134話「誰に命を託し、誰がために命を燃やす」
『統裁官代行』として最初の皮肉な仕事を終わらせたスメイラは、未だ青い顔のまま着席して深い溜息を漏らした。
胃薬を出そうと引き出しを開けると、昨夜預かってしまった『統裁官印章』が目に入り、一層胃が重く締め付けられるような感覚になる。
スメイラはそのまま胃薬の小瓶を手にして中から錠剤を数粒取り出すと、机に置かれた冷めた紅茶で流し込むように飲んだ。
カルセは未だに目を赤くして小さく啜り泣いており、正しく空気は葬式のようであった。
扉を叩く音が響き、そのままガチャッと音を立てて開かれると衛兵が顔を覗かせた。ガーネも何度も会話した事がある、比較的若めの衛兵であった。室内の雰囲気とカルセがすんすんと鼻を啜って泣いている様子にギョッとしつつも、そのままガーネへ視線を投げた。
いつもと同じ席に座ってはいるが、今までと違い顔を上げる事もなく、挙句見慣れたいつもの官服姿では無くシャツと申し訳程度にネクタイだけ緩く結んだ姿。そこで改めて『通達文』の意味を実感したらしくなんとも言えない表情でスメイラへ向き直り言いにくそうに口を開いた。
「…統裁官代行。特務案件です」
「は、はい」
返事はしたものの、スメイラは不安を隠しきれない顔で衛兵と同じようにガーネを見つめた。
何度も視線を向けられ、さすがのガーネも苦笑いをしながらペンを置いて顔を上げた。その瞬間、スメイラは酷くほっとした顔をしたがガーネはその理由が分からずに肩を竦めた。
「……ちゃんと聞いてやれ、統裁官代行」
その言葉に、スメイラはまた少し絶望したような顔で衛兵へ向き直った。
「城下を囲む結界杭が、不自然に一本抜かれております。至急の確認を」
「わかりました」
スメイラの返答に衛兵が敬礼をして立ち去ると、静かに扉が閉まった。
それからコツコツと靴底が床に触れる音を響かせ、スメイラはガーネのデスクの傍に歩み寄った。
「あの、ガーネくん」
「うん?」
再び書類に目を落としていたガーネが声を掛けられると、手を止めてスメイラの顔を見上げた。
「……何したら、いいのかな」
スメイラの問いかけに、ガーネは呆れたような顔でペンを机に転がして腕を組んだ。
「…はぁ?お前、マジで言ってんの?」
そこまで言って、ガーネは一瞬だけ口を噤んだ。
先程も似たような顔をさせた気がする。さすがに、今それをやるのは違うかと小さく息を吐く。
「……悪い。今のは無しだ」
ガーネは椅子に座ったまま、初めて特務の面々をひとりずつ見渡した。
「いつも通りやればいい。お前なら出来る」
それから小さく息を漏らし、口を開いた。
まずはサイフィルに視線を向ける。
「俺はサイフィルの目はめちゃくちゃ信頼してる。何か困ればアイツに視させれば間違いない。視る目は超一流、これ以上優秀な鑑定士はいない。が、アレはすぐ調子に乗る、喋らせるな。ボロが出るからな」
続けて、泣いて目がすっかり赤くなったカルセを見た。
「カルセの祈りの力は下手な魔導師よりも余程信頼出来る。聖女の役職もあるから各方面に顔も利く。ぽやぽやしてはいるが芯はしっかりした女だ。……ただ最近コイツはすぐ泣く。わりと頑固だし、そういう時は適当にあしらえ」
その隣のアメジに視線を移す。
「アメジは火力と突破力は本物だ。どこに配置してもその力はお前らの中で頭一つ以上抜けてる。…しかしまあ、見てわかる通りバカだ。小難しいこと考えさせるな、的確に指示さえすればそれ以上の成果は必ず出せる」
そしてラズリに目を向けた。
「ラズリは言うまでも無く、一番冷静で一番物事の本質を見れる。霊力の扱いも、本人は謙遜してるつもりか知らんが下手な巫術官より腕は確かだ。なにより口は悪いし優しいことは言わない女だけど、絶対にコイツは嘘をつかない」
そこまで話して、最後に隣に立つ不安そうな顔のスメイラを見上げた。
「で、お前は俺と一番付き合いが長くて一番俺の傍でコイツらを見てきた。まとめて使う頭もある、判断も出来る。だから俺の隣に置いてた。いくら陛下の判断だからって、出来ねぇ奴に俺の後を任せるかよ、コイツらの命預かってんだ」
少しだけ視線を逸らし、余計な一言を飲み込んだ。喉元まで出かかった「まあ俺は役に立てていなかったみたいだけど」というくだらない自嘲は、そのまま押し潰した。
「何度も言うが、俺は必要無い奴や使えない奴は手元に置かない。何より、そもそも欲しがらない。俺が揃えた面子だ、これ以上のパーティーは存在しない」
立ち上がり、スメイラの肩を少し強く叩いた。
「行ってこい。……気ィ付けろよ」
結界杭が抜かれていると報告のあった地点は、城下境界の一角であった。
周辺には公園と、古い井戸。結界用の小さな祠がある。
そこへ向かう道への足取りは、鉛の枷を巻かれたように重く感じた。
「……ガーネって、…僕らのこと、あんなに評価してくれてたんだね…」
ぽつりと漏らしたサイフィルの言葉に、誰もすぐには返せなかった。
しばらくして、カルセが不安そうに胸元で手を握る。
「…でしたら尚更…なぜ、あのような……身辺整理のような真似を…」
「バカじゃない?アンタら、アイツの何見てんの?」
空気が張る。
先頭を歩いていたラズリが明らかに不機嫌を丸出しにした顔のまま、足を止めて振り返った。
「カルセ。聞くけど、ガーネが今まで、言葉の裏なんて読んだことあった?」
「……え…?」
「アイツ、頭良いくせに肝心なとこで言われたことそのまま受け取るでしょうが。バカなんだから、言葉の裏を読む繊細さなんか無いのよ。そんなもんあったら、あんなに多方面で軋轢産んで誤解されてないわ。良く言えば素直、悪く言えばバカ正直でクソ真面目!……ほんっと、だからバカなのよ!」
「…ま、確かにガーネ様、そういう所はおバカさんよねぇ。そこが可愛いんだけど」
アメジが苦笑いをしながら肩を竦め、眉尻を下げた。ラズリは吐き捨てるように溜息を漏らすと、腕を組んでメンバーを苛立ちに任せて睨みつけた。
「あのバカガキが、卑屈に拗ねて身辺整理してるとでも本気で思ってんの?アレは言われた言葉そのまま受け取ってるだけよ。自分が犬だ駒だってのも、ずーっと一貫してる。その上で権限剥奪?顔も見たくない?城から出るな?役職名だけ残して書類仕事でもしてろ?…そんなもん、あの子にしてみたら『お前は役に立たなかった、もう必要ない』って言われたのと同じに決まってんでしょうが!」
スメイラも、サイフィルも、カルセも言葉を失った。
ラズリはそんな反応に一層腹を立てたように眉を釣り上げた。
「考えなくたってわかるでしょ!何見てたの?あのクソガキ、自分の価値を最初から『あの女の駒』としか置いてないのよ。だったらその駒である権限を取り上げられた時点で、『ああ、自分はいらなかったんだな』になるに決まってんじゃない!偉そうぶって、仕事は出来るし頭も回る。けど、アレはまだ19のガキなんだよ!」
そこで一息吐いて、なお怒りが収まらないまま吐き捨てる。
「しかも何が腹立つって、あのガキは別に役立たずなんかじゃない。アンタらの心の底までは知らない、でも少なくともアタシは『ガーネだから』現場で命預けてたのよ。それを見誤るってことは、アイツだけじゃなくてアタシの判断までまとめて軽く見てるのと同じなのよ!ほんと、何様よあの女!!」
ラズリは再び正面に向き直り、一歩踏み出し直した。
それに続くように、全員も無言でついて行く。
「……カルセの擦り傷一つであの顔する男よ。今まで、どれだけアイツが自分だけ削って…アンタたちに怪我させないようにしてたか。やっとわかったでしょ」




