137話「最適解」
「…一般人数名、死者」
初報の衝撃にスメイラが絶望した顔をしつつも、震える手で現場を確認する。
地図を確認し、くしゃりと皺が寄った。
朝方引き上げて来た現場で、ほんの数時間前に『異常無し』と判断し封鎖を解いた場所だった。
宮廷魔導師の確認でも、サイフィルの視認でも、その時点では異常は拾えなかった。
だからこそ、封鎖解除の判断は間違いではなかったはずだった。
「ガーネくん、」
スメイラが縋るように視線を向けたが、ガーネは優しい言葉など掛けなかった。
「バカか!さっさと行け!人死んでんだぞぼさっとすんな!……後で責任は俺が見る、今は動け!」
その言葉に、全員が弾かれるように特務室を駆け出して行った。
突然怒鳴ったせいで、しばらく落ち着いていた脇腹が酷く痛んだ。
椅子に座り直し、先程ラズリが「熱があるのか」と言っていたことを思い出して無意識に自分の額や首筋に手を当てた。自覚が無かったが、相当熱い。
ポケットに手を突っ込み、鎮痛剤のシートを取り出す。手が震えていた。
「…くそ」
小さく呟きながら、一錠分を押し出す。水を取りに行く余裕もないためそのまま口に放り込み、無理矢理飲み込む。食事はおろか、水分すらまともに取っていない乾いた口の中で上手く錠剤が通過せず喉の奥につかえるような感覚に眉間の皺が深くなる。
残り三錠となったシートを机に雑に放り、机の上の書類を睨みながらネクタイを緩めた。
現場一帯は混乱に満ちていた。
「統裁官代行、いかがいたしますか。ご指示を」
「ええと、待って」
「負傷者、増えました!」
「待って!待って待って…!!」
ラズリがスメイラの頬を力一杯張った。
「────…ッ遅い!スメイラ!負傷者はアタシが診る!」
そのままラズリは現場の負傷者の元に駆けていく。
張られた頬がじんじんと痛み、頭が冷えていく。
「…すみませんでした。被害状況は」
「既に搬送された負傷者が18名、うち3名が心肺停止です。先程4名、負傷者が出ています」
「怪我の具合は?敵襲?」
「いえ、怪我では無く…なんと申しますか、著しく損耗している、という状況で…敵襲なのかはわかりかねます。邪教のローブは確認出来ていません」
「…均衡教徒だからと言っても、ローブを身に着けているとは限りませんわ。付近の結界は?必要あれば、わたくしがお祈りいたします」
「…サイフィルくん、呪具の類が無いか、視れる?エイミーちゃんは周辺の警戒。カルセさんは、ええと、どうしよう…先輩の、負傷者の方に行ってそちらの保護結界を」
「かしこまりました」
「…スメイラさん、呪具とかそういうのは無さそう、術式探そうか?それとも一帯ぐるっと見てくる?」
「そ…う、だね。お願い」
サイフィルの提案に判断が誤っていないか不安そうに小さく頷いたところで、アメジが何かに反応し、杖を構えて声を上げた。
「待って!サイフィルちゃん動かないで!…ね、スメイラちゃん。ここ、公園よねぇ?」
アメジの確認に、スメイラは意図がわからず小さく頷きながらアメジが睨む視線の先に目を凝らす。公園らしく遊具や樹木、ベンチ、そして中央に大きな噴水がある。
「え?うん、公園…」
「ちょーっと樹木とか遊具とか、ぶっ壊れても…怒られない?あ、でもガーネ様よりおっかなくないかぁ!きゃは!…というわけで、公園範囲内で済ませるようにするからあとよろしくね!」
「え、エイミーちゃ」
「いくわよぉ、『エイス』!!」
アメジは杖を振り上げ近くの噴水に向かって詠唱をした。バキバキという砕けるような音と共に噴水の水が凍っていく。
それと同時に少し遠くで人影が動いた。
「チッ!」
アメジの地声での舌打ちが夜の公園に低く響き、サイフィルとスメイラは状況を把握しようと目を凝らした。
視線の先に、見覚えのあるローブが見えた。
「エイミーちゃん気を付けて!」
「任せなさい!あたしがギッタギタのメッタメタにしてやるんだから!『ゼルス・トルング』!」
劇場で舞台を破壊しようとして建物自体を半壊にした恐ろしい魔法の詠唱を聞き、スメイラとサイフィルは思わず数歩後退りした。
詠唱の先で氷漬けになった噴水が容赦なく粉砕され、破片が周囲に飛び散りローブの男にもまるで銃弾のように降り注いだ。
「…や、やった…?」
サイフィルが恐る恐る声を掛けると、アメジは小さく首を振った。
「んーん、ぜーんぶ『持っていかれてる』感じ」
「持っていかれる?って、なに、どういう」
「スメイラちゃん、多分あの男『魔力吸収』するヤなタイプだわ」
「…まってそれって」
アメジが戦えないのでは、と懸念して下げさせようかとスメイラが悩む。しかし、アメジを下げたところで誰が戦う?サイフィルも自分も、戦闘員ではない。
「大丈夫よぉ、あたしこんなにか弱く見えても結構腕っぷしには自信あるのよ!ガーネ様とタイマン張っちゃったんだから!……負けたけど」
そう言ってアメジが準備運動のように肩をぐるぐると回して、均衡教徒目掛けて踏み込んでいった。
「オラァァア!!!」
アメジの野太い掛け声と共に『魔法の杖』が振り下ろされ、公園の地面が大きく抉れた。
「…ま、まってこんなのとガーネくん戦って勝ったの!?ってそうじゃなくて!サイフィルくん!!魔力吸収型ならまずい、一般人が倒れてるのは魔力吸収のせいだ!!先輩とカルセさんのところ走って!!」
「わかった!!」
サイフィルを伝令に走らせ、自分は何をすべきかと周囲を見回す。
ガーネくんならどうした?なにしたらいいの!?私は次どう動けば良い!!
暫く一方的に攻撃を仕掛けていたアメジの動きが止まり、膝から崩れるのを確認した。
────何が、起きた?
状況が理解できないまま、アメジの太腿から鮮血が吹き出し地面に赤黒い染みが広がっていくのを見た。
何も考えられず、呼吸が浅くなる。
手が震える。怖い。
自分の判断で、自分の指示で、人が死ぬかもしれない。
怖い、助けて、出来ない、無理、なんで私なの、私になにをしろって言うの?
「スメイラさん!」
サイフィルの声にはっとして顔を上げると、息を切らしたラズリとカルセが合流した。
「ひ、ひと、は…怪我人は…」
「んなもん、とっくに処置して区間外に搬送してる!しっかりしな!さっきも言った、アンタが責任者!!アメジは後で治療する、最悪切断されても死んでなければアタシならくっつけられる!!」
ラズリの声に、スメイラの目に涙が滲んだ。もう、出来る決断はこれしかない。
「か…カルセさん、…聖結界を、お願いします…ただ、敵は『魔力吸収型』だそうなので、気を付けて」
「範囲は?」
「公園、一帯」
「かしこまりました」
「先輩は…すみません、ここお願いします、エイミーちゃんの後方支援を」
「わかった。遠隔だけど治癒術飛ばして最低限の止血はする、それであの無理矢理動き回ってるゴリラのサポートすりゃいいのね」
「はい。サイフィルくんは…術式の発動、呪具の痕跡、全部に目を凝らして」
「オッケー!」
「アンタどうすんのスメイラ」
ラズリがヘッドドレスからいつもの数珠を外して手に巻きつけ、霊力を数珠に込めながら雑に問いかけた。
「この案件の解決の最適解を────20…いや、15分だけ耐えて」
それだけ指示を残すと、スメイラは王城に向かって走って行った。




