29、アプルゴルド星 〜神竜の試練へ
クラリスさんが入っていった神殿への門とは別の門から、僕達は中庭へと入っていった。同じ神殿の敷地内なのに、なんだかちょっと違和感を感じる。
(結界かな)
たくさんの平民がやってくるからか、その門から先は、何かに覆われていて、神殿とは隔離されているように感じた。
獣人さん達は、神竜の試練は神殿の中庭から地底へ繋がる空間で行われていると言っていたけど、神殿の中庭という感じはしない。
「行商人さん、あの店で神竜水を売ってるよ」
「ふむ、大きな小屋じゃな」
猫耳の少女は、白い小さなスケルトンを振り回しながら、タタタと駆けていく。そんな少女に、案内してくれた獣人さん達はデレデレ顔を向けている。まぁ、これも見慣れてきたね。
「ライト! はよ、来るのじゃっ」
店の前で、ぴょんぴょんと飛び跳ねる猫耳の少女……あぁ、お金を持ってないのかな。昨日、宿で金貨をぶちまけてたもんね。
シャインと一緒に近寄っていくと、僕達の後ろからは、案内してくれた獣人さん達がついて来た。
(なんだか、増えてる?)
宿に一緒に泊まったのは、12人だったはずだけど、今は15人いる。見覚えのある顔ばかりだから、ポーションを買ってくれた人達だと思う。ここで待っていたのかな。
「ライト、革袋を出すのじゃっ」
(やっぱりね)
「おや、また小さな子だね。本当に神竜の試練を受けるのかい? 暗い場所もあるけど、泣かないかな」
店の人は、僕を見て不安げだ。この人は、他の住人とは種族が違うのだろうか。獣人と変わらないくらい背は高いけど、ほとんど体毛はなくて、ツルンとした印象を受けた。
「妾達は、子供ではないのじゃっ。こういう種族なのじゃっ。神竜水を20本くださいなのじゃ!」
(えっ? 20本?)
店の人は、猫耳の少女の謎の威嚇にも屈しない。やはり獣人じゃないから、小さな種族が好きなわけではないらしい。
「店主さん、この人達は、ポーションの行商人さんだよ。このお嬢ちゃんが、街の人が身につけている竜紐を欲しがってね。俺達が案内してきたんだよ」
背後から、たくさんの竜紐を身につけた獣人さんが、そう説明してくれた。
「ふぅん、まぁ、いいけどね。その小さな子は、そういえば紐を腰に巻いているな。紐が好きな種族か」
(浴衣の帯は、紐に見えるかな)
「赤いリボンが欲しいのじゃ。その前に神竜水じゃっ。神竜の試練を受ける者しか買えないらしいから、店主の気が変わらぬうちに、ライト、はよ革袋を出すのじゃ」
そんなに買ってどうするのかは、聞くまでもないね。皆に配るつもりだろう。
「店主さん、おいくらですか?」
「1本銀貨10枚だよ。20本まとめるなら、金貨にしてくれよ?」
(えっ? 高くない?)
「行商人さんのポーションと、同じ値段だね。あれは、量は少ないけど体力をグンと回復する魔法の水だけどね」
僕が、金貨を2枚支払っていると、猫耳の少女は、ささっと神竜水を獣人さん達に配り始めた。みんな遠慮しつつも、小さな手で渡される小瓶を嬉しそうに受け取っている。
小瓶は、大きめマグカップ1杯程度だろうか。中身を『見て』みると、硬度の高い普通の水だった。鉱物系の神の星だから、水は硬水なのだろうか。
しかし、これが銀貨10枚、10万円か。それほど水は貴重品なんだな。もしかして水を買うために、住人は、神竜の試練に行くのだろうか。
猫耳の少女は水を配り終えると、余った分は、そそくさと自分の魔法袋に入れている。その様子を見て、獣人さん達はくすくすと笑ってるんだよな。完全に女神様のペースにハマってるね。
女神様は、この星に来てから、ずっと道化に徹している。全く術を使わないで、獣人達が好む行動によって魅了しているんだ。計算高い女神様のことだ。きっと意味のある行動なのだろう。
◇◇◇
「扉の先に進むと、試練を終えるか断念するまで出られない。小さな子が泣いても出られないよ」
神竜水を売っていた人と似た雰囲気の人が、扉の前で僕達に念押しをしている。
「妾は子供じゃないのじゃっ」
猫耳の少女は、手をぶんぶん振り回していても、扉の前にいる人は無表情だ。彼も獣人ではない。この星には、獣人以外は、神アプルゴルド様の血縁者しかいないんだよね? 神竜の試練は、神の家族が営んでいるのだろうか。
ギギギと音を立てて、大きな扉が開かれた。
「行商人さん、俺達が先導するよ。途中に分岐点がある。そこで、もらえる神紐の色が選べるからな。赤があればいいが、こればかりは運次第だな」
「わかったのじゃ。妾達は、おっきな獣人さんの後をついて行くのじゃ」
そう言いつつ、猫耳の少女はタタタと駆け出してしまった。たくさんの竜紐を身につけた獣人さんが、慌てて追いかけていく。他の獣人さん達は、そんな自由奔放な少女をデレデレ顔で眺めている。
僕は、シャインと手を繋ぎ、後方からついて行く。一応、念のため、僕はシャインに簡易バリアを張っておいた。
「わぁっ、キラキラしてる」
シャインは、天井を見上げて目を輝かせている。
「そうだね、綺麗だね〜」
扉の先は、広い洞窟になっていた。天井には、キラキラと輝く水晶のような石が見える。照明の役割を担っているのかな。
神アプルゴルド様が鉱物系の種族だからか。鉱物の配置を自在に操っているように見える。イロハカルティア星では、火山のある付近にしか、こんな洞窟は存在しない。
しばらく歩いていくと、扉が3つ現れた。
「ここが分岐点だよ。あぁ、お嬢ちゃん、残念だけど、今日は赤い神紐は諦める方がいいね」
「なぜじゃ? 真ん中が、赤なのじゃ!」
(うん? ちょっと芝居くさい)
「真ん中は、最深部を通る道に繋がっているんだ。たまに魔物が出るから危険だよ」
「赤い神紐は、たいていが真ん中の道なんだ。紫の神紐が現れるときは、左の道になる。そのときを狙わないと、赤い神紐はもらえないんだよ」
(女神様は、知っていたみたいだな)
「嫌じゃ! せっかく来たのに、妾は赤いリボンが欲しいのじゃっ」
ジタバタと地団駄を踏み、目に涙を浮かべている猫耳の少女……。そんな嘘泣きに、獣人さん達はコロッと引っかかっている。
「お嬢ちゃん、泣かないでくれ。あぁ、ど、どうしようか」
獣人さん達は、焦って、互いに相談を始めた。
そのとき、フワッと湿気を帯びた風が吹き抜けた。まとわりつく嫌な風だな。こんな洞窟内に風が吹くのか?
「あぁぁ、せっかくの加護が消えちまった」
「今日はこの時間でも、魔物がいるということじゃないか。右の道から早く外へ出る方がいい」
(今の風? あっ、消えてる)
シャインに張ってあった簡易バリアが、かき消されている。なるほど、だから、あの人は加護が消えたと言ったのかな。
「妾は、赤いリボンが欲しいのじゃっ」
ジタバタと騒ぎ続ける猫耳の少女に、獣人さん達は戸惑っているようだ。
「行商人さんは、真ん中の道に行ってしまいそうだな。仕方ない。俺達も、行くか」
「そうだな。確かに魔物は恐ろしいが、俺達が行かないと、小さな行商人さん達が殺されてしまう」
(えっ? そんなに強い魔物?)
「大丈夫じゃ! カイがいれば平気じゃっ」
白い小さなスケルトンを高々と掲げる猫耳の少女。だけど、獣人さん達から見れば、ぜんぜん高くはない。
「その人形は、お守りなのだな」
そう言うと、デレデレと頬を緩ませる獣人さん達。
「では、お嬢ちゃん、真ん中の道を行こう! 俺達が守ってあげるから心配はいらない」
獣人さん達は互いに目を合わせ、力強く頷き合っている。
確かに、僕の簡易バリアをかき消すチカラのある魔物なら、危険だな。この星の住人は、物理攻撃には強いけど……。
僕は、彼らの状態を把握しようと、ゲージサーチをしてみた。
(朝なのにオレンジか)
昨夜はあまり眠れなかったのだろうか。もしくは体力値が高すぎて、眠って回復してもオレンジ色のままなのかな。
「じゃあ、皆さんには、僕がバリアを張りますね」
「ライト、それはダメじゃ。また変な風に消されるだけじゃ。マーテルも連れてくればよかったかの」
そう言うと女神様は目配せをした。なるほど、会話は聞かれているのか。マーテルさんはドラゴン族の魔王だ。彼女は、宇宙船を作る協力をしてくれた竜人さん達の故郷、スチーム星の出身。
神竜は、スチーム星の竜なのかな? だとすると、その色が問題だよね。白い竜はとても戦闘力が高い。それに魔力も高い。僕の簡易バリアをかき消すことも可能だ……。
(マーテルさんと同じく、白い竜か)
「大丈夫、行商人さん達のことは、俺達が守るよ。さぁ、真ん中の扉を開けるぞ」




