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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第二十章『再縛』

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147話「顔」

ガーネは女王の執務室のドアの前で佇んでいた。

今までであれば、来て早々にノックをして返事を待つ前に入ることも多々あったが、ガーネの中の線引が明確に変わった。

自分の中で何かが変わったことはわかっていた。

けれど、それが今までとどう違うのか、自分でも上手く言葉にできずにいた。


女王の方も、ドアの前にガーネが立っていることは気付いているはずであった。

時間にしてほんの1、2分程度ではあるが、ガーネは小さく息を漏らしてようやく扉を叩いた。

「失礼いたします。統裁官ガーネ・ディーム・ロットにございます」

ほんの数拍置いてから、「入れ」と聞き慣れた声が聞こえ、静かに扉を開けた。

入室し、扉を閉めたガーネは、いつものようにソファまで歩み寄ることはなかった。

机を挟んだ応接用の席へ至る手前、数歩の距離を残した位置で足を止める。

そのまま一礼し、硬い声で口を開いた。


「本日、医務区画を離れ職務へ復帰いたしました。この度は多大なるご心配とご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。お見舞いの品までお贈りいただき、恐縮に存じます。ご配慮、痛み入ります」

ディアマントは言葉を選ぶように、ほんの僅かに視線を漂わせた。

思っていた以上に距離のあるガーネの言葉に、ディアマントは純粋に戸惑った。

加えて、自身の機嫌で不用意な言葉を投げ、ここまで拗らせた自覚もある。

「…そう…か、…体調の方は、大事ないか。少し痩せたのではないか」

「は。通達は拝見しております。現場への直接出動は未だ困難ではございますが、執務そのものにつきましては本日より復帰いたします。今後も陛下のご意向に背かぬよう、駒として、また犬として、与えられた職責を違えることなく果たして参ります」

ディアマントは言葉を上手く紡げずにいた。

何か言わねばと思うほどに、目の前の男のよそよそしさばかりが際立って、口を開く術を失う。

そんな沈黙を、ガーネの低い声が淡々と破った。

「……他にご用がございませんようでしたら、これにて失礼いたします」

「ま、待て!…まだ、妾は用事がある」


敬礼をして踵を返しかけたガーネが姿勢を正すと、ディアマントは席を立ってガーネの傍に歩み寄った。

「…ガーネ」

「はい」

「その、……悪かった」

突然の女王の謝罪の言葉に、それまで表情を固くしていたガーネが僅かに困惑したような顔になった。

何について謝罪されているか、理解が出来ていなかった。

少しだけ考えるも思い当たることは浮かばず、恐る恐るといった様子で口を開いた。

「……何についてのことでございましょうか」

ディアマントは俯き加減だった顔をはっと上げて、自分よりも背の高い男の顔を見上げた。

自分の謝罪の言葉がまるで届いていない様子に少し眉を下げ、再びほんの少しだけ目線を下げる。軽く目を伏せてから、ゆっくりとガーネに視線を向け直し、蜂蜜色の瞳でしっかりとガーネの相貌を捉えた。

「…お前に、妾が不要と判断したのだと思わせたことじゃ。…休ませたかったのは本心じゃ。だが、感情に任せて言葉を誤った。あの時の妾の言葉では、お前がそう受け取って当然じゃ。……悪かった」


ガーネはその言葉を受けて、ほんの少しだけ眉を動かした。

どういう感情なのか、自分でも理解と処理が追いつかなかった。

殊勝に頭を少しだけ下げた女王の姿に、なんとも言えない気持ちだけが胸の奥に燻った。


「…頭をお上げください。一国の王たる御方が、家臣……いえ、駒ごときにそのように容易く頭を垂れるべきではございません。私は何も気にしておりませんし、そもそもそれを気に留める立場にもございません」

顔を上げたディアマントの表情が、ほんの少しだけ泣きそうに揺れていた。

その顔を見たガーネは、僅かに目を細めた。


その瞬間、ディアマントと視線が絡んだ。

ガーネはそれを断ち切るように敬礼し、深く頭を下げた。


「……お言葉は確かに承りました。では、職務がございますのでこれにて失礼いたします」


ぱたん、と静かに閉まる扉を見つめ、ディアマントは近くのソファに腰を落とした。

ふう、と深い溜息を漏らし、目を伏せ、暫く無言で佇んでいた。



こつこつと歩く足音が静かに響く廊下。

ガーネは大広間の大階段の踊り場で立ち止まり、柵に身体を凭れさせて腕を組んだ。

静かに目線を今歩いてきた方向に向けると、獲物を見つけたかのような顔で小さく口元に笑みを浮かべた。


「ふーん」

────ああいう顔するんだ、あの女。


そう思うと何となく溜飲が下がるような気持ちと、逆に何かが湧き上がるような気持ちが混在した。

ガーネ本人にはまだその感情が何かは名前も付かなかったし、自覚もなかった。


「まぁ、『まだ』だな」

完全に本能レベルの感覚ではあったが、無意識にそう呟いた。

幾分か機嫌が良さそうに階段を降り、特務室へと戻って行った。


ヴェルトラウリの結界を閉じさせた影響か、こちらの動きを確認するように細かな案件が立て続いた。

向こうも様子見のつもりなのか、いずれも取るに足らないものではあるし、処理も適切には出来てはいる。

しかし自身の目で直接現場を見ていないもどかしさは残り、せっかく『良くなった機嫌』は数日のうちにまた不機嫌に傾いていってしまった。

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