148話「小娘」
「────以上が、此度の一連の報告にございます。本案件につきましては、引き続き衛兵と警察と連携をして調査して参ります。進展がございましたら改めてご報告に上がります」
「……そうか、ご苦労」
「では、失礼いたします」
ガーネが立ち去った後、ディアマントは深い溜息を漏らして椅子の背凭れに寄りかかった。
先の謝罪から数日、『駒に頭を簡単に下げるな』と言われ、ディアマントはなんと返していいかわからないままここまで来てしまったが、肝心のガーネの方は驚くほどに『通常通り』であった。
現場こそ直接出ていないにせよ、淡々と日々の業務をこなし、適宜必要に応じて報告に来る。
「…ヘルソニアよ」
「はい、陛下」
「…ガーネは、何故ずっと『ああ』なのじゃ」
「……『ああ』と申しますと」
ディアマントは答えられないまま口を閉ざしたが、ヘルソニアはディアマントが言わんとしていることを理解している様子で呆れた様子を隠すこともなく深く盛大に溜息を漏らした。
「陛下」
「……なんじゃ」
「確認でございますが、『現状』になにか問題でも?まあ、確かに統裁官が『現場に直接出られていない』ことは些か、先の謹慎命令違反の際の件で浮き彫りになった通り、現場に必要不可欠と私も判断します。多少の不安はございましょうが、現状は回っていると私は思います。衛兵長も非常に有能な男ですし、あの男は統裁官の元指導教官です。役割こそ違えど、連携に関しても滞りないかと存じますが」
「わかっておる」
「でしたら、統裁官になんの問題が?『貴女が任じた』男でしょう」
「……ヘルソニア」
「なんですか」
「…妾は、謝った」
どこか拗ねたような口調で言うディアマントの様子に、ヘルソニアは何度目かわからない、わざと聞かせるための呆れを孕んだ溜息を吐き出した。
「貴女、『謝ってはい終わり』になると本当に思っていらっしゃるんですか。私は一番最初に申し上げたはずです、『拗れますよ』と。ご覧なさい、拗れたではないですか」
「命令じゃ!なんとかしろ!」
「無理です。これは貴女がなんとかすべき問題です陛下」
「妾は謝った!頭も下げた!臣下の前でも、王としての矜持は捨てて謝った!」
「それがわからぬうちは、統裁官…いえ、ガーネも『あのまま』でしょうね」
「何故妾がわからぬあの男のことを、お前のほうがわかっておるのじゃ!」
椅子から立ち上がり、もはや子供の駄々のように声を荒らげるディアマントに珍しくヘルソニアはさも面倒そうな顔で目を細めた。
それが余計にディアマントの苛立ちを加速させ、ついには泣くのではないかと思うような相貌で唇を結んでしまったのでヘルソニアは諦めたように小さく息を吐いた。
「……よいですかディアマント様。私の口からあまりこういうことは申し上げたくないのですが、貴女『昔も』同じことしましたね。それで拗れたのをお忘れですか。今回のほうがまだ傷は軽いです。まだ、修正は効きます。『昔』とは違います。今の貴女は『女王』であの男は貴女の臣下、それも直下の、誰よりも一番近い男です。あの男の本質は変わっておりません、だから『ああ』なのです」
「……わからぬ」
「私は別にあの男に対し詳しいわけではありません。貴女の方があの男のことはよくご存知でしょう、傲慢で尊大で横柄で、誰よりもプライドが高いのは今に始まったことではありません。貴女の傍にいるあの男を客観的に見ているからこそです。それは正直、私でなくとも特務の人員も見て把握しています。『見えていない』のは貴女だけです」
「……お前、そこまで妾に言うか」
「ええ、拗れましたので。どこかの誰かのせいで。よいですか、私は貴女に前もお伝えしましたが、私自身ガーネという男はどうでもいい。しかし国に必要な力量を持っていることは事実、その『背景』も含め、国にも貴女の『野望』にも、必要なのは理解しています。だからここまで伝えております。痴情の縺れが一番面倒です、早くどうにかしてください」
「妾の痴情ではないっ!!」
ディアマントは再度椅子に腰を落とし、頬杖をついて深い溜息を漏らした。
*****
「ガーネ、医務室行くよ」
「なんでだよ、また俺のこと監禁するつもりかクソババァ」
「ほー。アンタ、アタシにそんな口きいて。抜糸してほしくないの?」
「…え、もういいのか」
ラズリの言葉に書類から目を離して顔を上げたガーネは意外そうな顔で見つめ返した。
「まあ、二週間経つし。アンタ『今回は』大人しくしてたしね」
「まじかありがとうロリババァ」
「手元滑って刺し殺したろかクソガキ、ほら行くよ」
ガーネはいつもの調子で軽口を叩くも、少し悩んだ。
「…ちょっと忙しいからここで出来るか」
そう告げたガーネの机の上には、スメイラと手分けした書類の山が積み重なっていた。
ここ数日の細々とした取るに足らない案件が、書類だけは立派に存在を主張している。
カルセにやらせると逐一「これはどうするのか」「ここがわからない」と聞きに来るためガーネとスメイラの手が止まり回すのをやめ、サイフィルとアメジに関しては最初から論外である。
そういうラズリもラズリでガーネの医療記録や呪術案件で回した書類があるため、状況についてはわかっていた。
「……まあ、ほんとはきちんと清潔なところでやりたいんだけど。抜糸だけだしまあいいわ、せめて机少し片付けておきなさい、用意してくるから」
「おー、頼む」
「ガーネ僕も書類手伝おうか?」
「頼むからほんとにお前は邪魔しないでくれ」
「ガーネ様あたしも手伝うわ」
「お前はせめて四則演算を理解してくれ簡単な経理書類も回せねぇ」
「やだー難しいエイミーわかんなぁい」
「ではわたくしはお茶の用意をしてまいりますわね」
「はい、ガーネくんこっち終わり、あと君のサインだけ」
ガーネとスメイラだけが書類に埋もれて忙しい中で呑気に茶菓子でおやつタイムになった三人を見て、ガーネは腹立たしいやらやっと静かになったやらと複雑な気持ちであった。
そうこうしているうちにラズリが小さな金属盆を片手に戻ってきた。
盆の上には消毒薬の小瓶、清潔なガーゼ、細い刃の鋏、それに糸を摘むためのピンセットが並んでいる。窓際のソファ前にある低いテーブルへそれらを置くと、ガーネを見上げて顎をしゃくった。
「ほら、そこ座ってシャツ脱ぎな」
「ちょっと待て1分」
スメイラから受け取った書類数枚にペンを走らせてサインをしていく。
書き終わるとインクを乾かすように机に並べ置き、椅子から立ち上がって官服を雑に脱いで背凭れに投げ掛けた。
ソファまで移動しネクタイを外すと、恥ずかしげもなくそのままシャツのボタンを外して脱ぎ去った。
「アンタ羞恥心とか無いの?」
「女じゃあるまいし、別に恥ずかしがることもないだろさっさとやれ」
「ま、アタシはアンタの全身くまなく見てるけどね」
「え」
特務室がしんと静まり返り、珍しくガーネの少し間の抜けた声が残った。
「当たり前でしょ、執刀医はアタシよ。ついでに言うけど、肩で入院した前回時点で既に全部見てるわよ。薬漬けで寝かせてたから尿道カテーテルまで入れてやったのよ、アタシが」
「それはセクハラだと思う」
「大丈夫。アンタのそのムカつくほど整った顔に見合った立派なもんがついてたわよ、恥じることないわ」
「え、やだ死にたい誰か殺して」
「安心なさいみんなには内緒にしておいてあげるから。あ、ここ特務室か。アハハ、はいほら包帯外すわよ」
一緒に温泉に入ったそもそも同性のサイフィル、アメジは別としてスメイラとカルセはなんとも言えない顔になった。スメイラこそ「あ、ふーん。そうなんだ立派なんだ」といった顔であったが、カルセの方は何かを色々想像したのか両手で首元まで赤くなった顔を隠していた。
ガーネの珍しく羞恥に死んで遠くを見つめる様子を無視してラズリが腹の包帯を外していく。
傷口に当てられたガーゼを外して患部の状態を確認し、用意した清潔なガーゼに消毒液を含ませ傷の上を撫でた。
冷たさに反応したのか僅かに痛んだのか、ガーネの眉が僅かに寄る。
「しみる?」
「平気」
「あっそ、痛かったら泣いてもいいわよ」
ラズリは煽るように言いながらピンセットで最初の糸の結び目を摘み、皮膚を切らないように少し張ってから鋏を入れた。
そのままピンセットを引くと、皮膚の中を通っていた糸がするりと抜け、異物感に似た不快感に僅かにガーネの身体が強張った。
「…動くな、アメジに押さえつけさせるよ」
「動いてねーよ早くやれよ引きつって変な感じする」
「まだ始まったばっかよ、頑張りな男の子でしょ」
糸は何本もあった。一本、また一本と摘んで切られ、抜かれていく。
その度に皮膚がつれるような感覚があり、場所によっては僅かな痛みが伴った。
「……おいまだか」
「まだよ煩いわね、黙って座ってな」
「こういうのって一瞬で終わるんじゃねーのか」
「あのさ、一瞬で終わる怪我だったらあんな大事になってないから。ぶち殺すわよ」
「はいすみません」
ラズリは大人しくなったガーネをちらりと見ながら次の糸を摘み、引き抜いた。
最後の一本を抜き終えると、改めて傷の状態を確かめた。
前回の肩の時もそうだったが、常人に比べると圧倒的に治りが早い。しかしそれを告げるとまた無茶をされかねないので、ラズリは傷口に消毒を塗り直して保護のための当て布を傷口に当てた。包帯を何重に巻くほどではないが、薄く押さえる程度に留めた。
「…急にスカスカする」
「いいこと、アンタ肩のときと同じよ。見た目は治ったように見えるかもしれないけど中はまだだからね。無茶したらわかってるでしょうね」
「わーったっての」
「毎回わかってないから言ってんのよ!糸取れたから治ったとか思ってそうだもの!」
「………」
「…治ってないからね!!?わかってんの!!」
「すごくわかってる」
「だったらちゃんとアタシの目を見て言いな!!」




