104話「狩りの始まり」
初めてのナンパ体験に胸を高鳴らせるサイフィルと共に店を出ると、ガーネはおもむろにサイフィルの肩を抱いて耳打ちした。
「いいか、できるだけ霊力と魔力の含有量の少ない女選べ。視れるな?」
「え?う、うん。視れるけど…えぇ…?」
理由がわからずガーネに連れ添って店から少し離れた広場で言われるままに目を凝らす。
「…あ、あの三人組の真ん中の背の高い子。あの子、魔力も霊力も結構常人より少ないかも」
「両サイドはどうだ」
「人並み、かな」
「よし、行くぞ。声かけてみろ」
「いきなり!?」
サイフィルは挙動不審に三人組に声を掛けに近寄った。それを数歩下がったところで見守り、手にした人形に一枚先程ラズリがしていたのと同じように霊力を込める。完全に見様見真似ではあるが、恐らくこんなものだろうと下準備をして「あ、あの人僕の連れで〜良かっから一緒に遊ばない?なんて」と下手なナンパをするサイフィルにやや呆れたように近寄った。
「お前、それナンパじゃなくて俺の紹介だろ」
「え、こっちのお兄さんやば!かっこいい〜!」
「僕は!?」
「えー、このお兄さんの方が良いよ」
「だとよ。悪いな、コイツが女の子と遊びたいっつーから。じゃーな」
ガーネはサイフィルが先程見た背の高い少女の肩に軽く触れ式神をくっつけると、サイフィルの襟首を掴んで颯爽と離れた。
「ふむ…『くっつける』のって意外と難しいな。ヘルソニア様あの時俺にどうやってくっつけたんだか」
「なんの話し!?せっかくナンパ成功してたのに!!」
「してねーよちっとも。ほら、次。また似たような条件で女探せ」
「えー、うーんうーん……あ、あの人。一人であそのこ軒先にいる子」
「一人か。じゃあ俺が手本見せてやる」
そう言ってガーネは雑貨屋の軒先の椅子で休憩している女に近寄り、隣に遠慮なく腰を落とした。
「お姉さん、一人?」
「へっ、え、ハイ」
「可愛いから声掛けちゃった。良かったらちょっと話し相手になってよ。駄目?」
「え、も、もちろん…私でよければ…!」
赤面して頷く女の腰を抱くように軽く触れると、一層女は緊張したように身体を固くした。
ガーネは目的の式神をくっつけ終わると目的は済んだため、手を離して立ち上がった。
「そらよかった。じゃあ数分で良いから話し相手になってやって。おいサイフィル、このお姉さんが話し相手になってくれるってよ。迷惑かけんなよ」
「え」
「へ」
ガーネはサイフィルを置いてその場を離脱し、一行を残してきた茶屋へと戻った。
丁度会計を終えて出てきたところで合流し、ラズリから財布を受け取る。
「?サイフィルは?」
「俺がナンパした女とお喋り練習」
「置いてきたの?」
「『俺の話し相手になってよ』とは言ってねーもんな、俺。嘘はついてない」
数分後、サイフィルが泣きながら戻ってきたのは言うまでもない。
その後も適当に観光名所をいくつか回って普段動かないスメイラが本格的に体力の限界を迎えたため旅館に戻ることになった。
丁度夕暮れ時で、影が妙に長く地面に伸びていた。
「あ」
ラズリが小さく声を上げた。
「来たか」
「うん」
「何人いる」
「一人」
「ほー、いい度胸じゃねぇの」
ガーネが旅館の『外』にいることは把握しているはずである。
戻るのを待ち伏せる気か、『二手に分かれた』ことに気付いたか、残滓を確認しに来たかのいずれかであろうことは想像がつく。
「さて、どうしてやろうかな…」
「……アンタ、今どんな顔してるか自分でわかってる?」
「あ?どんな顔だよ」
「めっちゃくちゃ、『碌なこと考えてない時』の女王とおんなじ顔」
「じゃあ俺『可愛い』にカテゴライズされんじゃん」
「は?」
「よし、サイフィル。ナンパの練習の成果の見せ時だ」
「え」
「…無理だよぉ…」
半べそでサイフィルは一人旅館へと戻った。
そしてガーネの指示通り、周囲に目を凝らしてよくよく視る。
────いいか、相手が女だったらさっきみたいに声かけろ。男だったら転んだ振りでもなんでもいい、とにかく適当に接触しろ。その時に『うっかり』服の繊維でも髪の毛でも何でもいい、『拝借』して来い
「あ、あの女の人か」
サイフィルの視線の先に、最早見慣れた均衡教徒独特の気配が視える。
『仕事』のスイッチの入ったサイフィルは、先程までの挙動不審な様子は一切無く、ごく自然に女に近寄っていった。
「アイツはやれば出来るんだよ。『仕事』の時は目が変わる」
「ふーん、アンタ意外とちゃんと人の評価すんのね」
ラズリが少し嫌味っぽく言うと、ガーネは鼻で笑い飛ばした。
「言ってるだろ、『俺は使えない奴は手元に欲しがらない』ってな。ここにいる全員『使える』と思ってるから置いてるんだ」
「ま!ガーネ様あたしのことも使ってぇ!」
「お前はこの後だアメジ。サイフィルが持ち帰ったモン使って座標組んで追跡魔法使え。出来るな?」
「んまぁ、そんなの当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってるの?」
「『宮廷筆頭魔導師同等かそれ以上の実力者』、なんだろ。期待してんぞ」
「任せてガーネ様!あたし俄然頑張っちゃう!」
「カルセはアメジの仕事の邪魔されねぇように『聖結界』組め。この場所の特定させるな」
「かしこまりました」
「スメイラは一連もれなく記録しろ」
「あのね、全部分刻みで頭に入ってる。舐めないで」
「お前ら期待以上だ。連れて来た甲斐があるよ」
数十分後、サイフィルが戻って来ると緊張がとけたのか半べそで泣きついてきた。
「怖かったぁ〜!」
「良くやった」
持ち帰った髪の毛を受け取り、ガーネはアメジが事前に準備していた魔法陣の中央に置く。魔法陣の式を確認し不備が無さそうなのを確認し一点指を差した。
「アメジ、一式追加しろ。敵が追跡を認識した時に遮断する。逆探知させるな」
「でも、それじゃ追えなくなっちゃう」
「どうせ下っ端だ、追った所で魔力の無駄遣いになる。それに追うことが目的じゃない」
「はぁい、じゃあちょっと待ってねぇ」
「……アンタ、魔法陣まで読めんの?」
「ちょっとだけな」
「いや、この式見て『ちょっとだけ』は通用しないわよ」
「『運用』は俺じゃない。知識はあるし提供はするが、『俺にはその運用能力は無い』ことになってる」
「…ハイハイ、そうでしたね」
魔法陣を書き足したアメジが愛用の杖を手にすると魔力を込めたのと同時に陣が淡く光り出した。
「ヴェルフォル・ギューグ!追いかけちゃえ!」
アメジの詠唱と共に中央に置かれた一本の髪の毛が媒介として機能し、消失した。
「……うんうん、順調!」
「現在地は」
「旅館出て駅の方に向かったっぽいわ」
先程の女のどちらかを追ったと見て、ほぼ間違いなさそうだと判断する。
「よし、引き上げるぞ。今夜は様子見、明日の朝イチで王都に戻る」
その日の夜も、全員が寝静まった後もガーネは周囲を警戒しがてら『追った先』に意識を凝らして、結局眠れずに朝を迎えた。




