98話「The Queen’s Hound」
女王の『呼び出し』から戻ったガーネの様子が明らかにおかしかった。
酷くげんなりとしており、室内の面々の顔を見て深く溜息をついたかと思えば頭を抱えたりと忙しい。
────言いたくない。告げたくない。回避したい。できれば置いていきたいしせっかくならば『一人で』行きたい。
その感情を誤魔化すように、ガーネは書類に手を伸ばして視線を文字に這わせたかと思えば、また溜息が漏れた。
「…ガーネくん」
スメイラの呼びかけに、思わず『ぎくり』と肩が揺れた。
「やっぱり。何か隠してるでしょ」
「隠してない」
「あ!スメイラさんコイツ『嘘ついてる』よ!」
余計なところでの観察眼が鋭いサイフィルを一睨みし、ガーネはこんなところで仕事をするべきではないと書類をまとめ始めた。
「あとは部屋で作業する。お疲れ、サヨナラ、お元気で」
「アメジ、行け」
ラズリの号令で飛び出したアメジがガーネの前に立ちはだかり、キャピっとポーズを取った。
「逃さないわよ、ガーネ様」
バチッとウインクをするアメジを見遣り身の危険を感じてガーネは咄嗟に後ずさる。
「触るな近寄るな怖い。孕むだろ、俺が」
「孕まねーよ!」
室内に野太い声が響いたのと同時に、背後からラズリにまるで人質のように左肩を掴まれたガーネは、とにかくこの場をどう切り抜けるかだけを必死に頭を回転させた。
「ガーネ、アタシ『人の壊し方ならよく知ってる』って教えたわよね?アンタのその顔、絶対何か面白いこと隠してるでしょ。珍しく挙動不審で落ち着きがないのよ、悪いことしてそれが母親にバレないようにビクビクしてる子供みたい。早く言いな」
「こわい…」
見た目14歳とは思えない圧からしっかりとした32歳を感じ、珍しく色々な意味で萎縮したガーネは呆気なく自席に戻され座らされて挙げ句囲まれた。
逃げられない、と覚悟を決め、ものすごく渋々『休暇』という名の地獄の温泉ツアーの話しをせざるを得なくなった。そも、女王からの『命令』なので言わないわけにもいかなかった。
当然、一同は大歓喜である。
「ほんっと最悪…俺耐えられる気がしない…無理…」
「ですがガーネ様、わたくしも陛下のお心遣いに賛同いたしますわ。ずっと張り詰めていらっしゃいますし、この機会に息抜きしましょう?ね?」
「お、『お心遣い』??カルセお前本気でそんなこと思ってんのか?つーか、そもそもだけどな、このメンバーで旅行なんて行って楽しいか?息抜きになると思ってんの?」
「…?はい、とっても楽しそうですわ!」
カルセの屈託のない笑顔に、ガーネは『聞く相手を間違えた』と再び頭を抱えた。
「……よし、わかった」
「わかったって、なにガーネ」
ガーネが突然立ち上がったのを見てサイフィルが首を傾げるも、その後飛び出したサイフィルにとっては意外過ぎるガーネの発言に目を丸くすることになる。
「こうなったらとことん行くぞ、いいかこれは『命令』だ。スメイラ、カルセ、一番高い宿一番高い飯一番高い部屋で予約しろ。金に糸目をつけるな」
「え、いいの?…経費?」
「馬鹿か、私用に経費なんざ申請出来るか。俺の驕りだ気にすんな、こういう機会でもないと金なんか使わないしどうせ行くなら豪勢に行くぞ。ただし、移動は馬車厳禁・俺の部屋は個室。あとはお前らの好きにしろ全部任せる」
「やったガーネ太っ腹!かっこいい!イケメン!スメイラさん混浴!混浴希望!!」
「追加命令だコイツの言う事は一切聞くな」
「聞くわけなくない?」
サイフィルの要求をバッサリと切り捨て、スメイラの容赦のない返答を確認したところで浮かれる一同にガーネは視線を向け直した。
「いいか、連れて行って欲しかったら仕事を片付けろ。問題を起こすな騒ぐな静かに過ごせ」
それだけ言い残して、ガーネは改めて退室しようと席を離れた。
ラズリが呆れたように「まーたあの女のとこ?」と声を掛けると、ガーネはラズリの想像に反して存外真面目な顔をしていた。
「昨日までの公務、まだ終わってねーんだよ。それの進捗確認。…なにも無いとは思うけど、魔術師棟か巫術官棟のどっちかにいるから何かあったら呼べ」
*****
二日後。
主にはガーネとスメイラではあるが、溜まった仕事の目処をつけいよいよ旅行の当日となった。
旅行の支度で楽しそうな面々に反して、ガーネは寝不足で重い目を擦っていた。
「まあ、ガーネ様せっかくのご旅行ですのに…寝不足ですの?どのくらい睡眠取れまして?」
「あー…うーん……二日の間に細切れで多分…五時間は寝てねーな」
直前まで魔術師棟で宮廷魔導師と結界座標の確認をしたり、現場の動きを確認していたガーネは責任者として結局まともに寝る時間も取れずに過ごしていたが、ガーネが『王都に留まっている』『王城内から動いていない』せいか、向こう側の動きらしい動きも見受けられない。いっそのこと、ここでガーネが『動く』のも良い様子見かもしれないと無理矢理結論付けるに至った。
「ガーネ様私服可愛い、色っぽい、食べちゃいたいわ」
「怖いあっち行け」
「つれないお方、ますます好きになっちゃいそう」
「置いてくぞ」
珍しくラフなTシャツ姿のまま、ガーネはいつものように予備弾倉を荷物に押し込み、銃の残弾数も抜かり無く確認してホルスターに納める。机の引き出しから小型のナイフを取り出すと腰のベルトに隠すようにしまい、装備を隠すようにジャケットを羽織った。
「行き先温泉よね?アンタだけ戦争にでも行くの?銃なんかいる?」
「いる。身の危険を感じてる」
「まあ!この魔法少女エイミーが守ってあげるわ安心して!」
「お前に対しての警戒があることを忘れんなよ」
「でもガーネ、そんなナイフまでいつも持ってた?いつも思うけど、警戒し過ぎじゃない?」
サイフィルが首を傾げたところでガーネはサイフィルを手招きした。
馬鹿正直に近寄ったサイフィルに、俊敏な動きで背後から腕を取るように身体を拘束し腰のナイフの柄の部分を首元に押し当てた。
「ひえ…」
「ちなみにナイフは大体いつも持ち歩いてる。こうやって頸動脈スパッといけば、即死で暗殺可能だ、わかったかいつでも殺せるぞ。お前を」
「僕そんな殺されるほど酷いことしたことなくない?え、ある?ないよね?…ないよね!?」
「覚えとけよ」
「ごめんなさい!!」
サイフィルに対しての行動は完全に悪意ある冗談ではあり、エイミーことアメジに対しての貞操の危機もさておいたとして、実際問題何が起こるかわからない。
現に、自分が『観測対象』と断定した今は尚更である。その件に関してはディアマント、ヘルソニア、筆頭魔導師と筆頭巫術官の四名しか知らない話ではあるが、最低限自分の身は自分で守る必要があることと、仲間意識があるつもりではないが『女王の所有物』である面々に対しての責任も自分にある。
結局気が休まらないまま、駅に向かって汽車に乗り込む。
乗り込んで早速、予約していた個室と座席で一悶着が始まった。
「あたしガーネ様の隣!絶対ガーネ様の隣〜!」
「嫌だ怖い離れろ一人で座らせろ、それかせめてスメイラかカルセの隣がいい」
「ひっどーい!」
「あ、良いこと考えた。アメジお前ほら、せっかくの機会だ。親睦兼ねて『女子会』でもしたらどうだ。サイフィルも女々しいことだし丁度良いだろ」
「…それ、結局ガーネくん一人じゃない?」
「だってお前らうるせーんだもん…」
結局、四人掛けの個室は『正規の女子二人』と『女々しい男』と『自称女子』に落ち着き、ガーネと同じ個室車両にはラズリがちょこんと座った。
ラズリはこちらが余計なことを言わなければ基本喧しいタイプでは無いため、ある意味良かったかもしれないと動き出した車窓の景色を眺めながらガーネがぼんやり考えていると、珍しくラズリの方から静かな声で話し掛けた。
「あのさガーネ」
「うん?」
窓の外から正面のラズリに視線を移したガーネは、一体何を言われるのかと何故かほんの少しだけ身構えた。
「個室だから、興味本位で聞くわ。…アンタ、自分の魂がどこに『固定』されたのかは…自分でわかってるのよね?」
ガーネは『なんだそんな話か』といつものように足と腕を組んで壁に凭れた。
「そら、まぁ。当事者だしな」
「それ、ほんとに『アンタの魂』?」
────ああ、『やっぱりコイツも』か。ということは、やっぱり『そういうこと』だよな
一人で勝手に納得し、一人で勝手に勝ち筋を見たような心持ちに思わず笑いが込み上げる。
「なに笑ってんのよ」
「いや、質問の意図を測りかねるな。『俺の魂』に決まってんだろ、固定された先が『女王側』だとしてもそれは変わらねぇよ」
「…ねぇ、アンタ、どこまで『見えてる』の?」
「ははは、どうだろな。…内緒────ああ、でも」
ガーネは姿勢を崩し、前のめりに正面のラズリに身体を寄せる。ラズリの頭の横に片手をついて、もう一方の手はラズリの襟元の、もはや本人はファッションとして付けている特級指定統括特別医であることを示すダイヤの徽章を加工した襟留を指先で捉えた。
至近距離で見るガーネの顔は、やはり整っている。それは認める。腹立たしい。大嫌い。
ラズリが改めてそう考えたところで、ガーネの深紅の瞳と視線が絡んだ。
「俺も、『コレ』と同じ…って言えば、お前ならわかるだろ」
「フン、女王の犬風情が」
「なんとでも言え。俺は今も昔も、あの女の為なら何でもする。…つーわけでちょっと寝るから、着いたら起こせ」




