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断罪ディストーション  作者: 梦月みい
第十五章『慰安』

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97話「気まぐれと戯れ」

意識がゆっくりと浮上する。頭の下が妙に柔らかく、いつも使っている枕の感触ではない。

まだもう少しだけ微睡みたいような心持ちに、開きかけた瞼を閉じ直して寝返りを打つ。

ほぼ無意識に、目の前の何かに腕を回す。細い。それから鼻先に届く嗅いだ覚えのある、甘い香油の香り。

「…お前の体内時計は随分と正確じゃな。丁度一時間じゃ」


頭上から声が聞こえ、ガーネははっとした。

『女王の膝枕で寝落ちした挙げ句、寝ぼけて腰に抱きついた』ことを自覚した。


「……なんで俺はもっと堪能してから寝なかったんだ…」

ガーネの心の底からの馬鹿正直で後悔に満ちた呟きに、さすがのディアマントも「お前は馬鹿か」とあしらいの言葉を冷ややかに放った。


枕にしたのが、この国で一番高貴な女の膝である。

色々な意味で名残惜しい気持ちを抱きながらガーネは身体を起こし、いつもの癖で首や肩を回して左肩に激痛が走った。

「いででっ」

「お前は学習しない男じゃ。ラズリに肩を回すなとしつこく言われておったろうに。…して、多少は疲れは取れたか」

「…めちゃくちゃ正直、ここしばらくまともにまとまった睡眠取ってないんでまぁ寝ないよりは幾分か、って感じですかね。なのでまたお願いします」

「図々しい犬め。褒美が欲しければしかと働け」

身体を起こして隣に座ったままであるが、特に咎める様子も無いためガーネはそのまま深く背凭れに凭れながら目頭を揉んだ。

寝起きが悪い方では無いが、意識が覚醒しきらない。多少はきちんと眠るべきとはわかりつつも、最後にまともに寝たのは『儀式』の後では無いだろうか。

ガーネは緩めたネクタイをきゅっと締め直し、無理矢理意識を切り替えると隣のディアマントに視線を向ける。どうやら、ガーネが寝ている間にも彼女は仕事をしていた様子で、ソファ前のローテーブルには飲み物と書類の束が重なっていた。

「ディアマント様、話しの続きなのですが」

「…どれの続きじゃ」

声を掛けられたディアマントはちらりと視線だけガーネに投げ、すぐにまた手元の書類に戻した。

「自称魔法少女です。…仔細は存じません、が…23歳の若さで第一級魔導師認定と、その更に上の『女王認定』の徽章を持っていた。まあ、妙ちきりんなブローチに加工してましたけど…アレが『六人目』、それと…というか、それ以上に魔法は見てませんが実力はあるんでしょうね。なので連れてきました。アイツ、頭悪そうなんで均衡側に流れでもしたら面倒そうと判断しましたので」

ガーネの短時間での人物の解像度の高さに、些か驚いたようにディアマントは顔を上げ、ようやくガーネに向き直った。

そのままばさりと机に書類を放り、隣に座るガーネの目を見て小さく笑った。

「さすがじゃ。妾のお前への見立は間違いではなかったようじゃな。……あやつはな…良く言えば純粋、良く言わねば馬鹿じゃ。思い込みが激しく猪突猛進な……、…男?」

珍しく言葉尻に疑問符がつき、腕を組んで首を傾げたディアマント。普段であれば絶対に見ることのないその姿の破壊力が凄まじく、ガーネは思わず「え、かわい」と呟いた。

「…ガーネ、お前は普段大人ぶって過ごす割に存外子供じゃな。今年いくつになった」

「19です。とっくに成人してますけど。大人ぶってるんじゃなくて、大人なんですけど」

「妾にしてみたら赤子のようなものよ。…で、アメジか。正直アイツは妾も扱いに困る。なまじ実力がウチの筆頭魔導師と並ぶかそれ以上の実力がある故にな…ガーネ、お前あの者と戦ったのであろう。御することは易いか」

「…それ、正直に言っていいんですか?」

「今更何を。申してみよ」

「…『喧嘩』なら互角かやや俺、『殺し合い』なら俺の圧勝です」

「それを聞いて安心した」

ディアマントが肩を揺らして笑いながら、テーブルの上のカップを取り既に冷めているであろう紅茶をゆっくりと口に含んで喉の奥に流した。

小さくコクリと喉を通過する音が妙に艶めかしく響き、カップから唇を離し茶で濡れたディアマントの唇に無意識に指先を伸ばして軽く拭うように触れた。

「…一個確認なんですけれど、あの馬鹿が馬鹿だからフリーランスみたいな形で野放しにしてるんですか」

「端的に言えばそういうことじゃ。ラズリとはまた違った意味でアイツは妾の言う事を聞かん」

「馬鹿が本格的に『向こう』に行けば厄介です。これを機にディアマント様の目の届く所に置かれてはどうでしょうか」

つまるところ、正式に宮廷魔導師所属にして欲しいという遠回しな要望を告げたガーネだったが、ディアマントはガーネが指で拭った唇をわざとらしくぺろりと舌なめずりをして蜂蜜のような瞳をガーネに向けた。その顔は、彼女が『悪いことを考えている時』の顔だった。

「…しまった。遠回しな要求はこの女に通用しねーな」

「たわけ、本音の方が声に出ておるぞ。…まあ、しかしそうじゃな。妾の可愛い犬がそんなに望むのなら、良かろう。『正式に』お前の配下に付けよう。それがいい、面白そうだし手っ取り早いし面白そうじゃ」

「面白そう二回言ってますけど。俺は『女王陛下のお目の届く所に是非』と推挙してるんです。ゴリラを飼う予定はありません」

「だから、お前の下じゃ。妾の決定に何か不満でも?」

「…ストレスで胃潰瘍にでもなったら労災下りますかね」

「勘違いするな。お前は妾の被雇用者ではない。犬じゃ」

「毎月城から給料出てる挙げ句税金まで引かれてるんですけど、じゃあアレなんなんですかね。俺きちんと官職課程出て公務員になったつもりだったんですけど」

「だからお前は妾の犬じゃ。妾の足でも舐めさせてやろうか?おっと、それではただの褒美か。…きちんと連中の躾をせよ、犬。上手に芸が出来たらまた褒美をやろう」

「……覚えとけよこの女…」



*****



あれ程静かだった二人きりの女王の執務室から一変。特務室は今までの比にならない程に騒がしい。

ガーネは何事かとドアを開けると、二時間ほど前に『隔離しろ』と命じたはずのアメジが何故か室内にいて、妙に馴染んでいる。馴染むのも仲良くなるのも、ガーネにとってはどうでもいいことではあったが、命令した衛兵が『隔離先』として此処を選んだことが気に入らない。

何処かの血管が切れそうな程の苛立ちと胃の痛みを覚え、ガーネは深く盛大な溜息を漏らして頭を抱えながら自席にどかりと腰を落とした。

「ここはいつから動物園になったんだ」

「んもぅ、ガーネ様ったら、怒っちゃイ・ヤ。ま、怒った顔もかっこいい〜きゃっ」

「…いいかアメジ。とても、ものすごく、死ぬ程!!不本意だが、テメェは正式に俺の配下になった。俺の命令に背いてみろ、その股ぐらのモン引きちぎって望み通りのちゃんとした女にしてやる覚えとけよ」

不機嫌丸出しの低い声に、スメイラとカルセは先程までいた女王の執務室で『体良く押し付けられたな』と察し少しばかり同情的な目を向けた。

数日前に同じようにこの部屋の一員として引き込まれたラズリは、どうでも良さそうに爪の手入れをしながらちらりとガーネを一瞥して、さも自分には無関係と言わんばかりの態度で再び手元に視線を落とした。

空気を『読めない』のか『読まない』のかわからないのは、サイフィルとアメジ本人である。

「えー、アメジちゃん大変じゃん。引きちぎられるって!アイデンティティ。コイツ多分本気でやるよ、だって怖いもん」

「やだガーネ様!なんで付いてるの知ってるの?触った?もしかして触った!?やーだぁ、セクハラ!お嫁に行けない!…ていうかサイフィルちゃん、アメジじゃなくてあたしのことはエイミーって呼・ん・で」


本格的に誰か殺しそうなガーネの目に、スメイラとカルセは慌ててガーネの机にご機嫌取りのココアとおやつを用意し、机に山積みになっていた書類もスメイラが『統裁官としての権限が必要な案件かつ緊急』のものを厳選して置き直した。

スメイラとカルセの自分に対する扱いの連携に、ガーネは深々と溜息をついて頭を抱えた。

「………サイフィルだけでも喧しいのにもうやだ俺…女どもは『好き嫌いするな』だの『手洗いうがいしろ』だのお母さんみたいに喧しいし、女王は顔可愛い癖に言ってることは完全自分中心天動説だし……公務員ってしんどい…どっか山奥にでも籠もって静かに過ごしたい…せめて3時間以上まとめて寝る時間が欲しい…」

ガーネの悲痛過ぎる訴えに、カルセとスメイラは目を見合わせて肩を竦めた。

「…ガーネ様、今急ぎの仕事も無いことですし、山奥なら温泉とかもありますわ。少しゆっくり過ごされてもいいかもしれませんわね」

カルセの気遣いと善意に満ちた言葉に、ガーネは机の書類をちらりと見遣る。

そしてラズリも、爪にふっと息を吹きかけバッファーを置くとガーネに視線を向けて口を開いた。

「そうね、温泉いいんじゃない?アンタの肩、ちゃんと温めて休ませるならアリだと思うけど。ま、湯治って本来は一ヶ月くらいかけてやるものだから気休めだけどね」

女性陣からは意外にもガーネの休暇を賛同するような声が上がり、少し考えるように腕を組んだ。


しかし、いつ何時何があるかわからない。

女王からの突然の『呼び出し』の可能性もある。

まして、前日までの秘匿公務の案件が片付いていない。


ゆっくり温泉なんて、夢のまた夢。現実的にそんなことが叶うのは『引退後』もしくは『死後』ではないのだろうか。

そんなことを考えながら、湯気の立つココアを一口啜った。


そんな女性陣の配慮とガーネの一瞬の夢を馳せた空気感を台無しにしたのが、特務KY代表のサイフィルとKY新規加入のアメジである。

「温泉いいね!皆で行こうよ!女の子の浴衣姿とか僕楽しみだな〜!あ、温泉で盛り上がって僕女の子にナンパとかされちゃったりして!?」

「あたしもさんせーい、温泉お肌に良いものね!それに温泉でガーネ様と既成事実が作れるチャンスじゃない!?」

「怖い、却下」

「えー!行こうよ!みんなで!」

「あのな、女どもの提案はありがたく受け取るけど実際問題俺にそんな暇ねぇんだよ。普通に忙しいしお前らが把握してない案件もいくつか抱えてんだ」


何よりも、口には出さなかったが『皆で温泉』なんて真っ平御免である。何故、休みに行くのにこの面子のお守りをしなくてはいけないのか。

それが本音であった。

これならば、休み無しで文字通り犬のように女王のためにあくせく働いた方が『褒美』も貰えてずっと良い。

そしてガーネはペンを取って書類を手にしたところで、ものすごく名案を閃いてしまった。


「そうだ、温泉な。別に温泉じゃなくてもいい。俺が金を出してやるから『お前ら全員で』遊びに行って来たらどうだ、二、三日と言わず一週間くらい」

ガーネのある種の下心の籠もった『気遣い』に怪訝そうな顔をしたのはスメイラである。

「………ガーネくん、熱でもある?」

「あるかもしれない。なんかもうものすごく体調が悪い。あーあ、静かに過ごしたい。ほんとせめて一週間と言わずせめて二日でいい。ほんとに静かに過ごしたい……………なんだよあの女、用事なら一回で済ませろよな…!」

ガーネが遠くを見つめながら小さく呟いたところで、手にしたペンを放り投げて苛立ち露わに立ち上がった。

「え、えっ?なにごと?」

「…コイツの大好きな女王サマのお呼び出しなんでしょ、キッモ」

ラズリが心底嫌そうな顔で吐き捨てるように言うと、スメイラもあの焼肉屋でのことを思い出して納得したように、部屋の入口に向かうガーネの背中を見つめた。



「来たか、従順なことだ。さすがは妾の躾けた犬よ」

「『来たか』、じゃないんですけど。なんですか一回で済ませて欲しいんですが」

「お前、妾と話せて嬉しいだろう?」

「馬鹿言わないでください。嬉しくなかったら走って来ません」

大人しく『呼び出し』に応じてすぐに執務室に現れたガーネに、ディアマントは非常に満足そうな顔で笑った。

「……その顔、まーたなにか碌でもない思いつきしましたね。今度はなんですか俺普通に忙しいんですが」

もはや彼女の微妙な表情の違いにも気付くようになってしまい、ガーネは内心複雑であった。

隠しもせずに嫌そうな顔をするガーネを見て、ディアマントは女王としてそれを咎めることもなく声を上げて楽しそうに笑った。


────今度はなんだ。また『女王名代』か、しょうもない『統裁官民衆お悩み相談』か、はたまたそれに匹敵する『ご公務』か。

なんだと身構えるガーネをよそに、ディアマントは妙に優しい声音で口を開いた。

「二、三日ならば構わぬ。ゆっくりして来い」

「……は?なんの話ですか…?」

話の前後が見えずにガーネはディアマントの顔を見つめた。視線の絡んだ彼女は楽しそうな表情を崩さぬまま、顔にかかった横髪を耳に掛けそのまま机で頬杖をついて座り直した。

「温泉じゃ。…なんなら、妾も着いて行こうか?」

「…それ、誰が貴女の警護するんですか」

「お前じゃ。ま、それだとお前の休みにならんから警護は他の兵士を伴うか」

「それは駄目です、貴女の警護に俺以外の適任がおりません」

「…ふ、ははは。冗談じゃ」

ガーネの即答過ぎる返しにディアマントは大層満足そうに笑いながら背凭れに寄りかかり正面に立つガーネの顔を見つめた。

「妾は忙しい。先程、どこぞの犬が甘えて妾の膝を一時間も占拠しおったからな」

「その節はどうも、大変に良かったです色々と」

「まあ、冗談はさておいて…お前も妾の直下となってからまともに休んでおらんだろう?…いや、休んだか半月ほど。妾の持ち物の分際で勝手に撃たれて故障箇所を作って」

「…………なので、返上して働いているつもりなんですが」

「構わん。羽でも伸ばして来い」

「…それはその……ご命令、でしょうか」

「ふ、願望じゃ。壊れられても困る」

存外優しく微笑んだディアマントに、ガーネは深々と頭を下げた。

のも、束の間。

「ついでにこちらは『命令』じゃ。お前の配下『全員』連れて行け。お前が居ようが居まいが、連中喧しくてかなわぬ」

「…や、喧しいのは否定しません。というかまさかと思いますけど、アイツら特務室外…まして貴女の部屋の前で騒いでたりしますか?申し訳ございません責任持って説教しておきますよくよく言い聞かせますので置いて行きたいです」

早口で捲し立てるガーネにディアマントはあしらうように言葉を被せた。

「そうではない。基本、城の中の『声』は聞こえる。連中は特に煩い。連れて行け」

ガーネはディアマントの台詞になんとなく色々と合点がいった様子で小さく「ああ」と呟いて、納得したように頷いて視線を向け直した。

「………聖徳太子かよ」

「フン、そんな小物と妾を同列にするな」

「へいへい、そりゃどうもすみませんでした。お土産何がいいですか」

「木彫りの熊以外。お前と違って好き嫌いは特にない。とにかく連れて行け、たまには妾にも静かに過ごさせろ」

「俺も静かに過ごしたいんですけど?…ともあれかしこまりました。お心遣い痛み入ります」

ガーネは深く頭を下げ、女王の執務室を後にした。


背後でぱたんとドアの閉まる音と、廊下を歩く自分の足音がやけに大きく響くようだった。

「ハッ、なーんで『この世界の女王様』が『聖徳太子』なんて知ってんだよ」

聞こえたか、聞いたかはわからないしどうでもいいが、ガーネは敢えて独り言のように小さく呟きを残して騒がしい特務室へと戻って行った。

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