130話「未申告」
薬の過剰摂取で強制的に意識が落ちていたガーネだったが、幸いにも『乗り物酔い』を感じる余裕も無く王都に到着した。
「…これから何か乗る時は意識が無い方が楽かもしれない…」
未だ意識が覚醒しきらないまま汽車を降りたが、落ちる直前にラズリに薬の過剰摂取が露呈ししこたま怒られたのは記憶にあるため、微睡みつつも半分冗談を言って誤魔化しつつ城へと歩いた。
先程より幾分かマシとはいえ、未だ足元は覚束ない。
「ガーネ様、また肩貸してあげるわ。それともほんとに抱っこかおんぶ、する?」
「いらん、王都だぞ。変な噂立つだろ」
「やだぁ、変な噂ってなぁにー?」
「俺がゴリラ使いになったって噂」
「誰がゴリラだ」
それまでのキャピキャピとした裏声から野太い声が響くも、咄嗟に「おっといけないいけない」と舌を出してウィンクするアメジを見てガーネは思わず距離を取った。
「怖い」
未だ足元のフラつきはありながらも、夜道で街灯が照らされる中でいつもよりゆっくりとした足取りで王城へ向かう。
「……スメイラとカルセ、悪いけど先に到着報告と謁見の取次しに戻れ。アメジは念の為護衛で着いて行け」
それだけ言うと、共に小走りで先に戻ったスメイラとカルセとアメジを見送り、ガーネは目眩を耐えきれずにその場にしゃがみ込んだ。
「ガーネ、大丈夫?」
「……へーき、まだ酔ってるだけだ」
サイフィルが珍しく心配そうな顔でガーネの隣にしゃがみ込み、背中を軽くさすってやりながら声を掛け、ラズリに視線を向けた。ラズリも同じようにしゃがむとガーネの耳元に唇を寄せて小さな声で問いかけた。
「……アンタ、脇腹どのくらい痛いの」
ガーネが怪我の具合を隠しているのを理解してサイフィルには聞こえないように声を掛けると、ガーネはちらりと視線だけ向けて小さく溜息を漏らした。
「…ほんと、医者めんどくせぇ…痛いとかじゃなくて気持ち悪い、目が回る。痛いのも否定はしねぇけど」
「そりゃアンタ、薬飲みすぎなのよ」
「ラズリ……それとサイフィルも」
「なーに?ガーネ」
「……カルセには絶対言うな、命令だ。いいな」
「…はいはい、わかったわよ。アンタ、ほんとそういう所男よね。見栄張ってさ」
「うるせーよ、ほっとけ」
*****
王城・特務室内にたどり着き、ガーネは机で頬杖をついて微睡んでいた。
あまりにもいつもと違う様子に、カルセが不安そうに声をかける。
「…ガーネ様、どこかお加減でも…先程汽車の中でも、お薬がどうとお話しされていましたし」
「あー、村医者に貰った酔い止め。普段飲まねぇから効きすぎてるだけだ」
「そう…ですか」
腑には落ちていない顔をしながらも、本人にそう言われてはそれ以上言いようが無く黙ってしまった。医者であるラズリも何も言わないので、余計にカルセをそうさせた。
しばらくして、城の衛兵が扉をノックした。
「失礼いたします。陛下がお呼びです。────全員で来るように、とのことでした」
「わかった、すぐ行く」
ガーネは微睡んでいた瞼を擦りながら立ち上がると、緩んだネクタイを締め直して部屋を出る。それに続くように全員で謁見の間に向かい、ガーネだけがいつも通り一歩前に出て立っていた。
まだ女王が姿を見せていないのを良いことに、盛大な欠伸を漏らすがすぐに痛みに息を詰めた。
奥からヘルソニアを伴っていつものように玉座に向かう姿を確認すると、深く最敬礼の姿を取る。
「楽にして良い。ご苦労であった、報告を聞こう」
女王の声で、ガーネたちはゆっくりと立ち上がる。
「南ビーテン遺跡の再調査結果をご報告します。封鍵出土地点及びその周辺に、女王の力の欠片は存在しませんでした。代わりに、均衡側が先回りして遺跡内に術式を埋設していた形跡を確認。『祈りの力』に反応する単純型の罠です」
「ほう、…先回りされたか。連中、忌々しい」
妙に機嫌の良くなさそうなディアマントが小さく舌打ちを漏らす。
ガーネはそれに気付きながらも、言わねばならないことはまだあると小さく細く息を吐いた。
「その過程で、貴女の持ち物であり国の聖女であるカルセを負傷させました。私の判断不足にございます。申し訳ございません」
正しく立っている。そう見えるように立っていた。
だが実際には、右脇腹を庇う為に重心はごく僅かに左足に逃げ、呼吸も最小限に押さえられていた。
「……カルセよ、怪我の具合は」
「いえ、怪我というほどの物ではございませんわ陛下。本当に少しだけ、擦りむいただけなんですの」
「そうか。ガーネよ、他に妾に報告すべきことはないのか」
「はい、特に陛下のお耳に入れるべき事案はございません。強いて申し上げるのであれば、現地にこの後魔導師数名手配予定です。アメジたちに結界は張らせていますが、簡易的なものなので」
「他には?」
「他?…仔細はこの後スメイラに報告書をまとめさせます。出来次第お持ちいたします」
「………ほう。ガーネ、カルセの怪我は報告してお前の怪我は報告せぬのか」
ガーネの脇腹に視線を向けたディアマントが、普段よりも低い声で刺すように言葉を放った。
「…報告するまでもないかと存じます。動けますし、働けます。問題無い範疇ですので」
その言葉を聞き、ディアマントの眉がぴくりと動いた。




