100話「温泉夜咄」
「ほら、肩見せて」
部屋に入りラズリは面倒そうな態度は取りつつもしっかり『医者』のスイッチの入った顔でガーネを座椅子に座らせた。
ガーネも促されるまま大人しく浴衣を肩から外して故障箇所を晒す。
「どこ痛いの?」
「肩をこう動かした時に、この辺」
ラズリは傷の様子を確認してからガーネの腕を掴み肩をゆっくりと動かし筋肉や骨の関節の動きを確認していく。
それぞれが飲み物を飲んだり談笑したりと好きに過ごして板中、アメジがガーネの上半身を見るなり黄色い声を上げた。
「きゃー!いい身体でいい男!」
「お前は俺の半径300M以内に近寄るな」
「部屋から出ちゃうじゃな〜い、照れ屋さん!」
「え、じゃあ僕も見せて!」
「お前が見てどうすんだよ童貞卒業してから出直しな」
「ひどい!」
「あーもう、男どもうるさ!!あっち行きな診察の邪魔だよ!」
「いででで!!クソババァ!!」
無茶な肩の可動に思わず声を上げるガーネに、ラズリは一層容赦がなかった。
「……アンタさ、肩痛いのも違和感あるのもわかるけど変に動かしたり触ったりし過ぎ。我慢できないの?」
「だって、痛いじゃん」
「無茶して動かすから筋おかしくして脱臼するんでしょ。せっかく温泉来てるんだから、しっかり肩温めな。アタシの天才的な外科手術の傷は綺麗に塞がってるわよ。…ま、元々弾丸綺麗に貫通してくれたお陰で傷自体はそんな大きくなかったし……、…なによ」
ガーネの視線に気付いたラズリが、普段とは逆に見下ろすように視線が絡んだ瞬間無意識に眉間に皺が寄った。
「…いや、医者っぽいこと言うなぁと」
「医者だよ!!」
「失礼いたします。夕食のご用意が整いました。配膳してもよろしいでしょうか?」
ラズリの簡易診察の最中、食事の案内をされガーネは浴衣を正した。
部屋の中央に大きな机が鎮座しており、食事の用意が進められるとガーネは眠そうに欠伸を漏らしながら適当に近くの席に座った。
一応スポンサーに気を使ったのか、ガーネ自身が上座や下座など気にした素振りも見せなかったため倣うようにそれぞれも適当に腰を下ろした。
「ねーガーネ、お酒頼んで良い?」
「好きにしろ」
「やったー!」
サイフィルが仲居にいくつか酒やジュースを追加注文しているのを横目で見ながら、食事も程々にさっさと横になりたい程の疲労感に再度欠伸が漏れた。
「…アンタ、ご飯食べながら寝るとか赤ちゃんみたいな真似やめなさいよ。可愛くないから」
「寝てねーよまだ」
「汽車の中でも『寝る』とか言って結局寝てないでしょ」
ラズリのその言葉に、ガーネは意外そうに目を向けた。
「お前すげーな、気付くのか」
「医者舐めないでくれる?寝てるかどうかなんて、呼吸と瞼越しの眼球の動き見ればわかるのよ」
なかなか侮れない女だな、と思いながらガーネは自分の前に配膳された蟹を見て皿ごと正面のカルセに差し出した。
「カルセ、俺の蟹の殻剥いて」
「子供かアンタは!」
「まぁ、ふふ。良いんですのよラズリさん。いつものことですから」
カルセはガーネに差し出された蟹を丁寧に殻を外して剥いていくと別の皿に身をより分けて盛り付け直した。日頃こういったことを当たり前のように要求されているせいでカルセ本人は特に違和感を感じていない様子だった。
「カルセさん、ガーネくんのことあんまり甘やかしちゃ駄目だよ。ついでに私のも剥いてくれる?めんどくさいから食べられない」
「あらあら、かしこまりましたスメイラさん。お待ちくださいね」
基本的に食べるのが面倒な食材や料理が苦手なスメイラも便乗するように隣のカルセに皿を差し出し、カルセは聖女のようににっこりと笑みを浮かべて返した。聖女である。
「おいカルセ、蟹味噌はいらねぇ不味いだろ」
「じゃあ僕に蟹味噌ちょうだいガーネ」
「……ガーネ…アンタお子様舌…?」
「えーっやだぁ可愛い、キュンキュンしちゃう。あーんして食べさせてあげようか?ガーネ様」
「怖いからやだ。おえってされそう」
カルセに剥いてもらった蟹を口に運び、他適当に刺身や茶碗蒸しなどを口にしていく。『想定通り』殻ごと蟹を食べるサイフィルを横目で見遣りながら、ガーネは満腹になる前に箸を置いてジュースを飲んだ。
「……ガーネ様、あまりお召し上がりになっていらっしゃらないようですがお口に合いませんか?」
カルセが少し心配そうに声を掛けると、ガーネは素直に首を振って否定した。
「いや、美味い不味いじゃなくて満腹になるとなんかあった時に身体動かねぇだろ。毎回俺の食事量こんなもんだけど」
「……確かに、ガーネくん動き回る割りにそんなに食べる方じゃないよね」
「わりと低燃費なんだよ、食えば食えるけど食わないようにしてるだけ」
「アンタ……この中で一番若いクセに…」
「食う時は食うっつの。普通に腹減る時は腹減るし」
そう言って一人先にデザートに手を伸ばして食べ始めたガーネ。先程指摘のあった通りどちらかと言わずともお子様舌である為、懐石のような料理の類よりは茶碗蒸しやデザートの方が口に合ったのも否定出来ない。
「あ、これ美味いじゃん。甘いの好きじゃねーやつ誰かこれくれ」
「……じゃあ、ほら。アタシのあげるわよ」
肩を竦めたラズリがガーネに自分のデザートを差し出すと、珍しくガーネが僅かながら目を輝かせた。
「……アンタ、そういう顔出来るのね」
「は?なんだよどういう顔だよ」
「子供みたいな顔」
途端にムッとしたように拗ねるのも正しく子供のようであるが、とにかく不満そうにガーネは口を開いた。
「なんつーかお前ら、俺の事ガキ扱いし過ぎじゃね?」
「でも実際問題、『こんな』だけどガーネ実は僕らの中で一番年下なんだよね」
「こんなってなんだおいサイフィル、ちょっと聞き捨てならねぇんだけど」
「…ていうかさ、うーん…僕思ったけど、ガーネってわりとオンオフ激しいよね?」
「………そうかぁ?別に仕事ん時も同じだろ」
全く自覚の無い私的をサイフィルから受け、悪い意味で言った訳ではないことは理解しつつも意味がわからなそうに眉を寄せた。
「ガーネってきょうだいいる?」
「俺?いや、一人っ子」
途端、しんと室内が静まった。
これにますます意味がわからないとばかりにガーネは続けて口を開いた。
「……なんだよ、聞いといてなんで静かになるんだよ」
周囲を見回し、ラズリから受け取ったデザートに手を伸ばす。
「いや…聞いたのはサイフィルくんだけど…、…皆同じ認識っぽいから代弁すると、君自分のこと話すの好きじゃないのかと思ってたから多分ちゃんと返答が来て意外に思ってるのと、一人っ子っぽいなーって納得したのと」
スメイラの言葉に一同が示し合わせたように深く頷き、ガーネだけが理解出来ずに困惑する。
「…べつに、聞かれて『困る』ことは秘匿扱いにはするけど。聞かれたこと無いから話したことないだけだろ。別に聞きたいことあるなら聞けばいいじゃん」
ガーネはほんの僅かながら、日頃自分が厳しすぎて萎縮させているのかと気にした様子であった。しかし、萎縮されたところで日常の業務に差し障らなければどうでもいいかとすぐに思い直してデザートを口に運んだ。
「あ、じゃああたしガーネ様にお聞きしたいわ!ガーネ様って、お父様似?お母様似?」
アメジの質問に、ガーネの『出自』を知っている一同は一瞬硬直した。それと同時に息を飲んでガーネに視線を向けたが、当のガーネはなんでも無さそうな様子でデザートを食べながら返答していた。
「それなに、顔の話し?性格?」
「うーん、どっちも!」
「…どうだろうな、顔は母親似だと思う。性格は…どっちかっつーと『育ての親』の影響じゃねぇのか」
「ま!じゃあお母様お綺麗な方なのね!育ての親、ってことは…ええと」
「ああ、ウチ『死別』してっから、俺が5つの時に。その後引き取られた夫婦も割とすぐ事故死?したから、その夫婦の弟に育てられたんだよ。母親は……あー、まあ、自分の親だけど綺麗な人だったとは思う、かな…すげー怖かったけど。父親以上に厳しかったし」
ガーネは空になったデザート容器をテーブルに置き戻し、再び眠そうに欠伸を漏らした。
どういう心境でこの話しをしているのかわからず、スメイラの視線を受けてサイフィルが『いつものように』空気を読まずにガーネに質問を投げた。
「じゃ、じゃあさ!いい機会だから!ガーネの初体験について掘り下げよう!!」
「……お前さ、サイフィル。俺の女関係の話し聞いたところでお前が童貞なのは変わらないんだぞ」
「そうじゃないだろ!今後の参考になるかもしれないじゃん!!」
「なんのだよ……そん時付き合ってた彼女。二個上の先輩」
「また先輩!?」
あからさま過ぎる程に面倒を全面に押し出した顔を隠しもせず、ガーネは端的に返答した。この手の質問や話題は、はぐらかせばはぐらかす程にしつこく悪化するのを経験済みであったからだ。
「ね、ねぇごめん。待って。……ガーネくん、『年上好き』って結構ほんとだね…?」
意外とゴシップな話題が好きだったらしいスメイラが、どこか楽しそうに口を挟んで横槍を入れた。
「んなくだらん嘘ついてどうすんだよ」
「ガーネ様年上好き!?やだー!!全員対象じゃなーい!!きゃー!!」
「心配しなくても『お前ら』は身内感強すぎてそういう対象にならねーから心配すんな。サイフィルと違って恋愛脳じゃないし」
「待ってなんか今日ガーネめっちゃ答えてくれる日!?歴代彼女何人いるの!?50人くらい!?」
「そんないねーよ……お前らほんと好きだなその手の話題。俺のそんな話し聞いて楽しいのか」
「え、楽しいよ!楽しいよねみんな!?」
「あっそ…」
やや呆れたように返すガーネであったが、先程「聞きたいことあるなら聞けばいいじゃん」と自分で言ってしまった手前、旅行に来ているのもあり必要のないことで怒鳴るのも違うしなと一応の分別は持った状態で付き合ってやることにしたらしい。「はいはい次何聞きたいんですか」と投げやりに言いながら、空になったグラスにジュースを注いだ。
「歴代彼女ってみんな年上?」
「タメもいたし年下もいるわ、そんな年上キラーじゃねぇんだよ」
「ガーネ様年上のどんな女性がお好きですの?」
「あー…どんな?うーん…年上の……顔が可愛くて、脚が綺麗で、生意気そうで気の強いタイプの女」
「ピンポイントでキモいんだけど」
「やだ、ガーネ様年上の生意気女に好き勝手されたい系坊やだったの!?可愛い〜あたしがめちゃくちゃにしてあげたいわ!」
「怖い」
「でもなんか意外だなぁ、僕、ガーネは何でも言うこと聞く三歩後ろ着いて歩くような女の子がタイプだと思ってたけど…意外とМだったのか…」
サイフィルの勘違いした発言に、ガーネは思わず喉を鳴らして小さく笑った。
普段面々が見慣れている方の、獲物を狩猟するときのような笑い方であった。
「前も言ったけど、お前は日頃の俺の何処を見てマゾだと思ってんだ。テメェの性癖はテメェだけにしとけ。…いいか、俺はな、クソ生意気な女を屈服させて泣かせて『ごめんなさい』って言わせて誰の支配下かわからせるのが好きなんだよ」
「あ、うん、ごめんね。ガーネはガーネだったね。僕が悪かったと思うよ」




