145話「アン・マッチ」
ガーネの意識が戻ってから、さらに二日が経過した。
あまりにも煩いためラズリが渋々許可した書類仕事がスメイラの手によっていくつか持ち込まれ、『暇つぶし』にその仕事が処理されていく。
「まったく、アンタ療養ってなにか知ってる?」
「食って寝て座ってんじゃん。休んでんだろ」
「はー、まぁいいわ。良い知らせと悪い知らせがあるの。どっちから聞きたい?」
近くの椅子に腰を下ろして足を組んだラズリが、なんとも含みを持たせてガーネに問いかけた。書類に走らせていたペンを机に置き、ガーネはラズリに視線を向けた。
「どっちでもいいよ、なに」
「陛下、午後に見舞いに来るって」
「断っといて」
間髪入れずに返答された言葉が、ラズリの中で一瞬すんなり入って来なかった。来るとは思っていなかった方向の返答だったからである。
「……は?アンタ、ほんとに言ってる?」
ラズリが目を見開き問いかけ直した。ガーネは意味がわからなそうな顔をしながら少しだけ考えた。
「断り文句が必要なら、『陛下のような高貴な方にお越しいただく場所ではございません』って『統裁官』が言ってましたって言っとけ。…で?『良い知らせ』は」
「…今のが、良い知らせよ」
「じゃあなんだよ、これ以上悪い知らせでもあんのか」
「…………今日の、昼食…青菜と人参の煮付けだって」
「げ、最悪。草かよ。そりゃ確かに悪い知らせだった」
*****
「陛下、失礼いたします」
「なんじゃ」
「あの…統裁官殿より、お見舞いのお断りが」
「は?」
ディアマントは意味がわからないと目を丸くした。
「お伝えいたします、『陛下におかれましては、かような場所へわざわざお運びいただくべきではございません。未だ療養中の身にて、見苦しい姿を晒すのみでございます。誠に恐れ入りながら、本日のお見舞いはご遠慮賜りたく存じます』……とのことでした」
「……そうか、わかった。下がってよい」
ディアマントはまさか断られるとは思っていなかったために、少しだけ胸の奥が絞まるような感覚に僅かに眉を寄せて背凭れに寄りかかった。
自分の言葉通り、『女王の犬』を自称し自分に尻尾を振っていたガーネの姿を思い返す。しかし、今回の事で痛感したが、プライドは人並みに、いや人並み以上に高いことを思い知った。
ガーネがプライドの無い男だと、思ったことは一度もない。
プライドが高いからこそ、自分の命令通りに動き、職務を全うしていた。
それを痛感した。
何故、もう少し素直に労わなかったのか。
もう少し素直に言葉を掛けていれば、きちんと宮廷医に診せていただろうし、『こんなこと』にもなっていなかっただろう。
そして皮肉なことに、『こんなこと』になった結果、ガーネの手腕・頭の良さ・強さ・統率力が知らしめられる形で浮き彫りになった。
『寵愛人事』と言われていたことも聞こえていたし、半分事実である故に否定はしなかった。しかし、寵愛人事だけであの男が『統裁官』として据えられているわけではないということも、自分を含め周囲にはしっかりわからせられた。
────それを、妾は言葉の選択誤りで奪った。
暴君と揶揄されても、致し方ない。
ディアマントは深く溜息を漏らし、目を伏せた。
「…見苦しい姿、のう…。……ヘルソニア」
「はい陛下」
「見舞いの品を贈れ。菓子じゃ、あやつ甘いものは好きだろう」
「………あまり、食事が進んでいないと報告を受けておりますが」
「なら果物じゃ、最高級のものを」
「ハァ、…かしこまりました」
「失礼します、ガーネくん今いいかな」
「スメイラ、どうした」
ガーネのいる療養室に特務のメンバーがぞろぞろと入ってきた。
本来は宮廷医の立場にないラズリは暇を潰すようにガーネの傍で椅子に座り話し相手程度に雑談していたため、全員揃って『見舞いではない雰囲気』で入室した面々を何事かと振り返り、スメイラの顔を見た。
「特務案件、ちょっと相談したくて」
「おう」
一応、正式通達前ではあるがガーネに権限は戻されたとはいえ、当の本人は到底現場に出られる状態ではない。
そのため指揮は未だスメイラが代行していたが、こうして相談できるだけでも以前とは比べものにならないほど落ち着いていた。
「北区倉庫街で火災が発生。負傷者複数、今のところ死者は確認中。現場付近の壁面と焼け残った木箱に、均衡教徒の印章に類似した落書きが見つかってる。それと、倉庫番が一名行方不明。現場の衛兵は均衡案件の可能性ありとして封鎖を開始、特務判断待ち。火はまだ完全には落ち着いてないけど、延焼は抑え込みつつある。……どうする?」
ガーネは少し考えるように顎先に手を当てた。
「火消しは出来てんだな」
「うん」
「衛兵に協力仰げ。まずサイフィルは現場の印の真贋判定と呪具・術式の類確認、何か見つけたら魔導師か巫術官に報告しろ。スメイラ、お前は倉庫の帳簿と人の流れ追え。…アメジお前はどの程度動けるんだ」
「あたし?全然動けるわよ」
「ほんとかラズリ、結構ザックリいってたと思うけど」
「それが全治2週間は見てたんだけどほぼ完治してんのよ。ガーネも化け物かと思ったけど、アメジは人外ね人外。ま、医者としては無理はして欲しくはないけど問題なしって言っておくわ」
「そうか、ならアメジは衛兵長と一緒に動け。威圧要員だ。いいか、絶対に衛兵長の命令に従え。カルセは連絡要員で城に待機」
全員思わず黙り込んでしまい、ガーネは怪訝そうな顔をした。
「なんだよ、さっさと動けよ」
「……いや、ガーネくんだなと思って。安心した。よし行こう皆。行ってきます」
「ハイハイ、怪我するんじゃないわよ」
パタパタと療養室を出ていくスメイラたちを見送り、ガーネは訳がわからなそうにラズリを見た。
「…なにあれ。どういうこと」
「アンタって、ほんとバカよね。いっそそこまで行くと清々しいわ」




