28、アプルゴルド星 〜神のいない神殿へ
クゥゥ〜ッ
翌朝、シャインのお腹の悲鳴に、クラリスさんは驚いて目を覚ましたようだ。だけど、シャインはまだ眠っている。
(壁に反響して爆音だもんね)
僕と魔王カイさんは、眠らずに起きていた。僕達は、基本眠らなくても問題はないんだ。
魔王カイさんは、この場所にずっと結界を張っていたようだ。彼はこの星では、闇属性が親和性が高いと言っていた。神アプルゴルド様は無属性だと思う。闇属性が馴染むということは、その属性の侵略者に星が侵されている証拠らしい。
僕は、ポーションの入れ替えをしていた。よく売れるパナシェ風味のクリアポーションをメインに、定番の3種類を魔法袋に用意していたけど、モヒート風味の10%回復ポーションを多めにしておいた。
女神様は、何年も眠らないこともあるけど、今夜は眠っているようだ。女神様は眠ることで魔力が大幅に回復するからかな。あっ、獣人の子供に徹しているのかもしれないけど。
いずれにしても、魔王カイさんが結界を張ってくれているから、女神様は安心して眠ることができたのだと思う。
「マスター、今のって、シャインくんのお腹の音?」
少し寝ぼけた表情のクラリスさんは、ベッドを土に戻しながら、ふわぁぁっと大きなあくびをしている。よく眠れたみたいだ。
「はい、そうなんですよ。目覚まし時計になりますよね」
「ほんと、そうね〜。育ち盛りだから、すぐにお腹が空いちゃうのね。でも、よく寝てるわぁ。あらあら、ティアちゃんは、お人形を抱っこして眠ってるわ。ふふっ、かわいい」
(抱っこなのかな)
猫耳の少女は、小さなスケルトンの胴体を握って大の字になって眠っている。猫は丸まるんじゃないの?
「朝食を用意しますね。クラちゃんは、何がいいですか。店から食材を持ってきていますよ」
「わぁっ、マスターの店の朝食は美味しいもんね〜。バターたっぷりのオムレツが美味しかったなぁ。あっ、さすがに無理よね」
「いえ、ヒート魔法を使いますが、大丈夫かな?」
「天井があるから匂いは漏れないわ。この街の食事って、さらに悪化してしまっていたわね」
(高級レストランの料理かな)
昨夜は結局食べずに、クラリスさんはそのまま魔法袋に入れていた。魔法袋の中は時間が止まるから、料理は腐らないんだ。
「食料となる物が不足しているのですね」
「うん、もともと不足気味だったんだけどね。森が枯れてしまったから、より一層、悪化してしまったわ。水も地下水くらいしか残ってないかも。私、水の魔帝なのに……」
クラリスさんは、また辛そうな表情を浮かべている。だけど地下水脈があるなら、また、地上にも水が戻せると思うけど……この星は、僕の常識とは違うのかもしれない。
魔法袋からフライパンを取り出し、ヒート魔法を使って、バターたっぷりのオムレツを作った。そして、クラリスさんが好きなコーヒーをいれる。
「ごはん?」
(ふふっ、起きたね)
シャインは、鼻をひくひくさせて起き上がった。
「まぁ、シャインくん、おはよう」
クラリスさんは、寝ぼけたシャインにデレデレ顔を向けている。
「おはようございます。あれ? ここはどこ?」
(あー、忘れちゃったか)
「シャイン、ここは、アプルゴルド星の宿だよ。僕達は、ポーションの行商に来たんだ。ティア様はまだ寝てるね」
僕がそう説明しても、ぽやんとした顔のシャイン。まぁ、仕方ない。ご飯を食べれば、思い出すかな。
クラリスさんは、ベッドを土に変えた場所に、テーブルを作り出してくれた。やはり大きな獣人サイズだね。
僕は、そこに朝食を並べていく。オムレツの皿にパンを乗せた簡単朝食だ。パンは、湖上の街のパン屋のものだけど、この星の食事情から考えれば、贅沢品だと思う。
「わぁっ、やっぱりマスターの店の朝食って、いいわね〜。あら、シャインくんはお水なの?」
「はい、シャインは熱い物は飲めないんですよ」
シャインの飲み物は、イーシア湖の水だ。母親のアトラ様が守るイーシア湖の水がないと、シャインは不安になるみたいなんだよね。
「へぇ、あぁ、だから、オムレツを冷ましているのね」
僕がシャインのオムレツに氷魔法を使うと、クラリスさんは納得したように頷いている。
「ええ、朝は僕が冷まさないと、自分ではできないんですよ。クラちゃんは、温かいうちに、お先にどうぞ」
「ふふっ、じゃあ、いただくね」
クラリスさんは、美味しいと言ってパクパクと食べてくれる。シャインも、負けじとパンをかじっている。獣人は、気持ちいいほどよく食べる人が多い。この星の食事情も改善できたらいいのにな。
二人の朝食が終わる頃、やっと猫耳の少女が目を覚ましたようだ。警戒心の強い女神様がこんなに寝坊なのは珍しい。疲れているのかな。
「ライト、妾の朝食は無いのか?」
「ティア様は、何を召し上がりますか?」
「うむむ、そうじゃな。フルーツパフェとチョコレートパフェと……」
「ティアちゃん、それはご飯じゃないわよ? それに、ここは湖上の街じゃないよ」
猫耳の少女のリクエストに、クラリスさんが叱ってくれた。だけど、その表情はデレデレしている。
「ライトが何を食べたいかと聞くからじゃっ」
「ティアちゃんは、デザートが大好きなのね」
「うむ、むむ? おぉっ! なんじゃ、これは!?」
僕は、クロワッサン風のパンにアイスクリームを乗せて、猫耳の少女に渡した。
(ふふっ、やっぱりね)
女神様は、ストレスが溜まると甘い物しか食べなくなる。だから、僕はアイスクリームやチョコレートを用意してきたんだ。
「早く食べないとアイスクリームが溶けますよ? パンは温めましたからね」
「のわっ! もう溶けてきておるのじゃ!」
猫耳の少女は大慌てで、アイスクリームの乗ったパンを食べている。だけど片手には、魔王カイさんをしっかり握っているんだよね。その様子を見て、クラリスさんはいつもの顔だ。
コンコン!
女神様の食事が終わった頃、部屋の扉をノックする音が聞こえた。僕が慌てて、朝食の後片付けをしていると、魔王カイさんは部屋に残る匂いを消してくれた。
「おはよう、行商人さん、起きているかい?」
扉の外からは、昨日、ここに宿泊した人の声が聞こえてきた。『眼』にチカラを込めて見てみると、部屋の外には、数人の大きな獣人さん達がいた。
「ティアちゃんは、いま、目覚めたばかりだよ。皆さん、早いね」
僕が部屋の片付け確認をしていると、クラリスさんが応対してくれた。だけど、まだ扉は開けていない。
「おぉ、お嬢ちゃんか。そろそろ出発する方が良いのですが、どうしようかな」
「妾は、大丈夫なのじゃ! ちょっとだけ待つのじゃ」
僕が片付けを終えて扉を開けようとすると、猫耳の少女に制止された。魔王カイさんが慎重に、僕達の痕跡を消しているようだ。
夜中にも何度か、僕達を探っているような動きを感じた。だから、僕と魔王カイさんはずっと起きていたんだ。
◇◇◇
僕達は、迎えに来てくれた獣人さん達と一緒に、宿から神殿へと移動した。
「お嬢ちゃん、よく眠れたか?」
「眠れたのじゃ。土がテーブルやベッドに変わるから、びっくりしたのじゃ」
「あはは、外から来た人は、皆、同じことを言ってるよ。神都の宿にしか、こんな土はないからね」
「すごいのじゃ。おもしろいのじゃっ」
猫耳の少女は、小さなスケルトンを振り回しながら、驚きを表現している。そんな少女を見て、獣人さん達は、いつものデレデレ顔だ。
「神竜の試練は、神殿の中庭から地底へ繋がる空間で行われているんだ。中に入ると、途中で引き返せないから、飲み物くらいは持っておく方がいいぞ」
獣人さん達は、手に財布らしき袋を握りしめている。
「入り口の扉の前で、神竜水を売っているよ。美味しい水だから、買っていくかい?」
(神竜水?)
地上の池や湖は砂に変わってしまっていると聞いた。地下水くらいしかないなら、それは地下水なのだろうか。
「妾も買うのじゃ!」
(怪しい水が欲しいんだな)
僕達は、当然、飲み物には困っていない。女神様は、話に乗せられたフリをして買うつもりらしい。
「マスター、私は、神殿で待っているわね。少し雑務もあるから」
クラリスさんの表情は、もう魔帝の顔になっているようだ。神アプルゴルド様が消えた神殿でも、当然、守る義務があるのだろう。
「はい、じゃあ竜紐を貰えたら、僕達も神殿に行きますね」
僕がそう答えると、クラリスさんはコクリと頷いた。
「私は、星全体の水を調べておくわ」
そう言うと、クラリスさんは神殿への門をくぐっていった。




