129話「オーバードーズ」
サイフィルに会計を任せ、それぞれが馬車に荷物を積み込み支度する中でガーネは通行経路を御者と確認していた。
行きと同じく、どのルートを取っても魔獣遭遇の可能性は否めないらしい。ガーネは御者の説明を聞き終え、小さく息をついた
先程飲んだばかりではあるが、いざという時に痛くて動けないなど、これ以上の体たらくは晒せないと追加で鎮痛剤を飲んだガーネに、宿から戻ったサイフィルが声を掛けた。
「ガーネ、お金払っておいたよ。お金いっぱい入ってたけど僕ちょろまかしてないからね!」
「……お前、そこまでするようになったら俺…普通にお前のこと軽蔑すると思う…」
財布を受け取り、いつもの軽口に火力低めの返答を返して馬車に乗り込む。
今度こそ、入口近くの一番揺れがマシな場所に腰を下ろし、馬車が出発した。
────やばい、気持ち悪いのに異常に眠い
空腹で薬を過剰に飲んだ影響か、貧血か、単純に酔っているのかなにかわからないものの、馬車が走り始めたものの数分で気分が悪くなってきたガーネはそれを誤魔化すように何度か姿勢を変えた。
「…ガーネ?もう酔ってる?アンタ昨日もそんなに食べてないのに、朝ごはんも食べに来なかったでしょ」
「……へーき」
妙に呂律が回らない。呼吸が浅い。自分でその違和感に気付くと、無理矢理目を瞑って寝る体勢を取った。
「……アメジ」
「なぁに、ガーネ様」
「悪い、ちょっと寝る、から…もし、魔獣出たらお前対処…できるか、任せていいか」
「え?う、うん。魔獣くらいならあたし全然蹴散らせるわ。任せて」
「…一帯に出るのは、瘴狼…対処法、わかるか」
「依頼で倒したことあるわ、大丈夫よ」
「………」
無理そうなら叩き起こせ、と言葉を紡ぐ前に、意識が強制的に半分持っていかれた。
「…まあ、寝れるなら昨日みたいにならなくていいけど」
「馬車で寝るために寝ないで過ごしたのかな」
耳はまだ起きているのか、会話はかろうじて拾える。しかし返答の余裕はない。そのうち、音も次第に遠くなっていく。
気付けば青い顔のままガーネが小さく寝息を立て、ずるずると隣に座るサイフィルに凭れかかった。
サイフィルも純粋に寝ているだけだと最初は思いはするも、普段のガーネを思い返して違和感を覚えた。
「…ラズリちゃん」
「なによ」
「……ガーネ、なんか変。コイツ、酔ってもこんなふうに完全に寝ることない。まして魔獣が出るかもって場所で寝るとか絶対ない。……あ、いや一回だけ、封鍵運んだ時は落ちてたけど。馬車酔いでこんな寝方、したことない」
「…見てたらわかる。呂律の回らなさ、呼吸の浅さ、瞳孔…馬車に乗る前からおかしいわ。でも実際今は寝てるだけなのは違いなさそうだから、アタシも様子みてるとこ。そのまま肩貸してやってな」
「う、うん」
ガーネの正面に座ったラズリが、険しい顔でガーネの寝顔を見つめていた。
「ガーネ。起きれる?」
ぺちぺちと頬に振れる感覚に意識がうっすら覚醒すると、正面にラズリの顔が視界に入る。
「…なん、…あれ」
薬が残っている影響か、覚醒しても意識がはっきりしない。ラズリはその様子を見て眉を寄せ、ガーネの顔を覗き込んで瞳孔の開きを確認する。
「…魔獣か」
比較的すぐに起こされた理由を考えるまで頭が回転し、身体を起こす。しかし、窓の外の景色は街道ではなく駅だった。
「着いたから起こしたのよ。起きれる?歩ける?気持ち悪い?」
「……いや、平気」
立ち上がり、馬車を降りる。そのまま構内へ向かおうとするも、再び視界がぐらりと歪む感覚にガーネはまっすぐ歩けず、思わず近くのアメジの肩を掴んで口元を押さえた。
「ガーネ様?大丈夫?」
「……駄目だ、便所行く…ちょっと吐いてくる…」
ふらりとトイレに向かったガーネの背中を見送り、ラズリはスメイラに顔を向けた。
「スメイラ、座席何で予約してんの?一等個室?」
「え、はい」
「あのガキ横にするには狭いわ、貴賓個室か私室車両に変えて来な」
「わかりました、手配してきます」
「カルセは何か軽くつまめるものと飲み物買ってきて、それとサイフィルは荷物持ち、アメジアンタはガーネ担ぎな。体格的にアンタが一番いいわ、ったく図体でかいとこれだから困るのよね」
「────…ハァ…きっつ…」
ラズリの警告通り吐いても胃液しか出るものも無く、ただ嘔吐するよりもしんどそうに息を漏らした。数回吐いてようやく吐き気が落ち着くと、洗面所で口を濯いで何度かうがいをしたが、喉の奥の焼けたような感覚はなかなか取れない。その感覚で再び吐きそうになるも、胃液すら吐き尽くした感じもありガーネは細く息を吐いて気持ち悪さを誤魔化した。
「…つーかあんだけ吐いたら薬出たんじゃねーのか」
普段薬が苦手でなかなか飲まないガーネの雑な自己判断で、用法用量を守るということを明け方からしていない。飲めば飲むほど効くに違いないとすら考えているようで、再び錠剤をシートから取り出し口に含んで飲み込んだ。
時計を確認し、予定の汽車の時間に間に合うかと懸念しトイレを出たところでやはり足元の覚束なさは変わらない。しかし、ガーネは薬の過剰摂取の自覚が無いために「吐きすぎか貧血か傷が痛いか」のどれかと勝手に自己完結し、一同の待機する場所へ向かった。
「はい、ガーネ様。抱っこ?おんぶ?それともお姫様抱っこ?」
アメジがウィンクでガーネに迫り、何事かと一歩引いた。
「怖い」
「怖くないわ!失礼しちゃう!フラフラだから、あたしが支えてあげるって言ってるのよ!もう、早くなさいよ!」
半ば強引に腰を引かれて肩を組まれたガーネは、背丈こそ変わらないものの体格に差がありすぎて半ば引きずられるように車内に担ぎ込まれた。
車両は普段乗っている一等個室ではなく、コンパートメント型の私室車両だった。
「…なんだこの車両、いつもの席じゃねーのか」
「アタシがスメイラに指示したのよ。アンタ横になった方がいいかと思って」
横になれるのであればなんでもいい、と再び眠気に身体が揺らぎ始めると、アメジが慌てて座席にガーネの身体を座らせちゃっかり横に座った。
「さ、ガーネ様。あたしが膝枕してあ・げ・る」
「いらねぇ」
「いるわよ!身体支えないといけないわ!だからあたしが!」
「やだお前、堅いし高ぇし首おかしくしそう。どうせされるなら野郎は嫌だ、女にしろ」
まだ先程のような呂律が回らなくなることはないものの、確実に強制的に眠くなる感覚に身体が揺れているのを、ラズリが見逃さなかった。
「ガーネ、アンタなんか飲んだ?」
「……くすり」
「薬!?何飲んだ、どのくらい飲んだ、いつ飲んだ!?」
「うるさ…ねむ…」
ガーネはアメジの膝枕を拒否しながら座席に横になると、面倒そうにポケットから薬の空のシートを取り出してラズリに投げ渡した。
「アンタ、これいつ処方された?少なくともアタシは処方してないわよ、こんな強い鎮痛剤」
「…昨日の夜…」
四錠分が空いており、ラズリはスパンとガーネの頭を叩いた。
「……いたい…」
既にガーネの呂律が再び回らなくなり始め、意識が微睡み始めたのを確認すると、ラズリは強引にアメジを退けさせて自分がそこに座った。
「どのタイミングでどのくらい飲んだのか聞いてんだよクソガキ!」
「…明け方前、と…明け方と……馬車乗る前と…、……さっき…ゲロったから全部薬、出たから…」
「出てないっつーのバカ!過剰摂取も良いとこだわ!!…ッあー、もう!!」
ラズリが怒鳴る声が聞こえてはいるものの、ガーネの意識は先程と同じように再び落ちて小さく寝息を立てていた。
ラズリは盛大に舌打ちを漏らしながら、ガーネの頭を自らの膝に乗せて様子を確認した。
恐らくは、昨日の脇腹の負傷だろうとは想定出来る。
ガーネが自分に見せなかった理由も、ガーネの性格を考えればなんとなく理解出来る。
「…ほんと、こんな傲慢な男見たこと無い」
ラズリは車窓の向こうで流れる景色を眺め、小さく忌々しそうに呟いた。




