30、アプルゴルド星 〜階段を降りた先には
真ん中の扉の先は、下り階段になっていた。獣人サイズだから一段はなかなか高いけど、まぁ大丈夫かな。これが上り階段なら、浮遊魔法が必要だろう。
(うわ、さっきの風だな)
湿気のある嫌な風が、下から吹上げてくる。扉を開けたせいだろうか。でも、何かの意図を感じる。
駆け出すかと予想していたけど、猫耳の少女は僕の手を掴んだ。女神様が恐れるとは思えない。おそらく別の理由だと思う。
「行商人さん達は、手を繋ぐんだね。かわいいなぁ」
たくさんの竜紐を身につけた獣人さんも、猫耳の少女が駆け出すと予想していたらしい。階段の先を見ていて、一瞬、見失ったと慌てていた。
「一段が大きいから、ライトが転ぶといけないから、手を繋いであげたのじゃっ。ライトは、階段ですぐに転ぶからの」
(いつの話をしてんの?)
女神様は、僕が赤ん坊に自己転生したときのことを、思い出したらしい。だけどもちろん、これは適当な言い訳だ。
「へぇ、お嬢ちゃんは、優しいんだな」
獣人さん達は、猫耳の少女に話を合わせてくれる。完全に、魅了されてしまっているようだ。
「足元に気をつけて降りてくれよ」
「はい、ありがとうございます。気をつけます」
彼らは、僕達の前後に分かれて、階段をゆっくり降りていく。彼ら自身も魔物が怖いのに、僕達を守ろうとしてくれているんだよな。
(ほんと、優しくて真面目な種族だな)
『ライト、聞こえておるな?』
「はい? 何ですか」
僕が普通に返事をすると、僕の手をつねる猫耳の少女……。
「うん? 行商人さん、どうかしたのか?」
前を降りていた獣人さんが振り返った。
(あ、どうしようかな)
「ライトが遅いのじゃ。腕を引っ張ったら文句を言われたのじゃっ」
すかさず、猫耳の少女がそう説明してくれた。助かったけど、ほんと、言い訳の天才だよね。
「あはは、小さな坊やに合わせてるんじゃないかな? ゆっくりでいいからな」
「わかったのじゃ。階段を降り終えたら、赤いリボンがもらえるのかの?」
「いや、広間に降りてからが試練だよ。たぶん魔物がいると思うから、突破できれば成功だな」
「カイがいるから、大丈夫じゃっ」
高々と小さなスケルトンを掲げる猫耳の少女。うん、今回は、掲げられているね。
「そうだな、お人形がお嬢ちゃんを守ってくれるな」
そう言いつつ、先導する獣人さん達の表情は、いままでとは違う。明らかに緊張しているみたいだ。
『ライト、声で返事をするでない』
再び、階段を降り始めると、女神様からの念話が届いた。
『すみません、あまり使い慣れてなくて……』
『ふむ、まぁ良い。手を触れているときにしか、念話は使うでないぞ』
『神竜に聞かれてしまうのですね』
『うむ、神竜というか、まぁ、邪竜じゃな。マーテルと同じく白い竜じゃ。スチーム星から多くの白い竜が脱出したようじゃが、そのうちの1体じゃな。まぁ、スチーム星を出た白い竜は、ほとんどが邪竜じゃから珍しくもないがの』
(えっ? 魔王マーテルさんはいい人だけど?)
『マーテルがおとなしいのは、自分より上の存在がいるためだ。あの女も、邪竜の要素は十分に備えている』
(魔王カイさんの声だ)
『あ、地底では、アンデッドの魔王カイさんが強いからですよね』
『ワシだけでは抑えられない。大魔王メトロギウスが恐れる神族の存在が、マーテルをおとなしくさせている』
魔王カイさんは、言葉を選んでいるのだろうか。胴体を握られているから、女神様を刺激しないようにしているのかな。
大魔王メトロギウス様が恐れる神族というのは、僕のことだ。とは言っても、僕が大魔王様より圧倒的に力があるわけではない。相性の問題だと思う。
『下から吹く風が、たまに強いマナを含んでおるのじゃ。おそらく思念傍受じゃろ。この風は、特殊効果を消滅させ、畏怖を与えるものじゃ。獣人達が魔物を過剰に恐れるのは、そのせいじゃな』
(畏怖? あっ、反転か)
さっき、この風にバリアを消されたとき、シャインは不安そうな顔をしていた。防御をしていると恐怖に変わるのかな。
『女神様がずっと道化の猫を演じていたのは、住人の頭の中を覗き見して、この風のことを事前に知っていたからなんですね。術で魅了していると、この風で反転させられてしまうから』
『なっ? 道化とは何じゃっ! 妾は、可愛い子猫になりきっておるのじゃ!』
(痛っ)
また、キュッとつねってきたよ。そんな僕達の様子を獣人さん達は、気遣ってたまに振り返ってくれる。それに、合わせるかのように……。
猫耳の少女は、ツーンと明後日の方向を向いた。
「おやおや、ケンカしちゃいけないよ。階段が退屈だったのかな。もうすぐ広間だよ」
「ライトが、手をギギギってするから悪いのじゃっ」
(いやいや、僕は何もしてないよ?)
「神竜様が見ているよ。勤勉に努力をする者にしか、竜紐は与えられないよ」
「のわっ!? わ、妾は、良い子じゃ。ライトとも仲良しじゃぞ」
(はい?)
「あはは、それなら大丈夫だな。行商人さん達は、かわいいから、神竜様も笑って許してくださる」
「広間に、神竜がおるのか? 広間の先か?」
「この神竜の試練は、神竜様そのものらしいぞ。この試練の空間は、神聖なものなのだ」
獣人さん達の説明に、猫耳の少女は首を傾げている。たぶん女神様には、その意味はわかるのだろう。だけど、僕にはよくわからない。
マーテルさんと同じ白い竜だということは、ここは、その神竜のテリトリー空間であり、侵入した者の能力を著しく低下させ……あぁ、そういうことか。だから手を繋がないと、念話が傍受されるんだ。
(ちょ、危険すぎるじゃないか)
「あはは、行商人さんには、難しい話かな。うげっ、やはり魔物がいるようだな」
先導していた獣人さん達が、あと数段で広間に降りる寸前で止まった。
僕は、広間を『見て』みた。あぁ、確かに『眼』の力も邪魔されているようだ。この湿気を帯びた風が、様々な能力を低下させているらしい。
さらに『眼』に魔力を込めると、2体の土色のドラゴンが見えた。ドラゴンとしては、それほど大きくはない。獣人さん達の2倍程度だ。
スチーム星の竜は、細長い。その長さが強さに比例するという。だが、広間にいるのはドラゴンだ。竜ではない。
『眷属だろーな。竜紐と同じだ。神竜と呼ばれている奴のウロコから出来てるぜ』
(あっ、リュックくん。傍受されるよ)
『は? されねーよ。オレを誰だと思ってんだ? 宇宙海賊アール様だぜ』
(リュックくんは魔道具から進化した魔人じゃん)
『おまえなー、つまんねぇこと言うんじゃねーぞ。魔人なんて言ったら、ちょーダセーじゃねーか』
(あっそ。で、リュックくん、登場する?)
『しねーよ。魔王カイが居るじゃねーか。ライト、あのドラゴンを捕まえろ』
(はい? リュックくん、言ってることがぐちゃぐちゃだよ)
『ぐちゃぐちゃじゃねーよ。本命は、この空間の下だろーが』
(空間の下? 地下のさらに地下?)
『あぁ、奴の眷属を捕まえれば、居場所がわかるぜ』
(神竜は、神殿にいるんだよ?)
『ちげーよ。神竜なんかどーでもいいだろ。腹黒女神が捜してるのは、神アプルゴルドだ。だから、赤いリボンって騒いでんだぜ?』
(竜紐なら、他の獣人さんも身につけてるよ?)
『装備しちまったら、軌跡が消えるじゃねーか。っつっても、ライトには見えねーだろーけどな』
(うん? よくわからないけど、リュックくんが何とかしてくれるんだね?)
『あぁ、腹黒女神より先に、神アプルゴルドを見つけてやるよ』
(似た者同士だね。きっと女神様も……)
『おい、来るぞ!』
(あっ、うん、見えてる)
僕は、猫耳の少女の手を離し、シャインが被っているモコモコ帽子を外して魔法袋へ収納した。これでシャインは、本来の力を発揮できる。
「えっ? 父さん?」
「シャインの帽子は、リュックくんが責任を持って預かってくれるよ。シャインは、ティア様と獣人さん達を守って」
「はい! わかりました」
「妾は、自分のことは自分で守れるのじゃ……が……そうじゃな。妾は、良い子にしておるのじゃ」
魔王カイさんから、何か言われたみたいだな。女神様が魔法を使うと、おそらく素性がバレるもんね。神竜を警戒させるわけにはいかない。
僕は、魔法袋から剣を取り出して装備した。すると、まとわりつくような霧が、どこからか放出されたようだ。
(目隠しのつもりかな)
「えっ? 行商人さん、無理だよ。霧に隠れる魔物は、逃げるしかないんだ!」
「大丈夫ですよ。猫ちゃんをお願いします」
僕は、やわらかな笑みを浮かべ、広間へと飛び降りた。
水木金はお休み。
次回は、10月22日(土)に更新予定です。
よろしくお願いします。




