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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十九章『要石』

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135話「19歳」

いつもとは違って妙に静かだった特務室内が、一人になった瞬間にさらに静まり返った。

閉じられた扉の向こうから微かに聞こえる音や声が、ここだけ切り分けられたかのように錯覚させた。

ガーネはスメイラたちを見送った後に、脇腹の痛みを耐えるようになるべく衝撃を与えないようにゆっくりと腰を下ろし直した。

ふう、と息を漏らし、窓の外に視線を投げた。


その目は少しも腐っていなかった。

熱で顔色は悪くとも、その視線だけはいつも通りだった。獲物の気配を嗅ぎ取った時のように、ギラついた光を宿している。

「……結界杭が不自然に一本抜かれています、か。……さて、連中…抜いて終わりじゃねぇだろ。何を見たい?何を試した?次はどこに向く」

陽動か、観測か、あるいはもっと別の地点へ人を割かせるためか。

いずれにせよ、一本抜いた程度で終わる話しではない。

そこまで考えると、ふうと息を漏らした。


────まあ、今の自分には権限も何もない。アイツらなら出来る。なんの為に散々『仕込んだ』と思ってるんだ


ふ、と小さく笑みを零してガーネは書類に向き直った。



昼過ぎ、結界杭の抜かれた現場に到着した。

問題の箇所に歩み寄り、スメイラは「あっ」と小さく声を漏らして青い顔で振り返った。

「か、監査…出来ない、…いつも結界も座標も、ガーネくんが当たり前に見てたから…私結界なんて見れない、どうしよう、…あ、ま、魔導師。魔導師の手配」

「落ち着きな!今はアンタが現場責任者でしょスメイラ!」

「…ッせ、先輩…すみません」

ラズリの喝でスメイラはようやく少しだけ我に返り、落ち着きを取り戻そうと何度か深呼吸を繰り返した。

スメイラだけではない。全員が、ガーネ不在の穴を実感した。


確かにガーネであれば、自分で結界も座標も見ていた。しかし、万が一自分が同行しないとなると恐らく『結界杭』のワードだけで出動の際に事前に魔導師を伴う判断をしていたはずだ。


そこにうっすら気付くも、口には出せなかった。

「…魔導師の手配をお願いします」

近くで警備をしていた衛兵に指示をし、衛兵に周辺一帯の封鎖を命令する。


────手が震える。次は何をする。

封鎖はした、魔導師も呼んだ。魔導師が来たら、結界杭の確認をしてもらう。

それから、なにをする?

ガーネくんなら何をした、どこを見た、なにを懸念した?どれを警戒する?


魔導師が到着したのを確認し、はっとして声を上げた。

「そうだ、聞き込み」

ぱっと顔を上げ、震える手を押さえ込みながらスメイラに注目する視線の先のメンバーに目を向けた。

「先輩とサイフィルくんは、周辺住民からの聞き込みをお願いします」

「わかった!行ってくるね」

「エイミーちゃんとカルセさんは…ええと、被害状況の確認を」

「承知いたしました。エイミーさん参りましょう」

サイフィルとラズリ、カルセとアメジにそれぞれ役割を振り分け、緊張を押さえるように何度目かの溜息を短く漏らした。

そしてスメイラは魔導師と共に周辺の他の杭の確認に回った。

他に抜かれた杭がないことを確認し、思い出したように抜かれた痕跡が無いかも慌てて追加確認する。最後に抜けた杭をあった場所に刺し戻し、結界を閉じた。


一帯の一部住人の、体調不良や頭痛・吐き気の訴えを聞き、カルセとラズリで確認。何かしらかの魔力干渉による体調不良と判断し、病院へ搬送の手配。

被害状況を鑑みて、改めて封鎖の範囲の拡大。

封鎖範囲内の異常の確認に、サイフィルの目を使う。遺物や呪具の類は感知されず。

周辺住民への聞き込みやら、容疑者の人物像を洗い出そうにも情報が一致せず時間がかかる。現場でしても仕方のない作業と判断し、城へ持ち帰る判断。


そこまで実施したところで、昼前に城を出たはずが夜を超えてすっかり朝になっていた。

全員の疲労の色も凄まじい。

「…戻ろうか」

「そうね」

来た時とは違った意味で、足が重かった。



朝日が差し込む眩しさと脇腹の痛みと、発熱したことによる節々の痛みに昨夜同様あまり寝付けないまま目を覚ましたガーネは、時計を確認してまだ戻らないことにごく僅かに不安を覚えた。

しかし、自分が心配をしたところで責任者はスメイラである。アイツはやれる。他のメンツも、全員自分の仕事は出来る。


怠く、重い。そして熱い。でも寒い。

一周回って痛いのは然程気にならなくなってきた。

連中が戻る前にシャワーでも浴びに行って、包帯とガーゼを変えて処分して…飯は、いいか。食欲がそもそも無い、食える気がしない。

そう思いながら、痛くないと思った身体を起こした瞬間、脇腹に容赦無く鋭い痛みが走る。

「──── ッて、うぐ…!!」

余りの痛さに思わず叫びそうになり、無意識に下唇を噛んだ。

フーフーと荒い息が漏れ、やはり痛いものは痛いのかと再確認した。

残り五錠だった薬のシートを取り出し、一錠を掌に出してそのまま飲み込んだ。

残り四錠、それまでの間にマシになればいいなと楽観的に考えながら、シャワーを諦めてソファの背凭れに寄りかかった。


なんでもいい、せめてひと仕事終えて戻ってきた連中にこのだらしない体たらくを晒しさえしなければ。

昨日のように普通に振る舞えれば、それでいい。

まだ動ける。

アイツらが戻ったらまず現場報告書。

結界杭異常の一次対応記録、聞き込み一覧、魔導師棟への追加依頼。

衛兵向け警戒通達もいるか。

……いや先に陛下報告用の要点整理だな。スメイラ、あの顔だと絶対順番飛ぶ。


そんなことを考えていると、少しだけ扉の外が騒がしいような賑やかなような気配に気付く。

帰ってきた、そう思いながらガーネは『なんでもない素振り』をするために立ち上がって自席に腰を下ろした。

明け方まで作成していた書類を種別ごとにまとめ直して机に置き直したタイミングで、入口のドアが開いた。

「……おかえり」

「…ただいま…」

戻ってきた一同は、ガーネの想像の数倍疲れた顔をしていた。


なにか複雑化したのだろうか、問題があったのか。

そう聞きたくても、自分はその立場にない自覚がありガーネは口を噤んだ。

疲労たっぷりに息を漏らしたラズリが椅子に腰を落とす直前、ガーネと視線が絡む。

ラズリはガーネの顔色に気付きつつも、自身も疲労で気に掛ける余裕も無く、『宮廷医に診せているだろう』と考えて特に言及しなかった。

「…なんだお前ら、すげー疲れてるな。大丈夫か」

あまりの疲労困憊の様子にさすがのガーネも普段言わないような言葉をかけつつ、最後に部屋に入ったスメイラに視線を向けた。

たったの一日でこんなにやつれるかというほどにげっそりと生気のない顔をしたスメイラは、そのまま自席に腰を落とした。

「…ごめん、ほんとに申し訳ないんだけど…サイフィルくん、謁見の取次…お願いしてもいいかな……陛下に報告、しに行かなきゃ…」

「うん、わかった。行ってくるね」

「サイフィル待て。ちょっと来い」

立ち上がったサイフィルを手招きしたガーネが、財布から紙幣を何枚か取り出しサイフィルに握らせた。

「出るついでに、購買でなんか食えるもん買って来い。全員の分。釣りはやる。……甘いの混ぜとけ、頭回ってねぇだろ。謁見の前に倒れんぞ」

「え、うん。ありがとうガーネ」


そのやり取りの間に、スメイラは机に伏せてしまった。

机に伏せたまま、スメイラの頭の中では現場の動きが何度も巻き戻されていた。

────今にして思えば、魔導師を待つ間に聞き込みに回れた。他の杭の確認も、もっと早くに人を割けた。一つずつ処理する必要なんて、なかった。

そもそも、衛兵の最初の報告で結界杭の話しをされて出動した。その時点で、結界監査の出来る魔導師を事前手配すべきだった。

自分の判断も処理も、結果だけ見れば間違えていない。出来てはいる。けれど、遅い。

ガーネくんなら、夕方か夜には城に戻って来ていただろう。

重圧に、胃に穴が空きそうだ。

彼はたったの19歳で、こんな判断をあの速度で、的確にしていたのかと痛感する。

────…耐えられない。自分には、荷が重すぎる。

それだけ、『統裁官』という役職がいかに重く、高位職だったのかと思い知った。

そして同時に、それを平然と背負っていた男の異常さも。

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