26、アプルゴルド星 〜宿屋へ
「少なかった皆さん、追加でお渡しします」
僕は再び、そう声をかけたが、神アプルゴルド様の近衛兵達は、首を横に振っている。猫耳の少女が渡した分を、まだ怪しい笑顔で眺めているんだよね。
「マスター、近衛兵の分は、もう十分よ。それに、ティアちゃんが直接渡してくれたからね」
やはり猫耳の少女が手渡したことに、意味があるみたいだ。彼らは、小さな種族が好きだもんな。それにアプルゴルド星は、貧しい星ではない。お金には無頓着なのかもしれない。
僕達としてもポーションの販売は、売上金よりも、この神都の人達に親しみを持ってもらえたことが、何よりの成果だ。住人に信頼されないと、この星が抱える問題を解決できないもんな。
ベアトスさん達は、別の行商人として各地をまわり、アプルゴルド星への侵略者が仕掛けた星の綻びを修復しているはずだ。
僕達は、姿を消した神アプルゴルド様を捜すために、この街に来た。女神様が神竜の試練にこだわるのは、そこに何かの手がかりがあるからだと思う。
しかし僕としては、この街の住人達の体力の減りも気になっている。ポーションを並べながら、時々ゲージサーチをしていたが、皆、体力は半分以下なんだ。
「妾は、赤いリボンをもらいに行きたいのじゃっ。どこに行けば良いのじゃ?」
猫耳の少女は、街の住人達が身につけている竜紐を指差し、バタバタとその場で足踏みをしていた。
(完全に子供になり切ってるね)
女神様は、湖上の街にいるときよりも、子供っぽい仕草をしている。いつも街の子供達と遊んでいるから、子供らしい振る舞いは完璧だ。
「行商人さん、まぁまぁ、あはは、そんなに慌てて……。もう夕方になるから、明日にする方がいいよ」
「神竜の試練はね、夕方からは難しくなるんだよ。いくつも証を受け取っている人しか挑戦できないんだ」
ポーションを買ってくれた大きな獣人さん達が声をかけてくれた。僕達がこれからどうするのか、様子を窺っていたみたいだね。
「なんと! 難しいのは困るのじゃ。ふむ、では、明日の朝から行く方が良いのかのぅ」
(あれ? 素直だな)
「その方がいいよ。だけど、他の星の人が神竜の試練を受けるなんて、聞いたことがないけどね」
「どんな試練なのじゃ? 妾にも出来るかのぅ?」
不安そうに瞳を揺らす猫耳の少女……。
ポーションを買ってくれた獣人さん達は、少女にメロメロだ。さっきの意味不明な、革袋から手が抜けない騒動で、より一層、少女への保護欲が掻き立てられたのかもしれない。
「行商人さん、不安なら、俺が付いて行ってあげようか? 赤い竜紐がもらえるかは、わからないが」
「おおっ! それは心強いのじゃ! 是非ともお願いしたいが……迷惑ではないかのぅ?」
(自由自在だね)
女神様は、獣人さん達の心を完全につかんでいる。彼らは、もう完全に猫耳の少女のとりこだな。
「迷惑なわけないよ。俺達は、何度も行ってるんだ。試練はその時によって違うけど、大抵は、奥にある神竜様の石像にたどり着けば合格だよ」
(迷路みたいなものかな?)
「朝なら、すぐにたどり着ける。夕方から夜明けまでは、進路を妨害する魔物が出るんだよ」
「なんじゃと!? 神都の中に魔物が現れるのか」
大袈裟に驚く猫耳の少女……。すると近衛兵達までもが、会話に参加してくる。
「お嬢ちゃん、神竜の試練は、神殿の中庭から地底へ繋がる空間で行われているんだよ。その空間から中庭へは、魔物は出てこないから大丈夫だ」
神アプルゴルド様の近衛兵は、竜紐をもらってないというけど、神殿のことはちゃんとわかってるんだな。
「おっきい門番は、リボンをもらってないのに、神竜の試練に行ったことがあるのか? 順番待ちをしてないのか」
女神様は、すぐさま疑問を口にしている。これは、聞き取り調査だ。でも誰も、猫耳の少女を怪しむ人はいない。
「神殿に勤める者は、誰も中に入ったことはないよ。平民のための試練だからね。神竜様は、神アプルゴルド様の加護が届いていない人達に、加護を与えようとされているんだよ」
近衛兵の説明に、大きく頷く猫耳の少女。一方で、神アプルゴルド様に仕える魔帝クラリス・ロールさんは、微妙な笑みを浮かべていた。
彼女のこの顔は、何かを疑っている表情かな。
僕の店で、彼女はコーヒーを飲みながら、いつも一人で百面相をしている。考え事があるときには、僕の店に来るみたいだ。そして、ひとしきり考えた後には、その考えを整理するためか、僕にいろいろと話してくれる。だから何となく、彼女の顔色の変化はわかるんだ。
(僕も同じかな)
近衛兵の話から、僕は、神竜の試練に何かの意図を感じた。平民だけしか入れない空間が、神殿の中庭にあるなんて、やはり違和感があるよな。
「それなら今夜は、どこかに泊まらねばならぬのぅ。良い宿を知っていたら、教えてほしいのじゃ」
猫耳の少女がそう尋ねると、獣人さん達が相談を始めた。クラリスさんではなく、街の人に聞いているのは、何か意味があるのかな。
すると、近衛兵が口を開く。
「行商人さん、神竜様が神殿にお越しいただきたいと、おっしゃっていましたから、是非、神殿にお泊まりください」
(あぁ、そうだっけ)
そういえば、この人達は、神竜の指示で僕達を出迎えに来たんだったな。
「おっきい門番、それはダメじゃ。神竜の試練を受ける前に神竜に会ってしまうと、妾達がズルをしたと皆に思われてしまうのじゃ」
(神竜に会う前に、その空間を調べたいのかな)
「そ、そんな風には思わないと……」
「おっきい門番が思わなくても、リボンを持っている人に、ズルをしたと思われたくないのじゃっ」
「そうか、行商人さんは、曲がったことが嫌いなんだね。素晴らしいと思うよ」
そう言われて、ふふんとふんぞり返っている猫耳の少女……。僕としては、何も言えない。
「じゃあ、神都で最も立派な宿に案内しようか」
近衛兵がそう言ってくれたが、猫耳の少女は、ポーションを買ってくれた住人の方を向いた。
「あの、行商人さん達の安全のためには、安宿の方がいいですよ」
(うん? 安宿は治安が悪くない?)
「そうなのか? 安宿の方が良いのかのぅ?」
「近衛兵なら平気でしょうけど……高級な宿には、宇宙海賊が泊まっているんだよ。神都の安宿なら、田舎町から来たこの星の住人しかいないから、安全ですよ」
(あっ、宇宙海賊)
「ふむ、それなら安宿にするのじゃ。クラちゃんも一緒に泊まるじゃろ?」
まさかの突然の泊まりのお誘いに、クラリスさんは驚きの表情で固まっていた。神に仕えるクラリスさんは、この神都に家があるんじゃないのかな。
「そ、そうね。かわいい皆さんだけだと、心配だもんね」
猫耳の少女に、キュッと腕をつかまれていては、クラリスさんは了承するしかないよね。
「じゃあ、俺がオススメの安宿に案内するよ。心配だから、俺も泊まろうかな」
「だよな、かわいい行商人さんだけにするのは、心配だよな。宇宙海賊が狙ってくるかもしれない」
(えーっと?)
なんだか、次々と泊まる宣言をしていく大きな獣人さん達……。女神様の魅了が効きすぎてるみたいだな。
「それなら、みんなでお泊まりなのじゃ〜」
無邪気な猫耳の少女に、僕は、ため息をつくしかなかった。ある意味、宇宙海賊より危ない気がするんだけど。
◇◇◇
「空いている全室を借りるぜ」
案内された内門近くの大きな建物に入ると、ポーションを買ってくれた人が、驚きの発言をしている。
「団体さんだね。空きは、12室だから12人まで……おや? まぁっ! 小さな種族だね、いらっしゃい」
「行商人さんだよ。彼らは特別室に泊めてあげてよ」
そう言って、金貨を出す獣人さん。僕が払おうとすると、クラリスさんに制された。小さな種族に払わせることは、彼のプライドを潰すことになるらしい。
(でも、100万円だよ?)
「ちょっと、あんた、釣り銭はないよ? 12室と特別室で、合わせて銀貨7枚だよ」
(あっ、安いんだ)
「釣り銭はいらないから、余った分で、晩飯をつけてくれ」
「はい? 金貨1枚じゃ、ロクな食事は用意できないよ?」
(食事は、めちゃくちゃ高いのか)
「俺達は何でもいいよ。あっ、行商人さんは……」
すると、クラリスさんが口を開く。
「彼らは弁当を持ってきているから大丈夫。この星の食べ物は、彼らには合わないと思う」
「妾は、食べてみたいのじゃっ!」
そう言うと猫耳の少女は、金貨をジャラジャラとカウンターに置いた。
(ちょ、彼のプライドを潰してるよ……)
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水木金はお休み。
次回は、10月15日(土)に更新予定です。
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