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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十六章『鳥籠』

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106話「噛みつく犬」

「失礼いたします」

「…そこに座れ」

ディアマントの執務室に赴いたガーネが部屋に入ると、すでに定位置となったソファを指差され大人しく腰を下ろした。

律儀に先ほど渡した熊を棚に置いてから正面に座る彼女を見て、思わず肩が揺れた。

「………何を笑っておる、犬の分際で」

「いえ、はいこれ土産。温泉まんじゅう、……アンタがまんじゅうとか食うのか知らんけど」

「妾とて食事は取る。お前は妾をなんだと思っておる」

「可愛い可愛い、俺の女王様です」

細い指先で包装紙を外し、箱を開け、そのまま一つを摘み上げて口に運んだ。

小さな唇で黙々とまんじゅうを咀嚼する様子がなかなか見慣れない光景で、小動物のようにすら感じられた。

「え、可愛い。まんじゅう食ってる」

「…何をわかりきったことを」

「ディアマント様、俺の『土産話』してもいいですか」

ガーネも箱からまんじゅうを一つ掴むと同じように頬張りながら視線を向けた。

「楽しかったのか」

「はい、まぁ割と楽しかったですよ。…連中、俺の『真名』の方を追いました」

「…ほう?」

「一応『追いかけっこ』もしてみたんですけどね、案の定俺らが王都に入る少し前にバレたとアメジから報告されてます。なので予定通り中断してます。あ、ちゃんと逆探知されないように式組ませてるんで、その辺りは抜かり無いです。ご安心を」

「ふ、心配などしておらん。この短時間でよくそこまで調べたものじゃ、さすが悪知恵を働かせたら一番じゃな」

「はは、貴女ほどじゃないですよ〜」

「お前に言われとうないわ。喉が乾くな」

「あ、俺もください」

ディアマントが話しの腰を折って侍女に茶を二人分配膳させると、改めて茶を口にしてから少し考えたように黙り込んだ。

「……まあ、『遊び』の範疇じゃ諸々十分じゃないですかと俺は勝手に判断しました。なにせ『休暇中』のことなので。アメジとラズリの稼働力も見れましたし、サイフィルも俺の手で一段男にしてやりましたし。詳細はあとでスメイラにまとめさせます。で、式神の方もそれなりに簡易的なモンであれば扱えはしましたが、さすがにヘルソニア様みたいにうまく対象にくっつけるのは難しかったですね」

「たわけ、『使わずに過ごした』お前と4000年以上妾に仕えるあやつが突然同列になってたまるか。あやつにも矜持はあろう」

「わかってますよ。…ともかく全員、俺の思ってた以上に使えたんで大満足です。強いて言うならちゃんと休みたいです」

「それはまた妾の気が向いたらじゃ、お前にはまた『明日から』妾の犬として存分に庭を駆け回ってもらうぞ」


休暇は本日まで、夜はしっかり休め。

暗にそう言われていることを理解し、ガーネは笑いながら二個目のまんじゅうに手を伸ばした。

咀嚼する度に、餡の甘さが口の中に広がる。甘いものは嫌いでは無く、むしろ好きな部類であるためじっくり味わうようにゆっくりと食べ進めた。

ディアマントの方も、二口程で齧れそうなサイズのまんじゅうをわざと時間をかけて食べているガーネの意図がわからない程野暮ではない。特に咎めもせず、同じようにまんじゅうを食べ合間に茶を啜った。

「ディアマント様、聞いてもいいですか」

「内容による」

「またまた。…貴女、4000年生きて国見てきたんですよね。めちゃくちゃ純粋に疑問なんですけど、なんで『今』なんですか。過去にもこういうことありました?」


その質問は、『何故均衡の連中が今この時代で活動を突然活発にし仕掛けて来たのか』という内容に他ならない。ディアマントも、今まで敢えて多くを説明せずはぐらかしては来たが、自分側の座標にガーネの魂を固定した時点である種色々と点が線になってしまったこともあろうかと、ゆっくりと視線をガーネに向けて座り直した。

「…過去にはない。ただ、連中とは互いに睨み合い状態には常にあったな。正式に連中が喧嘩を売り始めたのは『今』じゃ。…お前たちが、『全員揃った』のが初めてだからこその、『今』」

「へー。…俺、生まれ変わるの何回目ですか」

「お前の魂はアイツらと違い色々と特殊じゃ。『この世界は』初めて…故に妾はお前を、ずっと待っておった」

「フーン、…可愛い女」


ガーネは、『前世』でディアマントと何かしらかの因果があったかまでは問わなかった。問うたところで、答えないのはわかりきっていた。そしてそれが『答え』であることも、理解していた。この辺のことは、もう少し時間をかけて煮詰めていけばいいと娯楽のようにすら考えながら、湯呑の茶を飲み干して茶托に置いた。


「ディアマント様。土産、もう一個あるんですけど」

「…まんじゅうではないのか」

「そんなん、おやつでしょ」

ガーネはゆっくりと立ち上がると、ディアマントが怒らないのをわかった上で隣に移動して腰を落とした。ポケットから赤い宝石のあしらわれた銀細工の髪飾りを取り出すと、ディアマントの横髪を掬うように耳の上で留めた。

「似合うと思ったんで。ま、貴女にとっては安物でしょうけどね」

ディアマントは懐から小さな手鏡を取り出すと、白銀の髪を留める髪留めとそれを身につける自らの顔を確認する。

ガーネは『安物』と軽口を漏らしたが、繊細な銀細工に宝石の飾られたそれこそ一級工芸品である。ディアマントも国の女王として、それなりの目利きはする。決して安物ではなかったし、ガーネの性格からして安物を女に渡すような男でもない。


「…ふ、有り難くもらっておこう。此度の働きの褒美は何が望みじゃ、独占欲の強い犬よ」


わざわざ『赤い宝石』の髪飾りを渡した意図まで悟られたガーネは、小さく笑い返しながら深紅の瞳をまっすぐにディアマントに向けた。


「…キスしていいですか、ディアマント様」

「妾が許すと思っておるのか」


鏡を机に伏せるように置いたディアマントが、どこかあしらうような物言いをしながら視線だけガーネに投げ返した。

視線だけでは許さないと言わんばかりに、ガーネはディアマントの顎先を掴んで顔を向かせると、正式な『許可』を得る前に顔を寄せた。


「…思ってるから『オネダリ』してんだろ」


ガーネはそのまま文字通り噛みつくように、形の良い小さな唇に自らの唇を重ねた。

至近距離で視線が絡み、どうしてもその金色の瞳を屈服させたくなる衝動に駆られる。

楽しみは後に残しておこうと一度唇を離してから顎先を捕らえた手を彼女の後頭部に回すと再度唇を重ね直し、舌先で唇を割って口内へと無許可に侵入させた。止め時がわからなく次第に夢中になったガーネに好きにさせていたディアマントから、「しつこい」と苦言を呈されるまで褒美を堪能することにした。

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