146話「駒で犬は弁える」
「ガーネ、お見舞いの品持って来たよ〜」
先の案件は、均衡教徒を騙った『密輸隠蔽のための放火』と断定され、警察に案件が引き継がれた。
行方不明者は拉致ではなく、ガーネが睨み、スメイラに洗い出させた通り帳簿を持って逃げた内部関係者だった。
その報告を、見舞いに来た衛兵長から聞き雑談をしていると、サイフィルが紙袋を抱えてやって来た。
「あ、衛兵長さん!お疲れ様です!」
「おう、お疲れ。見舞いってなんだ、エロ本か?まあ男子の見舞いには定番だよな」
「ですよねですよね!ガーネ喜ぶと思って!」
「喜ばねーよざけんな」
そうは言っても一応手を出したガーネだった。
サイフィルから紙袋を受け取り、開けて中を確認する。
なんだかんだと言いつつ、その場でぱらぱらと中身を確認してぱたんと本を閉じると盛大に溜息を漏らした。
「…全然わかってねーな」
「え、駄目だった?」
「俺は胸じゃなくて脚がいい。ったく、これだから童貞は」
「あーあ、お前昔から変わってねーな。脚フェチ」
からからと笑う衛兵長と少しだけ落ち込むサイフィル、入口では他の面々が呆れた顔で立っていた。
「ったく、バカな真似してんじゃないわよ。一応怪我人なんだからね、一応」
ラズリがスパンとサイフィルの頭を叩き、簡易机に果物の入った籠を置いた。
「なにこれ」
「陛下から。見舞いの品」
ガーネはあからさまに面倒そうな顔をして籠を一瞥した。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るかな。ガーネ、ちゃんと大人しくしてろよ」
「へーい、あざっす」
療養室を出ていく衛兵長にスメイラたちは敬礼をして見送り、入れ替わるように室内に入ってきた。
「んまぁ、王都でも老舗の超・高級果物店の籠じゃない、良いわね〜美味しそう!」
「お前らで食っていいぞ。特務室にでも持ってけ」
「ですがガーネ様、せっかく陛下が贈ってくださったのに」
「言うてこんなに食えるかよ、飯もまともに食ってないのに」
「アンタのは半分好き嫌いでしょうが。…でも果物でもいいわ、食べられそうなのがあるんなら食べなさい」
ガーネは冷えた眼差しで籠の中身を見つめ、唯一今の胃の調子で食べられそうなりんごを選び手に取る。
「カルセ、剥いて」
「はい。うさぎさんにしますか?」
「皮食いたくないからそういう小洒落たことはしなくていい」
「かしこまりました、剥いて来ますわね」
カルセがりんごを持って立ち上がり、ナイフを借りに出ていった。
ガーネはあからさま過ぎるほどに盛大な溜息を漏らし、ラズリはスメイラの顔を見上げた。
スメイラはその視線を受けてほんの小さく頷きを返し、改めてガーネへと視線を移した。
籠の中身にも、周囲の反応にも、ガーネはひたすら面倒くさそうな顔をしていた。
そして堪えきれなくなったように、ラズリへ顔を向ける。
「ラズリ、もう退院したい」
スメイラに処理完了済みの書類を手渡しながら、ガーネはさもうんざりした顔でまるで被害者のような顔をして訴えた。
「なによその顔。退院?まだ駄目ね、せめてご飯半分は食べられるようになりなさい。元々そんなにガツガツ食べる方じゃないのに余計食細くなってるでしょ」
「なら食えるもん出せよクソババァ」
「アタシが作ってるんじゃないわよ!医務区画の管理栄養士が献立考えてんだよバカガキ!」
「お前うるせーんだもん、医者みたいなこと言いやがって」
「医者なんだよ!!!」
りんごの皮を剥いて切り分け、皿に盛って戻って来たカルセがくすくすと笑いながら療養室に戻ってきた。
「お元気になられたようで何よりですわ。はい、ガーネ様。りんご剥いて参りましたわ。お一人で召し上がれますか?」
ガーネはカルセが楊枝に刺して口元に近付けたりんごを一瞥した。
「ガーネ様?」
「カルセ、すりおろしたやつじゃなきゃ食えない」
「………ガーネくん、…君、赤ちゃんなの…?」
「うるせーよ誰が赤ちゃんだ、固形物今はあんまり食いたくない。あ、いいところに。エナ!これ摺って来い」
タイミング良く見舞いに訪れた侍女エナの顔を入口付近で確認すると、いつも通りの横柄な態度でガーネは自分の要求を突きつけた。
さらに二日が過ぎた。
ガーネが倒れてから七日、意識が戻ってから五日目。ラズリの監視付きという条件で、ようやく退院が許された。
「いてて」
ラズリとともに特務室へと戻る最中、小さく声を漏らしながらガーネは脇腹を擦った。
「わかってると思うけど、絶対現場は出さないからね。なにがあっても絶対によ今回は」
「はいはいわかったよ」
ラズリが特務室の扉を開けると、全員がガーネの帰還を待ちわびて待ち構えていた。
ガーネが『自席』に腰を下ろすと、スメイラが通達書と印章を持ってガーネの席にやって来た。
「おかえり、ガーネくん」
「…ただいま」
机に置かれた通達書と印章に思わず肩を竦めながら、用紙に手を伸ばした。
ざっと目を通すとそこには、王名で出された正式な復帰の文言が並んでいた。
『通達
先に発した王命執行最高責任者兼異界対策統裁官ガーネ・ディーム・ロットに対する統裁官権限停止の措置について、これを解除する。
本日付をもって、ガーネ・ディーム・ロットに対し改めて統裁官としての職務執行を命じ、同職に付随する決裁権・指揮権・命令権を回復する。
これにより、特務案件ならびに統裁官権限を要する案件については、従前どおり統裁官ガーネ・ディーム・ロットへ回付のこと。
あわせて、スメイラ・フレイブ・グリウに命じていた統裁官代行の任は解き、以後は統裁官補佐として統裁官を補佐せしめる。
なお、統裁官は療養中につき、当面の案件持ち込み及び報告については特務室を経由することを妨げない。
各所、本旨を誤ることなく運用されたし。
以上』
女王の名前で出された通達に目を通し、興味も無さそうに机に雑に放る。
それから改めて机に置かれた『統裁官印章』を眺め、深く溜息を漏らした。
「あーあ。まぁた俺の仕事か」
「君の仕事だよ、とか言うけど謹慎中も入院中も普通に仕事してたじゃない。私の方こそやっと肩の荷が降りたよ」
「とは言えだ、俺はさすがにまだ現場は出れないから当面は今の運用で動くぞ。衛兵長には話し通してある。基本あの人に従えば間違いない」
そう言ってガーネは背凭れに深く寄りかかって息を吐いた。
「あー、具合悪」
「なによ、やっぱり退院早かった?あんなに出せって騒いでた癖に」
「ちげーよ、多分体重70切ってる。身体の重さの感覚が違う。俺のベスト体重じゃない」
「……そう思うなら好き嫌いしないで食べてもらってもいい…?」
カルセが茶菓子と共にココアを用意してガーネの傍に近寄り机に置いた。
「カルセ」
「?はい、なんでしょうガーネ様」
ガーネが振り返ったカルセの顔に手を伸ばし、指先で頬にそっと触れた。
「……傷、残って無くて良かった」
「…ガーネ様が守ってくださいましたから」
はにかんだように笑ったカルセを見て、ガーネの懸念が一つ晴れて少しだけ安堵した顔をした。
特に案件も書類も無いため全員で何故かおやつタイムのようにガーネの退院祝いを小さく行っていると、ガーネの手がぴたりと止まった。
覚えのある、『呼ばれている』感覚に気付いてしまったが、このまま気付かないふりをしようかどうしようかとしばし悩んで固まってしまった。
「ガーネどうした?」
サイフィルが首を傾げ問いかけると、ガーネは無視する訳にもいかないかと諦めた顔で息を吐いて立ち上がった。
緩めていたシャツのボタンを止め直し、ネクタイを結ぶ。それから誰かがハンガーにきちんと掛けて置いたらしい官服に手を伸ばし、久しぶりに袖を通す。
「…ガーネ様?」
「……ちょっと出る」
「どこ行くのよ」
「……呼ばれた」
あからさま過ぎる程に面倒そうな、行きたくなさそうな顔にラズリとスメイラだけが行き先を察した。
「…アンタいつも、呼ばれなくても行ってたじゃない。ま、気持ちはわかるけど」
「俺は駒で犬だ。弁えてるだけだし、弁えるようにしただけだ。……行ってくる」
スメイラは部屋を出たガーネの背中を見送り、肩を竦めてラズリとともに小さく溜息を漏らした。
「…もう一波乱ありそう」
「ほんとに。勘弁して欲しいわ」




