40、アプルゴルド星 〜癒しの雨
「神アプルゴルド、妾は、ライトが約束した報酬をもらうために、邪竜が星の住人から集めたエネルギーを使うぞ?」
猫耳の少女がそう言うと、背の低い老人はコクリと頷いた。神アプルゴルド様には、少女の正体がわかっているようだ。
「私には、もう何かをする力は残っていません。お任せします」
「ふむ、水の魔帝も必要じゃな。おーい、そこのおっきい門番、クラちゃんを呼んでくるのじゃ」
猫耳の少女は、中庭の様子を窺っていた兵達に向かって叫んだ。戸惑う獣人さん達は、しばらくすると、慌てて走り去った。神アプルゴルド様が、念話で指示をしたのだろうな。
「さて、妾達は、神殿へ入るのじゃ。魔王二人は、コイツらが逃げぬように見張っておるのじゃ。あっ、そっちの呪術士は、さっさとこの星から出て行ってよいのじゃ。カースは神殿じゃっ」
(カースに手伝わせるつもりみたいだな)
星の綻びを作っていた呪術士の配下や、赤の神グリースは、ここに軟禁しておくのかな? あぁ、そっか、呪術士の配下達は、魔王サラドラさんの炎で火傷を負っているからか。女神様は、星の回復をしたときに彼らの火傷も少し癒すつもりだろう。
「おい、腹黒猫、俺の術は乗せないからな」
カースが反論した。
「は? なぜじゃ。そのちびっておる呪術士の術を一気に解くには、カースのチカラが必要じゃぞ」
(住人は、神竜による洗脳状態だもんな)
竜紐を通じて、住人の体力を奪っていたのは竜のチカラだ。竜のウロコから作られた竜紐を操るのは、竜にしかできない。
だけど、体力を奪われても、神竜の加護だと信じている状態、すなわち、体力が奪われていることに気づかせないのは、呪術士が竜紐に施した呪いによる洗脳のようだ。
黒い髪の呪術士は、きっと自ら術を解く気はないだろう。術者を殺せば解けるけど……女神様は、カースに解除させるつもりなんだ。
(あれ? 大丈夫かな?)
術が解けると、すべての獣人達は倒れるんじゃないかな。普通に生活しているのが不思議なくらい、彼らの体力は減っている。竜紐を身につけているから、今こうしている間も、ずっと体力を奪われ続けているだろう。
女神様が使う星の回復魔法では、星の上にいる生き物の傷は治るかもしれないけど、体力の回復まではできないよな。構造の違う別の回復魔法が必要だ。
僕がそう考えていると、女神様は僕の頭の中を覗いていたらしい。チッと小さな舌打ちも聞こえた。女神様は、カースに手伝わせることで、一気に状況を改善しようと閃いたのだと思う。
カースは、それがわかっているから、術を乗せない宣言をしたんだ。
「うむむむ……確かに、厄介じゃな。おおっ! そうじゃ! いいことを思いついたのじゃっ。ライト、妾が思いついたからのっ」
(うん? 何?)
猫耳の少女は、目をキラキラと輝かせて、ニヤリと笑っている。腹黒い顔だな。
「とりあえず、神殿に行くのじゃっ。カースは、ちびっておる呪術士を追い出しておくのじゃ。爺さん、行くぞっ」
猫耳の少女は、神アプルゴルド様の手を掴み、スッと姿を消した。僕の支配するワープワームを勝手に使ってるよ。
神殿では、息子のシャインが神竜の命を繋ぎ止めている。僕も行く方がいいよな。
「ベアトスさん、僕も行ってきます」
「わかっただ。ここは任せておくだよ。カースが居てくれると助かるだが」
「はい、カースは、呪術士の見張りでここにいますよ。たぶん、その呪術士は、星から出て行けないでしょうからね」
「んだな。宇宙海賊達に、恨みを買ってるだ。カースの術で、能力を封じられているみたいだから、星から出ると殺されるだよ」
僕達の会話は、黒い髪の呪術士の耳には届いていないようだ。やはり、目を開けたまま失神しているのかな。
「じゃあ、僕は……あっ」
ピューッと、強い風が吹き抜けた。
『ライトさま、いま、しんでんへワープできません』
(族長さん、だよね。始まったな)
「ライトさんが来る前にと、急いだかのようだな。猫さんは、自分だけの手柄にする気らしいだ」
「あはは、ですね〜。何かを企んでるみたいだけど」
神殿が、強い光に包まれた。女神様が使う星の回復の精霊魔法だ。
「うわぁ! クッ」
黒い髪の呪術士は、辛そうに表情を歪めた。強烈な光属性の精霊魔法は、力を封じられた呪術士には辛いらしい。
(仕方ないな)
僕は、彼に、闇属性の簡易バリアを張っておいた。
「えっ……な、なぜ?」
黒い髪の呪術士は、僕を信じられないモノを見るような目で見つめている。失神から復活したみたいだ。
「うん? カースがキミの術を封じてるからだよ。猫さんが、キミに星から出て行けと言ったのは、このためだと思うよ。猫さんは、キミが宇宙海賊達に恨まれているなんて知らないだろうからね」
「そんな、俺に慈悲をかけたところで、俺は……」
ペンラート星の住人が、そう簡単に主人を選ぶことができないのは知っている。確か2回までだっけ。それでもカースは、僕に2度目の忠誠を誓ってくれたんだよな。
「おまえのような落ちこぼれは、ライトに仕える資格はない。ライトの配下は俺だけだ。あぁ、大量の火の魔物を除けばだがな」
カースが冷たい視線を彼に向けた。何かの術を乗せたらしい。黒い髪の呪術士は、口をぱくぱくしているけど声にはならない。
(確かに、配下の人は、カースだけだね)
リュックくんは、魔道具から進化した魔人だし、配下というよりは相棒だ。カースは、勝手に僕に忠誠を誓って配下になったんだけどね。
もしかすると、カースにとって、僕には他に配下が居ないことが誇りなのかもしれないな。天邪鬼な性格だから、よくわからないけど。
そう考えていても、何も否定しない。というより、僕の方に視線も向けない。
(ふふっ、図星らしいね)
神殿から、空へと強い光が放たれた。そして、その光は、星全体へと広がっていく。
(イロハカルティア星とは違うな)
そうか、地震が起こらないのは、黄の星系の創造神である女神様でも、この星の表面にしか干渉できないからかな。
ピューッと、さらに強い風が吹き抜けた。あたたかな息吹を感じる。中庭の無機質な地面には、一気に草が生えていく。
うぉぉ〜!
神殿の外から、すごい歓声が聞こえてきた。草なんて生えてなかったもんね。
(あっ、地下水脈も復活かな)
どこからか、水の匂いがしてきた。ちょっと、異質な匂いだけど、これがこの星の水の性質なのかな。
僕は、大きな井戸に近寄ってみた。
(げっ、凄い勢いで増えてる)
まるで、覗き込んだ僕を狙ったかのように、井戸から水が吹き出してきた。
「わっ、びっくりした」
すぐ足元に現れたワープワームが、僕を井戸から離れた場所にワープさせてくれた。ほんと、族長さんって仕事ができるよね。
「ライトさん、井戸から地下水が吹き出してきただか。地下水脈が、あちこち崩れているだな」
「ベアトスさん、たぶん、神アプルゴルド様が整えられますよ。あっ、水の魔帝クラリスさんがやるのかも」
「んだな。しかし、これだけのエネルギーしかないなら、地上の池や川は復活しないだな」
ベアトスさんは、空を見上げて、考え込んでいるようだ。次の作戦だろうか。僕もだけど、ベアトスさんにも天候を操る力はない。
(あっ、マナの気配が変わった)
ピューッと吹いた風は、僕達の知るマナが含まれている。
「何だ? この異常なエネルギーは……まるで……」
(赤の神は気づいたみたいだな)
だけどカースが、彼の言葉を封じたみたいだ。赤の神グリースは、口をぱくぱくしている。
空が厚い雲に覆われていく。そして、ザーッと強い雨が降ってきた。だが、普通の雨ではない。大地の草木に命を宿らせる精霊魔法を含む癒しの雨だ。
(やっぱり、凄いな、女神様は)
「はぁ、もう、猫ちゃんってば、張り切りすぎねっ。地上に密林でも作る気かしら。密林っ!? 秘密の林? わかったわっ! 秘密の森を作る気ねっ! そうなんでしょっ、ライトっ」
ビシッと空を指差す赤いワンピースのチビっ子。
「いやいやサラドラさん、ただの癒しの雨だと思いますよ」
「違うわっ! 星の門の方の雨が、秘密なんだものっ。名探偵サラドラちゃんの目は誤魔化せないわっ。あーっはっはっはっは」
自称名探偵さんの言葉の意味はわからないけど、女神様は、あの枯れた森を復活させようとしているのかもしれない。
(さて、次は僕の番かな)




