75、バナバナ星 〜黒いものがお好き?
『甘くてちょっとニガイの……不思議な味』
僕が差し出したスプーンから、コーヒーゼリーを食べた30代前半に見える色っぽい女性は……スルスルと縮んで、チビっ子の姿に変わってしまった。
だけど、両手で抱える蟻塚の蜜は、そのままだ。
(コーヒーはマズかったのかな)
女神様から、黒い女神は討伐してはいけないと言われている。身体が縮んだということは、黒い女神にとって、コーヒーは毒なのだろうか。
「苦かったですか。じゃあ、お口直しに、苦くないデザートを作りましょうか? テントに来られますか?」
『冷たい食べ物?』
「デザートは、熱いのも冷たいのも作れますよ。テントの中には、調理場があるんです。この場所よりは、かなり涼しいのですが……寒いと感じられてしまうかな」
『ここは暑いから、霧になってないと耐えられないの。ムシムシしてるから嫌なの』
「テントの中は、こんなに湿度は高くないです。僕達は、高温多湿は苦手なので」
『ふぅん、じゃあ、テントに行く。あ、あぅ』
チビっ子の姿の黒い女神は、僕の服を掴もうとして、蟻塚の蜜をパラパラと地面に転がしてしまっていた。慌てて、彼女はそれを拾って、大事そうに抱えた。
「手に持っているものは何ですか?」
『森で拾ったの。甘いの。たくさん落ちてたの』
「あぁ、じゃあ、麻袋か何かを使います?」
僕は魔法袋から、採取用の麻袋を取り出した。
『魔法袋は、使い方がわからないの。中身が消えるもの』
「これは、魔法袋じゃないです。薬草や果物を採取するときに使う麻袋です。中に入れても消えないですよ」
そう言って麻袋を差し出すと、チビっ子は、蟻塚の蜜をひとつだけ入れて、ニカッと笑った。
『ほんとだ。消えないの』
「でしょう? 差し上げますから使ってください。この麻袋は中身が消えないから、入れた分だけ重くなりますからね」
チビっ子は、両手に抱えていた蟻塚の蜜を麻袋に入れると、僕の手から麻袋を奪うように取り上げた。蟻塚の蜜を僕に盗まれると思ったのかな。
『重くなったの』
「袋の口をキュッと縛っておくと、中身がこぼれませんよ」
『うん? わかんない』
「ほら、こうやって、この紐を引っ張って、くるくるっと巻いておくんです」
『ほぉぉ、すごぉい袋』
「ふふっ、お気に召してよかったです。えっ?」
なぜか、僕の右手は、チビっ子に掴まれていた。
『ママの匂いがする』
「えっと、ママって誰ですか?」
『知らないの? 女神バナバナだよ』
(親子なの?)
「あー、女神バナバナ様とは、さっきお会いしました。黒い女神さんは、女神バナバナ様のお嬢さんなんですか」
『ママと会ったんだ。何か頼まれた?』
「えっと、あ、はい。火山に行くようにと……お使いでしょうか」
『火山? 私、嫌い。貴方、かわいそう。でも、デザートを食べるのが先なのよね? 今は、白い女神は眠ってるもの』
「はい、夜まで休憩しようと思っています」
『じゃあ、あまり時間はないの。早く、苦くないデザートを作って』
がっしりと右手は繋がれている。僕を逃がさないようにしているのだろうか。
「では、テントへどうぞ。僕の仲間もいますけど」
『うん、甘くてもっと冷たいのがいいの』
◇◇◇
トントン!
扉を叩くと、タイガさんが開けてくれた。
「すぐに入ってや。ねっとりした風が強そうや。あん? ライト、ひとりか?」
「いえ、黒い女神さんも一緒ですよ。さぁ、どうぞ」
黒い女神は、片手に麻袋を持ち、もう一方の手は僕の手を握って、タイガさんを見上げている。シャインよりも背が低い。黒い髪も肩までの長さに変わっている。
「なんや? このチビっ子は?」
「黒い女神さんです。タイガさん、怖がらせないでくださいよ。さぁ、遠慮なくどうぞ」
再び促すと、黒い女神はテントの中へ入っていく。だけど僕の手はガッツリ掴まれたままだ。
『ふわぁ、とても心地いいの。不思議なテントね。動物がいっぱい居ても、臭くないの』
(シャワー魔法を使っておいてよかった)
チビっ子は、スンスンとにおいを嗅いでいるようだ。女神様が、女神バナバナ様の花粉を振り撒いたと言っていたけど、それには気づかないみたいだな。
「なんと! チビっこいのぅ。かわいいのじゃ」
女神様が、黒い女神を見て、目を見開いている。女神様もチビっ子だけど、二人を見比べると女神様が随分とお姉さんに見えるから不思議だ。
『あの人、こわいの。貴方よりこわいの』
「あはは、大丈夫ですよ。他の人は怖くないですか?」
『うん、他の人はみんなマナが少ないから、怖くない』
怖くないと言われて、タイガさんは複雑な顔をしている。僕より、タイガさんの方が魔力量は多いはずなんだけどな。
「黒い女神さん、こちらの席で待っていてください。すぐに、冷たいデザートを作りますね」
「なんじゃ? デザートなら、テーブルの上にあるではないか。気に入らなかったのか?」
女神様が話すと、黒い女神はビクッと震える。町の人から聞いていたのとは、随分と印象が違う。災害を起こすとまで言われてたのに、とても臆病にみえる。
「コーヒーの苦味がダメみたいです」
「ふむ、大人の飲み物じゃからな。こんなチビでは、ニガイのは苦手じゃろ」
(大人の姿のときに食べたんだけどな……)
僕は、適当な笑みでごまかしておいた。
「ライト、椅子が高いんちゃうか?」
僕の手を掴んだまま動かない黒い女神は、確かに、椅子にはよじ登るしかなさそうだ。だけど、さっきは自由に飛んでいたんだけどな。
「じゃあ、失礼して、抱っこしますね」
よいしょと、持ち上げて椅子に座らせた。なんだか懐かしいな。娘のルシアが小さかった頃を思い出す。
(しかし、おとなしいな)
黒い女神は、されるがままで、ジッとしている。まぁ、あとは、子供好きな女神様に任せておけばいいか。
「じゃあ、僕は、調理場にいますからね」
『うん、冷たくて甘いのがいいの。あっ、あれは何?』
彼女が指差したのは、テーブルに残っていた黒豆だ。
「あれは、食事の残りです。料理した豆なんですよ。召し上がってみます?」
『うん、甘い匂いがするの』
「妾に任せるのじゃ。ライトは、デザートを作るのじゃろ? 妾は、パンケーキが食べたいのじゃ」
「ティア様、ワガママ言わないでください」
「妾は、パンを食べなかったから、パンケーキを食べたいのじゃ。チビもパンケーキを食べるかのぅ?」
「黒い女神さんは、冷たいものがいいと……」
「じゃあ、クレープでも良いぞ。タイガ、ココアがあるじゃろ? ココアクリームにすれば、チョコ味じゃ」
(確かにカカオだけど……)
女神様は、黒い女神さんに黒豆を食べさせている。完全に3〜4歳の子供だと思って世話をしているみたいだ。
タイガさんから、ココアの袋が飛んできた。冷たいパンケーキでもいいけど、女神様がチョコにこだわるのは、町で何かの情報を得たのだろうな。
僕は、クレープを焼き、魔法袋から適当な果物を取り出した。そして、ココアと生クリームを混ぜてホイップする。
「クレープに包むのは、ティア様がやりますか?」
「妾は、忙しいのじゃ」
振り返ってみると、女神様はフォークを使って、黒豆と格闘している。
(わざとやってるな)
必死に、黒豆をフォークに刺して、黒い女神に食べさせているようだ。
「黒豆は、ツルツルと滑るのじゃ」
『うふふ、私に食べられないように逃げてるの』
「ふむ、そぉれっ!」
『うふふ、綺麗な豆、甘いの』
(黒色が好きなんだな)
女神様に食べさせてもらううちに、黒い女神は少しずつリラックスしてきたようだ。テーブル席から、他の人達が少し離れたことも影響あるかな。
「お待たせしました。果物たっぷりクレープです。しっかり冷やしてありますよ」
片手で持ちやすいように紙を巻いて、二人に渡した。
「ふむ、この果物は、居住区で買ったものかの?」
「いろいろ混ぜてます。フレッシュフルーツですけど、水飴でコーティングしました。あっ、外の紙は食べられないから、気をつけてくださいね」
女神様がパクッと食べるのを見て、黒い女神も僕の手からクレープを受け取った。そして、においを嗅いでから、小さくかじった。
『ふわぁっ、冷たくて甘いのっ!』




