99話「湯煙カオス」
王都から汽車で数時間。
比較的アクセスが良く、観光地でもあるが閑静で高級な部類に入る土地、ルクス区の温泉街。
その中でも一際高級で知られる旅館にたどり着いたのは、夕方のことであった。
「予約しておりましたオランゲーテと申します、お世話になります」
「お待ちしておりました、早速お部屋へご案内いたします」
カルセが旅館の女将に代表として声を掛け、続く形でぞろぞろと連れ立って部屋へ案内される中、サイフィルがガーネに耳打ちした。
「ねね、ガーネ。余計なお世話かもだけどガーネの名前で予約しなかったの?ガーネがお金払ってくれるんでしょ?」
「俺がカルセに言ったんだよ、俺の名前を出すなって。何処から何がどうなるかわかんねぇだろ」
「…伯爵の城でもそうだったけどさ、警戒し過ぎじゃない?」
サイフィルの言葉通り、警戒し過ぎと言われればその自覚もある。
魔法の力自体は目の当たりにしたことはないとは言え、アメジの実力もわかっているし相当な戦力になることもわかっている。後方支援で言えばカルセもラズリもいるし、十分過ぎる素質のある『目』と『頭脳』もある。
しかし、警戒するに越したことはない。と、ガーネはサイフィルに視線を向けた。
「え、やば。ごめん怒った?」
「んなくだらねー事で怒るほど狭量じゃねぇよ。お前が俺を立てるようなこと言うのがちょっと意外だっただけだ、馬鹿だと思ってたから」
「酷くない?」
「お待たせいたしました、本日はこちらのお部屋をご用意させていただきました」
館内で一番値段の張る部屋だけあって、広間は広く設備も充実し景色も良い。何より、この部屋だけ渡り廊下で隔てるように隔離されており、非常に静かだった。
「大浴場はただいま歩いて参りました廊下の突き当りを右に進んだ先にございます。その先に遊技場などもごさいますので、ご自由にお楽しみください。お夕食は19時でよろしいでしょうか?お部屋までお持ちいたします。それでは、長旅お疲れ様でございました。ご用がございましたら、遠慮なくこちらの魔法鈴を鳴らして下さいませ」
深々と頭を下げて襖を閉めようとする女将を見て、ガーネは重要な事実に気付いてしまった。
「………女将、ちょっと待て」
「はい、いかがなさいましたか?」
「俺の部屋はどこだ」
「え、ええっと…ご予約は、こちらの『お一部屋で』承っておりますが」
「……」
ガーネは予約者であるカルセをゆっくりと振り返った。
当のカルセはきょとんとうさ耳を揺らしながら首を傾げ、にっこりと笑った。
「俺、個室って」
「ええ、ですがせっかくのご旅行ですし、皆様一緒の方が楽しくリフレッシュ出来ますわ!」
「……」
地獄の温泉ツアーが、現実となった瞬間だった。
「ごめんガーネくん、聖女のコネがあるっていうからカルセさんにお願いしちゃったんだけど…まさか私もこんなことになるとは…」
結局、満室で他の部屋を押さえることも出来ず雑魚寝に興じることになってしまったガーネは、全てを諦めたような眼差しで窓際の椅子に座って遠くを見つめていた。
スメイラが申し訳無さそうな顔で近寄り両手を合わせているのを横目に見て、小さく息を漏らした。
「別に、スメイラが悪いわけじゃねぇだろ。カルセが思いの外…俺の想像の30倍純朴だっただけだ、過ぎたことと現実起きてることはもう仕方ないし割り切るしかない」
「あ、でもほら。男女同室だけどさ、何か間違いの起きるようなメンバーじゃないし、私たちは平気だから心配しないで!」
恐らくスメイラなりのフォローのつもりだったのだろうが、せっかく色々諦めたガーネには逆効果であった。
「360歳32歳28歳のババァ連中の心配なんてしてねーよ、俺の心配してくんない」
その発言にラズリのげんこつが勢い良く飛んできた。
「ぶん殴るぞクソガキ」
「もう殴ってんだろ!」
ガーネは『この旅行の目的は疲れること』と自分に必死に言い聞かせながら、サイフィルとアメジを睨みつけた。
「アメジは多分大丈夫だと思うけど、特にサイフィル。テメェ女連中に変なことすんなよ」
「し、しないよ!おいしい状況だなカルセちゃんありがとうって思うけど、さすがに色々怖いしそんなこと出来ないよ!」
「怖いのは俺もまあわかるけどマジでほんとに『それだけ』は絶対やめろよ」
女性陣はガーネの意外な牽制に少しばかり感心したような表情をし、三人でそれぞれ顔を見合わせた。
本職が警察官ということもあるが、ガーネの『こういう所』が信用に足るし自分たちも彼に純粋に従うつもりにもなれている、と再確認するような気持ちであった。
「…夕食まで時間もありますし、せっかくなので軽くお湯いただきませんか?温泉三回入るべし、でしたわよね?確か!」
カルセが楽しそうに浴衣の用意を始め、それぞれに配布していく。ガーネも浴衣を手渡されるも、数少ない一人になれそうな時間を思い「俺はいい」と拒否したが疲れ果てたガーネは呆気なくカルセの有無を言わない圧に負け、全員で大浴場に向かう羽目になってしまった。
「じゃ、夕食前だし軽くね。中で声かけるね」
スメイラがそう言いながらひらひらと手を振り、女湯の暖簾をくぐるのに続いてラズリとカルセ、アメジが続いた。
「……………待て待て待て待てーッ!おかしいだろ!!」
ガーネの制止の声に女性陣は一同立ち止まり、ラズリが喧しそうに眉を寄せた。
「何がよ喧しいわね。黙ってさっさと肩温めな」
「そうじゃねーだろアメジお前はなに当たり前のように女湯入ろうとしてんだ」
ガーネの至極当然の突っ込みに、一同きょとんと顔を見合わせる。
言われている意味がわからないとでも言わんばかりに眉を下げたカルセがぽつりと反論した。
「ガーネ様、アメジさん『女の子』でしてよ」
「そうよアンタ、そんなんでも一応国の偉い人間の癖に性差別する気?」
「コンプライアンスの話しはいいんだよ!倫理的におかしいだろって話しをしてるんだよ俺は!!女湯入るならせめて工事後にしろ!テメェの性別は外見は男だろうが、問題起こすなって言ったそばからなにしてくれんだマジで!」
根本的にズレているカルセと、医者故に男の身体も見慣れていて今更どうとも思わないラズリと、元とは言え既婚者のスメイラは三人ともアメジの存在を気にも止めていなかった様子で首を傾げて肩を竦め合っていた。
「しょうがないわね、じゃ、あたしあっち入るからまた後でガールズトークしましょうね」
「ざけんなよ連れて来てる俺の責任問題になんだろ!さっさと来いボケ!」
「んもぅ、仕方の無いガーネ様。そんなにあたしと一緒にお風呂入りたいのなら最初からそう言ってよぉ。じゃ、『男同士裸の付き合い』でもしましょうか」
苛立ち露わにアメジの襟首を掴んで男湯に引っ張るガーネだったが、貞操の危機を感じさせる発言に慌てて手を離して思わず近くのサイフィルを盾にした。
「サイフィル、助けて」
「そんなことよりさ、僕も女湯覗いてきてもいい?」
「なんでいいと思った?お前頭沸いてんの?」
「さ、ガーネ様!背中流しっこしましょうね、うふふ」
「お前やっぱりあっち入って…」
「わー、すっごいお湯とろとろ!気持ちいー」
露天風呂で湯ざわりの良さにきゃっきゃと楽しげな声を上げる女性陣の声が、衝立を隔てた男湯にも届く。
「女の子楽しそうだな〜僕もあっち行きたいなー」
「とか言うけど、お前そんな度胸ないだろ。…つ、てて」
遠巻きに衝立を眺めて呟くサイフィルに視線を向けながら癖で肩を回すと、筋肉か筋の引きつるような痛みに思わず声が漏れた。
反響して声の通りが良かった様子で、ガーネのその声も女湯にしっかりと届いたようで衝立の向こうからラズリの声が届いた。
「ガーネ、後で肩診てあげるからちゃんと肩まで浸かりなさいよ」
「うるせーなわかってるよ!…お母さんかアイツは」
一応言われた通りに肩まで湯に身体を沈めたガーネに、アメジがそっと近寄って来る。
「ガーネ様、あたしたちもボーイズトークしましょ」
「……お前自称女じゃなかったのか」
「やだぁ、ここ男湯よ」
「楽しそう!僕も混ぜて!」
「風呂くらい静かに入ってくんねーかな…」
衝立の向こうの女湯でも、旅行の定番のように胸の触り合いや下着の話しに花が咲いており、男湯までもれなく聞こえてくる。
ただそれだけの会話なのにも関わらず、サイフィルは赤面していた。
「やだガーネ様、この子童貞?」
「童貞」
「なんでガーネが答えるの!?違うから!!」
「サイフィルお前さ、変な見栄でくだらねー嘘つくなよ。誰だって初めてのことはあるだろ、お前にはそれがまだなだけだ。童貞だからな」
「はー!?そういうガーネは初めてはいつなのさ!!」
「やだ!あたしも聞きたい!」
ガーネは『どうして男が集まるとこういう話しになるんだろうな』とぼんやり考えながら、面倒そうに質問を無視して景色に視線を投げた。
「あ、答えられないってことはお前こそ童貞なんだろ!」
「お前と一緒にすんな」
「じゃあいつだよ教えろよ!」
「……14」
「え、は、はー!?早くない!?」
「早くない、うるせーな。もう出るぞ」
タイミング良く女湯側からスメイラの「そろそろ出るよ」の号令で逃げるようにガーネは浴槽から出て脱衣場に向かった。
「ませちゃって、あとでたっぷりお話し聞かなきゃね!」
良い話題を見つけたとばかりに楽しそうにアメジとサイフィルも追うように脱衣場に戻って行った。
「ふぅ、いいお湯でしたわ」
「男湯楽しそうだったね」
女湯から出てきた女性陣に合流するように、一足先に出ていたアメジが女子に混ざりに行く。
「もうガーネ様の超いいカラダ!最高だったわ!」
「…やめてくんない…」
暑そうに浴衣を多少はだけさせたガーネが疲れの取れない顔で力無く呟き、近くの椅子にだらしなく足を組んで座っていた。
「…サイフィル、喉乾いた。なんか飲み物買って来い」
「ここまで来てパシリ!?」
「お前、今回の旅のスポンサー誰だと思ってんだ。飲み物くらい進んで買いに行け」
懐から財布を取り出し財布ごとサイフィルに投げ渡すと、さり気なく「全員分適当に」と言う辺り『良く出来た上司』だなと年下ながらスメイラは感心した。
「ガーネくん、やっぱり君モテるね」
「なんだ藪から棒に」
スメイラからの突然の言葉に意味がわからなそうに眉を寄せたところで、ラズリの追撃があった。
「さすが14歳で童貞卒業するだけあるわ。14歳ってアタシと同い年じゃない」
「……なんで女にその話しが聞こえてんだよ32のババァが」
すぱん、とラズリがガーネの側頭部と叩いてから左隣にすとんと腰を下ろして肩に触れた。
「ま、でも確かに職業筋肉で無駄のない身体はしてるわよね。肩、部屋で診てあげるわ。ちゃんと肩まで浸かった?」
「筋肉だか筋だか引きつって痛ぇんだよこないだから」
「ハイハイ」
飲み物を抱えてサイフィルが戻って来ると、揃って部屋に戻っていく。
無意識に周囲に視線が行き、渡り廊下ですんと鼻を鳴らした。
「…風向きによって硫黄の匂いが強くなる。銃火器使われたら即応出来ねーかもな」
「安心して、ガーネ様はこの魔法少女エイミーがお守りするわ!」
「…初対面の時から思ってたけど、どっから『エイミー』ってきてんの」




