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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十九章『要石』

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133話「通達」

窓の外が少し明るくなった頃。

二時間も眠ってはいないが、ガーネは痛みに呻き眉を寄せて身体を起こした。

身体が重く、全身が熱い。怠い。痛い。

妙に寒いのに暑いせいで顎先に汗が垂れると、雑にシャツの袖で拭った。

「着替え、…ああ、部屋か」


頭がぼんやりする。薬か、そうだ、薬のせいだ。

とにかく、着替えを取りに行って、私物は後で良い。最悪捨てても困らない。

売店で替えの包帯とガーゼくらいは売っているだろう。

ずっと食べていない。正直食欲は無いが、何か口にしなくては。


今となっては自分のものとも言い切れない私室へ足を運び、着替えだけ手にする。

さすがにこの程度で怒るほど、陛下も狭量ではないことは知っている。


その足で売店へ向かい、包帯とガーゼと菓子パンを購入し、衛兵用のシャワールームに向かった。

汗で張り付く衣服を脱ぐと、動き方が悪かったのかまたも包帯まで血が赤黒く滲んでいた。

ゆっくりと包帯とガーゼを外そうとすると、乾いた血液が張り付いて再び激痛が走った。

「────ッ、は、…っくそ…!」

苛立ちに小さく舌打ちを漏らす。痛いものは痛い。

ただ、今の自分には痛いと訴える権利も権限も、必要すらない。


汗と血を流そうと頭からシャワーを浴びると、傷口に湯が当たった瞬間に息が詰まるように止まった。

血で張り付いたガーゼを引き剥がす以上の拷問に近い所業に、ガーネは声が漏れそうになり近くに置いていたタオルを噛んだ。


排水溝に向かって流れていく鮮血混じりの水を眺め、自分が散々拷問めいた所業をして来た癖に、自分の身に降りかかるとこれかと呆れて自嘲しそうになる。


震える手を伸ばしてシャワーの湯を止めると、詰めていた息を緊張気味に細く吐き出した。

身体の水分を雑に拭い、傷口にガーゼを厚めに押し当てて包帯を巻き付ける。傷口だけでなく、全身の皮膚がぴりぴりと痛むような感覚に手の力が入らない。

なんとか患部を圧迫し終えると、私室から持ってきたシャツに着替え特務室へと戻って行った。

机に並べた通達書のインクが乾いているのを確認し、一束にまとめて椅子に腰を落とす。

「…さむ…」

小さく呟きながら売店で買ったジャムパンを齧るも、三口程齧ったところで手が止まった。

これ以上食べる気になれず、齧りかけの箇所をちぎって無理矢理口に押し込んでからパンを紙袋にしまい直した。


「…仕事すっか」

名ばかり統裁官の、まだ『自分の名前』が必要な書類はいくつもある。それと合わせてスメイラが日頃処理している書類も引き取るかと立ち上がり、積まれた書類の山を勝手に漁り主に雑務・経理系の書類の一山を抱えると脇腹にずんと痛みが響いた。

鎮痛剤を飲もうかと考えるも、残りは五錠。医者にかかる価値もない自分にとっては貴重な命綱にも等しい。『まだ耐えられる』と飲まない判断をし、自席に書類の山を置いた。


たったそれだけの挙動に、尋常では無いほどに時間がかかる。

それを思うと、本当に自分がいかに役立たずなのかと思い知らされるようだった。

────せめて、今やれることをしなくては。


ガーネが震える手でペンを取ったところで、部屋の扉が開いた。

「……おはよう」

顔を覗かせたラズリが真顔で声を掛け、そこに続くようにぞろぞろとスメイラ以外が室内に入ってきた。

「おはよ」

ガーネは一瞬手を止めて何故か気まずそうに視線を向ける面々に返答し、再び書類へと向き直る。

どうしてか珍しく誰も何も言葉を発さない中で、ガーネが書類にペンを走らせる音だけが小さく響く。


何故、そんなに気まずそうなのかがわからなかった。

目の前で更迭宣言をされ、慰めの言葉でもかけようとしているのだろうか。

城勤めをしていればこういうことは無くは無いだろうに、同僚であるスメイラの昇進を祝いこそすれ自分にそこまでの価値は特にない。むしろ、日頃怒鳴り散らして扱き使う男がいなくなってせいせいするのではないだろうか。

──── 俺ならせいせいすると思うが。


カルセが気を使ったのか、いつものように茶を汲みに席を立つのが視界の端で確認出来、サイフィルが何か言いたげな様子でガーネにちらちらと視線を向けているのも気配で感じた。

「…なんだよ、なんかあんなら言えよ気持ち悪い」

何故全員そんなに居心地が悪そうなのか本気で意味がわからなそうな顔でガーネがサイフィルに視線を向けた。

「…きょ、今日…なんでシャツだけなの?」

サイフィルの質問の意図がわからず、思わず眉間に皺が寄る。

「なんでって…俺の制服じゃないからだろ」

「…本気で言ってる?」

「本気も何も、昨日お前ら謁見の間で一緒にいただろうが。権限剥奪・謹慎・更迭待ちだ俺は。何聞いてたんだ?」

カルセが絶望したような顔で、いつものように砂糖が多めに入った紅茶を机に置いた。

「…なんでお前らがそんなショック受けた顔してんだよ。お前らの誰も悪くないだろ、俺が悪かったんだ」

「…アンタさ、一応聞くけど自分の何が悪かったと思ってんの?」

ラズリがガーネを睨みながら問いかけると、ペンを置いて考えた。

「………敵の攻撃躱しきれず、みすみす食らったところと。俺が自分で思っていたより、あの人の役に立てていなかったところ…じゃねぇの」

「はー、そうよね。アンタそういう子よね。いいわ、癪だけどアンタは悪くないわ腹立つ」

「癪なのかなんなのかどっちだよ」

「だから、」

ラズリが反論しようとした刹那、カチャリと小さく扉が開く音がした。

顔を真っ青にしたスメイラが、辞令書を手に室内に入ってきた。

恐らく、陛下の所に寄ってきたのだろう。

スメイラがちらりとガーネに視線を向け、何故かつらそうな目を向けて席に腰を下ろした。


「スメイラ」

「…なに」

「最初の仕事だ。これ、各所に回せ」

「………今…?」

「今。零時回った時点で効力出る、遅れる方が面倒だ」

「…ッ命令しないでよ…!」

「命令じゃねーよ。引き継ぎだ」

「そういう、ことじゃないわよ…」

声を震わせたスメイラに、ガーネは一瞬だけ言葉を失い、ようやく何かを言い損ねたのだと気づいたように目を伏せた。

少し考えて、書類を差し出す。

「悪い。……でも、今はお前が回すしかねぇだろ」

スメイラが手を伸ばし、ガーネから書類の束を受け取る。

受け取った紙束の一番上に視線を落とすと、そこに並んでいたのがガーネの癖のない整った字で記された通達文だった。


『本日零時をもって、王命執行最高責任者兼異界対策統裁官に付随する決裁権・指揮権・命令権は全て停止する。

以後、同権限を要する案件については、統裁官代行 スメイラ・フレイブ・グリウへ回付のこと。

至急性を伴う案件、または代行権限を超える案件については、陛下へ直接上申のこと。


なお、以後ガーネ・ディーム・ロットへの案件持ち込みは不要とする。』



「────…っ…」

スメイラを始め、特務の全員がその通知文を読んで閉口した。

「早く持っていけ。これは命令じゃない、お願いだ」

昨日の『最後の命令』をした時と同じような表情でスメイラを見つめるガーネに、カルセが我慢し切れずに泣き出した。

「ごめ、ごめんなさいガーネ様、ごめんなさい…!」

「何がだよ、なんでお前が泣いて謝ってんだ意味わかんねぇ」


関係各所に通達文が配布され、王城内は困惑と混乱の声に満ちていた。



そして、女王・ディアマントの元に、一般書類と共に一通の通達文が紛れていた。

形式通りに整えられた短い通達文。


そこに並ぶ文言を追っていたディアマントの視線が、最後の一行でぴたりと止まった。

しばし無言のまま、その一文だけを見つめる


『なお、以後ガーネ・ディーム・ロットへの案件持ち込みは不要とする。』


「………なんじゃこれは」

「通達文ですね」

「そんなことは見ればわかる。……随分と嫌味な真似をしてくれる」

「では、なんとお答えすれば?貴女が『統裁官』に命じたことです」

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