ごと揺れ動くから、座標『だけ』が揺らぐことは基本有り得ない。統裁官が気付いた通り『わざと揺れるように少し座標に触れて主張させた』と言って、過言ではないと思う」
「ほー、なるほどな」
ガーネは少し考えるように礼拝堂を眺め、サイフィルが外側を一周して戻ってくると一緒に建物内に入っていく。内側も同じように特に遺物や術式、呪具の類も痕跡も含め存在せず、サイフィルもガーネと同じく首を傾げた。
揺らぎのあった中心点に立つと、違和感が一層強くなる。ただ、違和感があるだけで異変はない。その感覚に既視感はあるが、点と点が線にならない。
ここで黙って考えていてもこれ以上答えは出ないと、ガーネは建物を出た。
「…念の為、継続して周辺の警備・警戒にあたれ。問題が無さそうなら、衛兵長か隊長の判断で警察に引き継げ。サイフィル、行くぞ」
城下へ向かって歩く最中、ガーネは考え込むように黙っていた。サイフィルはそれに気付いた様子で同じように少し考えると、近くの喫茶店に目が止まり指を差した。
「あ、ねえガーネ。あそこの喫茶店のモーニングにしよ。あそこお高いからさ!」
「…お前、人の金だと思うと遠慮ないよな。まあ良いけど」
ガーネとサイフィルが喫茶店に入り、席に案内されて着席する。サイフィルがメニューを見て目移りしたように視線を動かしてガーネに声をかけた。
「うーん悩むな〜。ガーネは?何食べる?」
「夜遅くに鍋食ったから軽くでいい、オレンジジュースとトーストでいいや。いちごジャム」
「鍋?珍しい。一人でそんなの食べるんだ」
「一人で食うかよ、スメイラとラズリ」
「えー!!僕誘われてない!!」
「誘ってねーもんうるせーな、誘われたかったら書類少し出来るようになってくれ。そんでさっさと注文しろ眠てぇ」
眠いとは言いつつ、ガーネは背凭れに寄りかかってずっと考え込んでいた。
サイフィル的には少し静かな場所の方が落ち着いて考えられるだろうかという配慮のつもりだった。
だが、正面で真顔で考える様子を見ると、先程『何もなかった』のもあって妙に気になってしまった。
「…なに考えてるの?」
「……今までとやり方が違う。連中、ヴェルトラウリの結界閉じさせてからやけに控えめだが、今回はちょっとアピールの方向が変わったな、と。目的がわからん。何を見たいのか、何を知りたいのか、何を試したいのか。…今までは反応を見てた。けど今回は、『繋がり』を見ているような違和感がある。……まだ輪郭が出ない」
「…大体さ、僕ずっと疑問だったんだけど『なんでガーネ』なんだろうね、いつも対象が」
「……さてな」
ガーネは自分の皿に乗っていた茹で卵を手にするも、殻を剥くのが面倒でそのままサイフィルの皿に乗せてトーストを齧った。
サイフィルは自分の分と合わせて、殻ごと茹で卵を美味しそうに頬張っていた。
「…殻剥けよ…」
毎度のこととは言え、サイフィルの食の異常さにガーネは少し引き気味に小さく呟いた。




